最悪の黒-031_存在しないもの
「ラッキーじゃないですか!」
あの後、正面扉からひょこっと顔を覗かせてハクロを迎えに来たリリィを伴い、宿までの道中に事情を説明した。すると彼女は目を輝かせ、自分の事のようにウキウキしながら喜んだ。
「ハクロさんの探し物の旅、また一歩前進ですよ!」
「先は長すぎるがな」
何せハクロの最終目的地が物質なのか技術なのか、ハクロ自身も分かっていないのだ。
この世界で自由に旅をできる身分を得る目途が立っただけでは、とてもではないが一歩とも呼べない。分かりやすく手に入る物質だった場合は探索のための資金の確保、文献の収集などやることが多い。技術だった場合はこれに加えて研究のための施設も必要になるだろう。
「それでも、一歩は一歩ですよ」
「……そうだな」
曖昧に笑い、ハクロは前を向く。
幸い、この世界では時間はたっぷりあるのだ。気持ちに余裕をもって一歩ずつでも確実に進んで行くべきだ。
「そういや、複数のギルドに所属することって可能なのか?」
「え、どうなんでしょう……考えたこともなかったです」
気になったため訊ねると、リリィはうーんと悩みながら首を横に振った。
「他ギルドから薬師や医術師になる時は所属を変えることになりますし。怪我で傭兵を引退した方の話は聞いたことがありますけど、その方も所属を僧侶ギルドに移してました」
「そうなのか」
「何か入りたいギルドがあるんですか?」
「場合によってはな。聞いた限り、魔術ギルドは魔術関係の文献を多く抱えているようだし、俺が探しているものがそういった技術的な物の場合、魔術ギルドに所属して研究室を持っておいた方が何かと便利だろうと思ってな。物質だったとしても、それをどう使うのかの実験には個人じゃ限界が――」
「ケンキュウ……? ジッケン……なんですか?」
「…………」
思わず、歩みを止める。
まただ。
また、言葉が、概念が通じていない。
「リリィ」
「は、はい」
ハクロの様子に気付いたのか、リリィも姿勢を正す。
「開発」
「分かりません」
「発展」
「分かりません」
「進歩」
「……分かりません」
「…………」
昨夜、改革や変革という概念が通じなかったため、もしやとは思っていたが。
「賢者とやらは、何がしたくて、それで何をやらかしたんだ……?」
世界を自分たちの知識で耕し、整え、それでいてそれ以上先に進まないよう、そういった概念を徹底的に潰したとしか思えない。まるで神にでもなったかのような傲慢さだが、それでいて神という概念すら存在しない。賢者はあくまで「賢者」――「人」であることに拘っているように感じる。
そしてこんな停滞した世界に、ハクロの求めているものは本当に存在するのか――故郷からハクロを導いた万物を識る神獣を信用していないわけではないが、流石に少々、不穏なものを感じる。
「あの、ハクロさん……!」
と、リリィが不安げな表情でハクロのシャツの裾の端を摘まんだ。
「この世界、ハクロさんのいた世界からすると、もしかしたらとっても歪で、不気味かもしれないですけど……」
「……リリィ」
「でも、いいところも、たくさんあるはずです。ハクロさんの探し物も、きっとあります……だから、旅、続けましょう……?」
「…………。ああ、もちろんだ」
この世界に来るまでもかなりの苦労した。手ぶらで帰るつもりは毛頭ない。この世界で何十年かかってでも、必ず見つける。
ハクロはリリィの頭を軽く撫で、並んで宿へと向かって歩き出した。





