最悪の黒-030_支部長
「……あんたが支部長?」
俄かには信じがたいが、名札に書かれている文字を翻訳魔術は確かに「カナル支部長」と訳している。
「そーだよー。意外?」
「傭兵ギルドの支部長っつーと、もっと厳つい奴や偏屈そうな老人を想像していた」
「別に支部長なんて事務責任者でしかないからねー。全員が全員腕っぷしがあるわけじゃないんだなー」
だからと言って支部長が受付をやっているのはおかしな話なのだが。フロア村でさえ、支部長は別室で作業をしていたためハクロは一度も会わずに出てきてしまったのに。
「すんません」
カウンターを挟んでやり取りをしていると、背後から声がかかった。
振り向くと、少年少女と呼べるくらいの年頃のエルフと獣人が三人、こちらを覗き込んでいた。真新しい革のベストを着込んだ彼らは見習いらしく、防具にはほとんど傷がついていなかった。
「完了受付したんですけど」
「ああ、悪い」
ハクロが横にはけると、猫顔の獣人の少女がカウンターに割符を差し出した。
「商人ギルドの荷下ろしの補助、終わりました」
「はいはーい、皆ギルド証提出ー」
「「「はーい」」」
三人の見習い傭兵は懐やポーチから札型の魔導具を取り出す。それをアイビーが差し出した別の板型魔導具にかざすと術式が発動し、依頼達成の項目がそれぞれのギルド証に記載され、溶けるように吸い込まれていった。
なるほど、随分と便利そうだなとハクロは横目で覗きながら感心した。
「完了受付しましたよー。報酬は口座に振り込まれてるから後で自分で確認してくださーい」
「あざっす」
「もう何度も聞いたから大丈夫ですよー」
「これが受付の仕事だからねー」
そう言うと、生意気そうな顔立ちのエルフの少年がからかうように笑った。
「ていうか支部長、また受付やらされてんの?」
「そう。ひどいよねー、支部長室を散らかしただけなのに、掃除するから一日受付で作業してろってさー」
「あの惨状を『散らかしただけ』とは言わないです」
「あたし、支部長室の片付け依頼受けたことあるけど、あれをFランク依頼で出しちゃだめだと思うの」
「最低でもDランクだよな」
「そんなランクで出したら誰も受けてくれないじゃーん」
「だから副支部長に部屋を追い出されるんですよ」
呆れた表情の獣人の少女が溜息を吐き、「それではまた明日」と軽く手を振りながら受付を離れる。それをアイビーは気だるげに手を振りながら見送った。
「……事務責任者が部屋を散らかして追い出され、受付をやらされてるのか」
「わざわざ復唱しなくてもよくなーい?」
君性格悪いよー? とアイビーは口を尖らせながら文句を垂れるが、これくらいで性格が悪いなんて言われる筋合いはない。
「それで、なんだっけー?」
「……ランク試験を受けられるって話だ」
「そうだったそうだったー。それで、どうするー? ロックさんが推薦状持たせた時点で、私としてはおーるおっけーでギルド証出していいと思ってるんだけどー」
「あんたらがそれで良いっていうなら、受けさせてもらいたいが」
「んふふ、りょーかーい。それじゃあ、明日の10時に武器持参でここに来てねー。それまでに必要な物用意しておくからー」
そう言うと、アイビーは見習いたちを送り出した時と同じように気だるげに手を振った。
カナル支部長のことはともかく、王都まで行かずともギルド証を手に入れられるというのならそれに越したことはない。宿を取りに行ったリリィはまだ来ていないし、今後の事をぼんやりとでも計画を立てながら待たせてもらおうと、空いている一人用席に腰かけた。
「支部長ー、五番卓ビール3杯追加ー」
「私はウェイトレスじゃないんだけどー!?」
「…………」
背後からそんなやり取りが聞こえてきたのは、無視することにした。





