最悪の黒-028_中継都市カナル
さらに翌日の夕刻。
ハクロとリリィは予定通りカナルに到着した。
「医薬ギルドのリリィ・メルです」
「あいよ。久しぶりだねえ、リリィちゃん」
カナルの関所を守っていた衛兵にギルドの身分証を差し出しながら軽く声を交わす。関所と言っても柵と日除け用の屋根、小さなテーブルと椅子が置いてあるだけの簡素なものだ。さらに顔見知りらしく、衛兵は最低限の確認だけ済ませるとそのまま馬車を誘導して街へと招き入れた。
「そういや、そっちの人は?」
と、見慣れない人物が馬車の御者席に座っているのに気付き、声がかかる。
それに対し、リリィは事前の打ち合わせ通りの説明を衛兵に対し滞りなく述べた。
「傭兵ギルドの護衛の人です。ふふん、私これから修行の旅に出るんです!」
「へえ、そりゃすごい。あんた、リリィちゃんをよろしくな!」
「あいよ」
それだけ言うと、ハクロの身分確認はろくせずに衛兵は馬車を見送った。
「随分と信頼されてるんだな」
「あの衛兵さんの奥さんはこの街の薬師なんです。その繋がりで、関所の担当の日は良くしてもらってるんですよ」
「随分と緩いこって」
まあ国の概念のない世界の関所などこんなものなのだろう。有事の際にどこに誰がいるか確認できればいいという程度なのかもしれない。
「このまま宿を取りに行きますか?」
「いや、その前に傭兵ギルドに寄らせてくれ。ロックから荷物を預かってるんだ」
旅路に着く見習い傭兵のハクロに託す程度の荷物であるため急ぎの物ではないだろうが、いつまでも手元に置いておくのも具合が悪い。さっさと引き渡し、小遣い程度だという報酬を受け取って路銀の足しにしたいところだった。
「それじゃあまずはカナル支部ですね。手続してる間に私は宿の確保してきますので、終わったら待っててください」
「……今度はちゃんとツインの部屋取れよ?」
「はーい」
結局、路銀がないのはどうしようもない事実であり、経費削減のための相部屋という手段にハクロが折れた。線引きとしてツインだけは固辞させてもらったが、いずれ資金面が解決したら二部屋に分ける腹積もりでいた。それをリリィが真に理解しているかは別の話ではあるが。
ともかく。
「結構でかい街なんだな」
木造でシンプルな構造の家屋ばかりだったフロア村と、商人ギルドの宿を中心に農夫の作業小屋や彼らの家が集まっていた中継集落しか知らなかったが、思いのほか整った街並みに思わずハクロはぐるりと見渡した。
一軒一軒は大きいというわけではないが、しっかりとした石造りの家屋が多く、またハクロたちの乗る物以外にも道には多くの馬車が走っていた。
もちろん、住宅の数に比例して人通りも商店も多い。
「これくらいの規模の街になると、お店選びができるようになるので見て回るだけでも楽しいんですよねー。王都は薬師の試験を受けに一回行っただけですけど、ここよりももっと大きいんですよ!」
「なるほど」
中継集落がコンビニもない地方集落、フロア村がコンビニくらいならばある村、そしてカナルは地元スーパーや商店街がある大きさの街、といった風情か。そして王都は文字通りの都市クラスなのだろう。
フロア村では馬車も人も同じ道を進んでいたが、カナルでは馬車用と人用に道が分けて整備されている。この辺りからも都市開発の具合が読み取れた。
「あ、見えてきましたよ」
と、リリィが進行方向を指さす。
その先に、一際立派な漆喰造りの建屋が聳えていた。
正面入り口の上部にはフロア村の支部でも見かけた、楯に獅子柄が入った紋章が掲げられている。フロア村では板に彫り込まれた簡素な物だったが、こちらは実際に楯として使用できそうな重厚な鋼鉄製という違いはあったが。
「それじゃ、行ってくる」
「はーい! 入って右側が受注受付、左側が完了受付です」
御者席から降りたハクロに手を振り、リリィが一足先に宿の確保に向けて出発する。それを見送ったのち、ハクロはロックから預かった荷物と身分証代わりの推薦状を確認し、傭兵ギルドの扉を押し開けた。





