最悪の黒-027_懐事情
翌日。
ほくほくとした表情で宿の食堂でBセットを食べるリリィを眺めながら、ハクロは不機嫌そうにAセットのスープを口にした。
「結局床で寝る羽目になったじゃねえか」
「私はいいって言ってるんですからベッド使えばよかったのに」
「線引きが必要だと言っている。次からは二部屋用意しろ」
「むぅ」
やはり納得いかない様子で口を尖らせるリリィ。しかし何を言われてもこればかりはハクロも譲れない。女に慣れていないわけではない、なんなら生家では自分と父親しか男がいなかったためむしろ慣れている部類だが、それでも好色家というわけではないため寝室に家族以外の異性がいると落ち着かない。
しかしリリィもまた妙に食い下がり、「でも」と反論した。
「ちょっとでも路銀は節約した方がいいじゃないですか」
「それについてはその通りだが、王都まで十分な資金はある。そこまで切り詰める必要は」
「……いえ、ちょっと、えっと、かなりかつかつです」
「なんだと?」
リリィの言葉に顔を上げる。
すると彼女は若干の申し訳なさを浮かべて視線を泳がせていた。
「……フロア村からこの中継地点までの9日間で、携帯食料はほぼなくなりました。飲料水もです。お金はまだ余裕はありますが、この中継地点で一日分、さらにカナルから王都までの20日分の補給をするとなると、だいぶ厳しいかと……」
「おいちょっと待て。なんでそんなにギリギリなんだ。ロックからは王都までに必要な物資と路銀をもらったはず――」
そこで、ようやく気付く。
今この瞬間、宿で出された飯を二人で食っているのだ。
フロア村で報酬の話をしたとき、その場にいたのはハクロとカーターだけだ。当然、その段階ではハクロも一人旅の予定であったため、用意された物資も路銀も一人分。余った報酬金額は馬から竜馬へランクアップさせることで収支を合わせた。
つまり元からこの旅に二人分の金銭的余裕なんぞ無かったのである。
思わずリリィのもっちりとした頬を指で摘まむと、小さく悲鳴を上げながら卵で黄色くなった米を掬う匙を取りこぼした。
「いひゃいいひゃい!!」
「おめーのせいじゃねえか!」
「ふぉんなふぉといふぁれひぇも!」
「そもそも何で俺の携帯食料食ってんだ! 自分の持ってきてねえのか!」
頬を掴んだ指ではじくと、ぷるんと赤みを帯びながら元の形に戻った。
「だ、だって二人分あると思ったんです……でもよくよく数えたら、現金と合わせてもなんか足りない気がするって気付いて……」
「……お前、蓄えは?」
「カナルの銀行に行けば、いくらかは……」
「…………」
「ちゃ、ちゃんと返しますぅ……! それに、道中の野営の合間にちょこちょこ薬草を採取してきたので、医薬ギルドに持っていけば足しにはなるはずです……」
「たまに野営地から離れると思ったらそんなことしてたのか」
それで盗賊崩れに捕まったというのに、やはり危機感が足りない。改めて説教案件である。
「はあ……いい、分かった。旅の同行をリリアーヌに依頼されて引き受けた以上、金銭管理も俺の仕事だったはずだ。それをお前に丸投げしてた俺に非がある」
「すみません……」
しょぼしょぼと小さくなり耳を垂れさせながら謝るリリィをこれ以上突いたところでどうしようもない。食った分の食料が戻るわけでも、金が湧くわけでもない。
「……傭兵ギルドの推薦状で依頼って受けられるんかな」
それができなかった場合、リリィの有り金を根こそぎ下ろさせる必要がある。





