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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-021_部屋割り

「白米と味噌と醤油だけなら分かる、そこに辿り着くまでの道筋はそう難しいことじゃない。豆腐も百歩譲って認めよう。だが需要がないくせに卵の生食が提供されてるのは流石におかしい。誰かがそれを目指して努力し、衛生管理をクリアさせたうえで細々と継承させていったとしか思えない」

 食後に出されたなんか緑色のお茶(これにもハクロは眉をひそめていた)まで飲み干し、つーんと不機嫌にそっぽを向き続けるリリィを伴って宿の部屋へと足を運んだ。最初はあれほどドン引きしていたのに、いざ食べられないとなると悔しくて仕方がなかったらしい。

 そり、とやや髭の生えてきたあごを撫でながらハクロが呟く。

「収斂進化が文化方面でも起こりえることは分かるが、さすがにさっきの飯の組み合わせを偶然の一言で片付けるには無理がありすぎる。この食に対する妙な情熱は、過去に現れた異世界人とやらは日本人――俺の同郷と見て間違いないな。今後納豆まで出てきても俺はもう驚かんぞ」

「……ナットーってなんですか?」

「腐った豆。混ぜるとねばっとした糸を引く」

「なにそのゲテモノ!?」

 リリィが顔を青くして悲鳴を上げる。もし旅先で出くわしたら真っ先に食わせてやろうとハクロは心に決めた。

「それはそうと、リリィ」

「はい?」

「何か言うことはあるか?」

「……?」

 ハクロが馬車を預けている間にリリィが手続きして借りた一室――そう、一室――まで来た段階でハクロは既に顔を顰めていたが、その扉を開けた途端、一周回って呆れの感情しか浮かばなかった。

 そしてハクロの背中から部屋を覗き込んだリリィは、それでもなお何のことか分からずに首を傾げていた。


 部屋には、多少の書き物ができる机と照明用の魔導具、クローゼットの他は、特大サイズのベッドが一つしか置かれていなかった。


「お前はツインとダブルの区別もつかんのか」

「違うんですか!? 安い方を選んだんですけど、駄目でした!?」

「そもそもの問題として一部屋しかとってないのがおかしいんだが、これはどうしてくれる。俺には床で寝ろと?」

「え、別に一緒でよくないですか? こんだけ広いんだし」

「…………」

 素っ頓狂なことを言い出したリリィに、ハクロは深い深い溜息を吐き、そしてフロア村がある方角を光の燈っていない瞳で睨みつけた。

 あのババア、情操教育どうなってんだ、と。

 いや、道中から嫌な予感はしていたのだ。日中は相応の格好でいれば暖かいが夜間は肌寒い旅路だった。さらに高位魔獣である竜馬(タマ)がいるとは言え、全く危険がないわけではない。念のための見張りで交代で起きていたのだが、ハクロが起きている間、リリィは彼で暖を取るようにすり寄るようにして眠っていたのだ。

 この妙な距離感の近さはよもや「固執」の性質か、師であるリリアーヌからハクロへと対象が移ったかと気を揉んでいたが、どうやら違うようだ。

 単純にこの獣人の少女、恥じらいの感情が欠如していた。

 薬師として生きていくならば、異性の患者にいちいち恥じらっていては話にならないというのは理解できる。だが物には限度があるだろうと、ハクロの中のリリアーヌに対する感謝の念が一つすり減った。

「それにしてもベッドがこんなに大きいとテンション上がりますねー」

 ハクロの苦悩など知らずに、リリィはぼすんとベッドに飛び込むように転がった。

「ここお風呂もあるんですよ。久々に垢を落として、ムダ毛も剃っておかなきゃ。獣人って毛深いので大変なんですよ。薬に毛が入らないように手指の手入れはしっかりしてるんですけどねー」

「リリィ」

「はい?」

「風呂から出たら説教だ」

「なぜに!?」

 がばりと起き上がり、本気で分からないといった表情を浮かべるリリィに、ハクロは頭痛を覚えた。一応これでもリリアーヌの娘同然の弟子を預かっている身だ。何とかしなければなるまい。

 しかしまさか古い歌謡のようなことを少女に説かねばならないとは思わなかった。男は狼なのよ、気をつけなさい――狼は説かれる側の少女ではあるが。

「……俺も風呂に行くか」

 ぶーぶーと文句を垂れながら部屋を出て共同浴場へ向かったリリィを見送り、ハクロもため息交じりに立ち上がった。

 クローゼットから妙に充実したアメニティから貸し出しのタオルと石鹸、カミソリを取り出す。風呂と聞いて文化圏的にサウナがあれば上等だろうと思っていたが、どうやら言葉通りの浸かれる湯舟があるそうだ。この辺からもどうにも日本人の気配を感じざるを得ないが、とりあえず今は置いておく。

 ともかく今は風呂だ。リリィではないが、連日の馬車旅でろくに水も浴びれず、背中と頭皮が痒くて仕方がない。フロア村ではシャワーがあったが、毎日風呂に入る生活が当たり前だった現代人としてはよく何日も我慢できたものだと己を誉めたくなった。

 髭はあまり伸びてはいないが、久しぶりに剃ったらさっぱりするだろう――

「……ん?」

 と、そこで違和感に気付く。

 そり、と中途半端に伸びてきた顎髭を撫でる。

()()()()()()()()()()()()()()?」

 元々体毛は薄い方だ。それでも十代後半に差し掛かるころには一丁前に産毛が髭と呼べるだけの太さになった。週に一度父から借りていたカミソリが週に二度、三度となり、自前の物を用意するよう言われるまでそう時間がかからなかった。

 この世界に旅立つ以前も、どれだけ間が空いても二日に一度は剃らねば煩わしく感じていたはずだ。フロア村に滞在していた頃はそれまでの生活習慣的に毎朝整えていたが、この数日の旅路ではそんな余裕はなかった。

 それが今この瞬間に気付くまで、全く気にならないほどに髭が伸びていない。

「……流石にこれは無視できる違いじゃあねえな」

 卵の生食やら腐った豆など、もはや投げ捨ててしまえ。それどころではない。

「いや待て」

 と一旦捨てたものを即行で拾う。日本生まれの異世界人がかつてこの世界にやってきたとしたら、他にも何か持ち込んだものがあるかもしれない。己の身に起きている現象について、そしてこの世界について、改めて整理していく必要がありそうだった。


 だがまずはとりあえず、風呂である。


 彼の賢者アルキメデスも、金の比重を風呂で思いついたのだから。

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