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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-017_薬匙への敬意

 ハクロの予想通り、きっちり三日後のこと。

 馬車と物資の用意ができたとロックがリリアーヌの診療所を訪れた。

「思ったよりもしっかりした馬車だな」

「現金を持ち歩くよりも長く使える品を用意した方が旅には向いている」

「助かる」

 フロア村の傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)支部の裏手に用意された馬車は無駄な装飾品はないものの、門外漢のハクロから見ても頑強な素材で長旅に耐えうる構造をしているのが見て取れた。さらにその馬車を引く馬――馬というか、藍色の鱗交じりの体毛を持つどっしりとした体形の四足の魔獣もまた、目を見張るものがあった。

「おお、こいつはすげえや。竜馬なんて高価なもん、この村の支部には数頭しかいなかったはずだろ? 手放しちまっていいのか?」

「カーター、貴様は仮にも衛兵だろう。持ち場離れていいのか」

「巡回の途中だよ」

「…………。去年生まれた若い個体だ。調教を終えたばかりだが、下手な馬車馬や老齢個体を掴まされるよりよっぽど扱いやすいはずだ。速力は馬には劣るが力強く、粗食にも耐えうる。長旅に適しているだろう」

「何から何まで世話になるな」

 シルエットとしては馬というよりも牛に近い竜馬と呼ばれた魔獣の首筋を撫でる。すると一度ブルンと大きく頭を振り、頭部の短く断角された部分をこちらに擦り付けてきた。

「首よりもこっちを撫でろとさ」

「随分と人馴れしているな」

「ああ、そういう気質の血筋を優先して残しているからな」

 なるほど、とハクロは頷く。一口に魔獣と言ってもこの種は随分と家畜化が進んでいるらしい。

「貴重な種ではあるが、希少というわけではない。褒賞金のうちでやりくりした結果だ。遠慮なく受け取っておけ。なんせ22人の賞金首全員が御用となったからな。これが現金での支払いを求められていたら、この村の支部の金庫をひっくり返しても足りなかっただろうな」

「あー、そういうことか」

 随分と気前がいいと思ったが、そういう面もあったかと合点がいった。結果的に物資での支払いを要求して正解だったらしい。

「……あと、まあ。そうだな」

「ん?」

「これは私個人からの餞別だ」

 言って、ロックは荷馬車に積まれた物資の中から一つの包みを取り出した。

 細長く、手にするとずしりと重みを感じた。

「剣か?」

 紐をほどき中身を確認すると、鞘に収められた古い片刃剣(ファルシオン)だった。半分ほど抜き放つと、業物というわけではないが手入れが良く行き届いており、重量による叩きつけだけでも十分な威力が望めそうだった。

「これはあくまで君に渡した推薦状に付随した身分証明についての補足だが」

 そう前置きし、ロックは眼鏡のつるを持ち上げた。

「アレはあくまで、君が王都のギルド本部へ着くまでの身分証明と武器の携帯許可であり、それ以上の効力はない。傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)が仮とは言え身元を保証した以上、君は傭兵見習いという地位になり、ギルド規則に従ってもらう必要がある。君はこれまで流れ者として生きてきたから知らないかもしれないが、どこのギルドに所属していても見習いには、基本的に魔術の使用は許可されていない」

「…………」

 なるほどな、とハクロは片刃剣を鞘に戻し、鞘の留め金をベルトに括りつけた。

『明星の蠍』の主力を討伐しに出向いた際、ハクロが手ぶらのまま()の詰め込まれた馬車に乗り込んだのはロックも見ている。そこから全員を討ち取って帰還したわけだし、何かしらの魔術を使用して戦闘したというのは明らかだ。それがギルドに認められた正当なものであれ、違法性の影がちらつく我流のものであれ、流れ者であるうちはお目こぼしになったろう。

 だが仮とは言え傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)の見習いとして籍を置いた以上、魔術の使用は制限される。

 とは言え、全ての魔術の使用を禁じられた状態で王都へ向かえと言うのも厳しい話であるのも事実だ。つまり正式にギルドに加入するまで、人の目があるうちはブラフでもいいから腰に得物をぶら下げておけ、ということか。

「気遣い、感謝する」

「何の話かな」

 しれっとそう口にし、ロックは眼鏡のつるを持ち上げる。

 それを横で見ていたカーターも珍しいものを見たといった風にジョリジョリと無精髭を指先でいじっていた。

「…………」

 それで一つ、ハクロは数日前のリリアーヌとのやり取りを思い出し、違和感を覚えた。

 リリアーヌ曰く、ロックは典型的な保守的なエルフであるという。しかしハクロと言葉を交わすロックは、控えめに言って協力的だ。ハクロが為したことが傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)にとって大きな利であることを差し引いても、彼が保守的であるという印象は薄いように感じる。

「さて」

 ロックが姿勢を正す。

「村の東側の街道に沿って10日ほど進めばカナルという街がある。王都にはそこからさらに20日ほど二、三の街や集落を挟んで移動する必要があるが、まずはカナルの傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)支部を目指すことになる。追加で必要な物資があれば、そちらの方が品揃えは良い」

「分かった」

「あとついでで申し訳ないが、カナル支部に届けてほしい書類がある。箱に入れて荷に積んであるから、そのまま受付に渡せばいい。小遣い程度の報酬だが依頼という形にしてある。依頼の受理と完了手続きの練習くらいに考えてくれ」

 言われた通り荷台を覗けば、片手で抱えられそうな鍵付きの木箱が物資に交じって詰め込まれていた。間違っても紛失しないよう、しっかりと記憶しておく。

「出立はいつにする?」

「リリアーヌに声を掛けたらすぐにでも出るつもりだ。元々自分の持ち物なんてないようなものだしな」

「そうか」

 それを聞き、眼鏡のつるを指で押さえながらロックが小さく低頭する。

「――刃に宿りし栄光を心に」

「ん?」

「我ら傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)での見送りの旧い挨拶のようなものだ。そう言って見送られたら、『盾に燈りし賞賛を背に』と返せばいい」

「なるほど。では――盾に燈りし賞賛を背に」

「ああ。それでは、私はこれで失礼する。カーター、貴様もいい加減、仕事に戻れ」

 そう言い残し、ロックはまるで制御された機械人形のようなブレのない足取りで踵を返し、ギルドへと戻っていった。

 それを見送り、カーターも肩を竦めながら「んじゃ」と小さく手を振った。

「俺も戻るわ。――栄光の青空を翔る翼の加護を」

「衛兵にも見送りの挨拶があるのか」

「あるぞ。衛兵っつーか、文官武官問わず、王家に仕えてる奴らの旧い挨拶だ。『陽光の如き正義の光を』って返してくれ」

「そうか。――陽光の如き正義の光を」

「おう、キマってんじゃねえか。じゃあな、旅の先で記憶を取り戻せると良いな!」

「ああ。世話になった」

 笑いながらその場を後にする無精ひげのエルフを見送り、さて、とハクロは馬車の御者席に乗り込んだ。……と、そこではたと気付く。

「しまったな」

 馬車なんぞ扱ったことねえわ、と。

 乗馬に関しては元居た世界で多少なりとも嗜んだことはあるが、馬車ともなれば勝手が違う。しかも車を引く生き物は家畜化されているとは言え魔獣だ。

 かといって、今からギルドを訪ねて「馬車の引き方教えてくれ」は流石に格好がつかない。ロックだけならばともかく、カーターに知られたら腹を抱えて笑われる。


「全くもう……どいてください!」


 苦笑を浮かべて悩んでいると、横から声がかかった。

 そしてハクロの体を押し込むように御者席の半分を奪われ、手綱も取られた。

「お」

「はいよー!」

 鞭うつように手綱がしなり、馬車引く魔獣に指示が伝わる。竜馬は雄々しく「オォン!」と力強く嘶くと、どっしりとした足取りで歩を進め始めた。

「いいのか?」

 ハクロが横目で見ると、闖入者――革のベストに身を纏い、薬草の匂いの漂う大きな鞄を荷台に押し込んだリリィはフスと鼻を鳴らした。

「……ちゃんと、師匠とお話して自分で決めました。旅に出て見分を広げるっていうのは、大切なことだって理解もしました」

 それに、とリリィはハクロを見やる。

「ハクロさんが腕がたつのは私が一番知ってますから。どうせいつか旅に出るなら、護衛を雇うより効率がいいですし。……助けてもらったお礼もできてないのは、流石にちょっと収まりが悪いというか」

「……ふは」

 後ろのごにょごにょとした呟きに思わず吹き出すと、リリィは不満げにハクロを一睨みした。

「あ、あとハクロさん知らないんでしょうけど、資格なしで馬車で大きな街に入ると余計な通行税払わされるんですよ!」

「そうか、それは知らなかった」

「そうです、ハクロさんはこの世界のこと何も知らないんですから!」

 フンスフンスと鼻息を荒げるリリィに肩を竦め、御者席を託してハクロは荷台へと移る。するとリリィの鞄から、これ見よがしに一通の手紙がはみ出ているのに気付いた。首にぶら下がっている翻訳の魔導具が、その宛名の文字をハクロに伝える。

「リリアーヌからの手紙か?」

「……挨拶に寄らなくていいから、読むだけ読め、だそうです」

 一言断り、鞄から手紙を引っ張り出す。

 封を解いて中を確認すると、リリィを助けたことに対する改めての謝意と、彼女に世界を見せてやって欲しいという願いだった。

 そして中頃にわざわざ一段開け、短く、こう記されていた。


『君の探し物を助けてくれる味方を作りなさい。』


「…………」

 やれやれ、と肩を竦める。

 本当は身軽な一人旅でコソコソ出来たらよかったが、さっそく一人押し付けられてしまったのが運の尽きか。そもそもその一人も、突き詰めれば自分で背負い込んだようなものだ。

 ここは年長者に敬意を払い、ひとまず頷いておくことにしよう。


 最後に、手紙はリリアーヌの名と共に見送りの挨拶で締められていた。


「なあ、リリィ」

「はい?」

医薬ギルド(エミリア=グループ)にも見送りの挨拶があるのか?」

「ありますよー」

 その言葉を聞き、ハクロはリリアーヌの診療所がある方へと視線を向ける。


『――花びら一枚分の祝福を』


「――揺るがない天秤と薬匙に敬意を」

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