最悪の黒-014_旅の道連れ
「つーわけで、仮とは言え無事に身分も手に入った。旅の準備が整い次第村を発つことにした」
「ふうん?」
カップの紅茶を口に含みながらリリアーヌはひょいと肩を竦めた。
「リリィから話は聞いていたけど、随分と腕がたつようだね。おかげさまでこの辺りの治安も良くなるだろうさね」
「不意打ちが効いただけだ。真正面からあの人数相手したら流石に押しつぶされていた」
特に最初に馬車に突撃してきた巨漢は常人離れな膂力は今思うと背筋が凍る。大型の馬車はそれだけでも相当な重量があるし、しかも積み荷は丸々と肥えた15頭の豚だ。どれだけ軽く見積もっても4トンはあったはずだ。馬車の扉の陰に隠れながら即座に首を跳ね飛ばしたが、アレが上手くいかなければ後続の動揺も誘えず、返り討ちに遭っていただろう。
「それで、出発はいつ頃だい?」
「物資は傭兵ギルドで馬車ごと用意する手はずだから、それによる。まあ三日もかからんだろう」
「そうかい。それならその間は引き続きうちにいてくれて構わないよ」
「世話になる」
「構わないさ。面白い話を聞けたお礼さ」
「面白い話って何ですか?」
と、二人の会話に割って入ったのはリリィである。彼女はお代わりの紅茶をリリアーヌのカップに注ぎながらこてんと首を傾げた。
「ああ、この男が異世界から来た旅人だって話さ」
「ンヴぅっ!?」
「ぎゃあああああ!?」
つるりと何でもないようにそう秘密を口にし、ハクロは思わず飲みかけの紅茶を噴霧する。とっさに顔を背けたがそれがかえって仇となり、たまたまそこに立っていたリリィは頭から被ることとなった。
「ちょ、ハクロさん!? あなた私に吐瀉する性癖でもあるんですか!?」
「今回については俺が悪いし謝るが、前回前々回は事故みたいなもんだろ!? つーか――」
「おやおや」
己の発言で弟子が三度ハクロの吐瀉物を被ることとなったというのに、リリアーヌはニコニコと全く悪びれもせず笑みを浮かべている。
部屋の隅に積んであったタオルで顔をぬぐうリリィを横目に、ハクロは胸ぐらをつかむ勢いと目つきでリリアーヌに詰め寄る。
「なにをしれっとバラしてくれてんだ、ババア……!!」
「急に口が悪いなあ。君の何十倍も生きている年長者だ、敬ってくれてもいいんじゃないかい?」
「敬ってほしけりゃ相応の態度と慎みのある言動をとれ」
「あいにく、私は暴君な気質でね」
ああ言えばこう言うリリアーヌにハクロの方が折れ、溜息交じりに椅子に座り直す。そこにタオルを畳みながら「それで」とリリィも席に着く。
「なんです? 異世界?」
「ああ。彼は遠路遥々遠い遠い世界から探し物をしに来たオトズレビト……異世界人さ」
「…………」
じー、とリリィがハクロを眺める。それをハクロは苛立ちを隠すことなく指を遊ばせながらリリアーヌを睨み続けた。
「なんのつもりだ」
「ふむ。もしかしたら君は、私が気紛れと軽率さからこの子に君の秘密を暴露したと思っているのかもしれないが、それは少し違うね」
「何が違うってんだ」
問うと、リリアーヌは悪戯に成功した悪童のように、にこりと笑った。
「なあに、君の前途多難な旅に道連れを用意してあげようと思ってね」





