最悪の黒-013_年輪
「いやあ、本当に助かった! あんたのおかげでこの危機を乗り切ることができた!」
バシバシと背を叩いてくるカーターにむせながら、ハクロは肩を竦めて苦笑を浮かべる。
「別に、大したことじゃないさ。囮に意表を突かれたところに黒服で闇夜に紛れて強襲しただけだ。あのデカい槍使い、もし真昼間にタイマンだったら危なかった。それよりブタは捕まったか?」
「ああ。偽装魔術と一緒に探知魔術もかけてたからな、続々捕まってるよ。これで冬の心配もしなくていい」
「そりゃ何より」
なんせ二つの馬車に合わせて三十頭のブタを詰め込んでいた。片方はそのまま村に引き返したが、流石に十五頭が所在不明とあれば今後の村の生活に影響が出てしまう。
「そんで、ロック」
「急かさなくとも、この通り用意してあります」
眼鏡のつるを持ち上げ位置を治しながらロックが一束の羊皮紙を鞄から取り出してハクロへ手渡した。
「フロア地区支部長名義であなたに対する傭兵ギルドへの推薦状を用意しました。これは流れ者であるあなたが王都ギルド本部へ到着するまでの身分証明と武器の携帯許可を兼ねていますので紛失しないように」
「あいよ」
「通常でしたらフロア地区支部でもギルド登録は可能なのですが、あなたには身分を証明できるものがありませんので、王都で直接登録していただきます」
「いや、推薦状出してもらえるだけでもありがたい」
「初期登録ランクはそこで受けていただく試験の結果次第ですが、その辺はまあ心配なさそうですね。それと討伐報酬ですが、ご要望通り馬車と行軍品でご用意しました。余った分は銀貨でお渡しします。よほど馬鹿な使い方をしなければ余裕をもって王都につけるだけの金額になります」
「助かる。何から何までスマンな」
「いえ。あなたが成したのはそれくらいのことだったというだけです。……それでは、出発の日程が決まりましたら支部までお知らせください」
事務的な文言で会話を締めくくり、軽く会釈をしながらロックは部屋を後にした。
それを顎の無精ひげをじょりじょりと撫でながらカーターが珍しい物を見るように呟いた。
「驚いたな、あの堅物が人を褒めるところなんぞ初めて見たな」
「そうなのか?」
「ああ。あいつの普段のそっけなさと言ったら、路傍の石の方がまだ人情味があるくらいだ」
片を揺らしながら笑うカーターにハクロも苦笑で返す。どうやらよっぽど貴重な言葉を賜ったらしい。
「そんで、お前さんこれからどうすんだ?」
「どうもこうも、とりあえずは王都を目指さねばならんだろ。いつまでも推薦状だけもってぶらぶらするわけにもいかんだろうし」
「そりゃそうなんだが、その、大丈夫なのか?」
と言いながらカーターはこめかみのあたりを指先でグルグルと捩じる。それを見てハクロは自身が騙った「設定」を思い出して肩を竦める。
「ま、多少は不便するだろうが、大丈夫だろ。記憶はないが、この歳まで五体満足で生きてんだから」
「俺からすりゃ、お前さんの年頃なんかまだまだケツの青いガキだがな」
「そりゃエルフから見れば――」
と、一瞬言葉が詰まる。
「……なんで俺の歳が分かるんだ」
「あ? そりゃ……ああ、そうか。なるほどな」
「一人で納得すんな」
「悪い悪い。エルフとかドワーフとか一部獣人とかの長命種族は外見で年齢って判別できねえから、無意識で魔力の蓄積年数で年齢を判別すんだよ。木の年輪ってあるだろ、アレみたいな感じで見えるんだ」
「なるほどな」
「んで、それで一つ分かったことがあるんだが、お前さんは多分短命種族だな」
「……ああ、そういうことか」
相手の年齢判別に無意識で外見情報をベースにしていたからか。
ハクロは内心舌打ちをする。生まれ故郷で外見が若々しいままの人外に囲まれて過ごしてきたとはいえ、根底にある無意識まではなかなか覆すことは難しい。これからこの世界で長く旅をすることになると考えると、最も人口が多く外見も似ているエルフに紛れるのが最善かとも思ったが、そういう思考の差異はどうしようもない。時間をかければ自分をエルフと思い込んで紛れられるよう自己暗示をかけることもできるだろうが、それはそれで危険な手段だ。仮にも術式を扱う身としては自己消失は死に等しい。
そんなハクロの逡巡を知らないカーターは「よかったな、とりあえずエルフとドワーフの線は消えたな。見えないところに獣の一部があるタイプの獣人なんじゃないか?」と背中を叩いて笑みを浮かべていた。
「そんな部族がいるのか?」
「さあな。獣人は獣の数だけ部族があるとか言われるくらいだから、いても不思議じゃない。例えばほら、お前さんの股間が馬のソレと同じかもしれない」
「…………」
あまりにもあんまりな物言いに、ハクロは思わずカーターの脛に蹴りを入れた。どこの世界も親爺は親爺らしい。





