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こぼればなし  作者: やまやま
壱 こぼればなし
2/165

新居は廃墟!?

時系列:

「ひゃくものがたり」だいじゅうろくわ前後

 五月二十八日――

 おれと詠美えいみこと黒崎くろさきさんは一軒の家屋を見上げていた。

 思わずといった風に、黒崎さんは手にしていた荷物を落とす。

「……直行」

「……はい」

 黒崎さんが、何度も手にしたメモを確認しているおれに声をかける。

 目の前の光景が信じられなかったのは彼女も同様だったらしく、酷く乾いた笑みを浮かべているのが視界の隅に映る。

「……ここが、私たちの新居か?」

「う~む……」

 唸りながら、おれはもう一度メモと近くの電信柱に貼られた番地のステッカーを確認した。彼女もおれに倣い、視線をメモとステッカーの間を往復させる。

 そして自然と、おれたちは目を合わせる。

 お互い、何が言いたいかは分かっている。


 ――どうか、間違いであってくれ。


 しかし。

「ここです……はい」

「……新居が?」

「はい……」

 五月十三日のとある事件により、おれたちは住まいだったボロアパートこと六角壮を失い、新居を求めていた。

 そして今日、この日。

「廃墟じゃないかあああああぁぁぁぁぁっ!!」

 新居は以前のボロアパートよりもさらに古い、お化け屋敷も真っ青な廃屋同然の一軒家と相成ったのだった。

「はあ……はあ……」

「詠美、落ち着きました?」

 一頻り絶叫して、息を切らせた黒崎さんに声をかける。しかし彼女は未だに興奮したままで、親の仇を見るように廃墟を睨んでいた。

「ここに憑くのか……? 私は、この廃屋に憑かねばならんのか……?」

「まあ……そういうことに」

「直行」

「はい?」

「今からもう一度、不動産屋を巡ろう」

「無理です」

 黒崎さんからの申し出を一蹴する。

 ……いや、そんな目で見られても同じですって。

「もう契約しちゃいましたし、それに資金的にこれ以上のものは望めません。学園の寮とか下宿ならもう少し安いですけど――」

「寮も下宿も一人暮らしとは呼べん。私は男寡とその家に憑く妖怪だぞ。妥協点でアパートやマンションだ」

「――とのことなので、選択肢から外れた結果がこれです」

「うぅ……」

 仕方がないとは言え、自分が原因なのであまり強く言えなくなった黒崎さん。

 大きく溜息をこぼしながら、彼女は改めて目の前の廃墟を見やる。

「しかし……何故に月波市にはこのテの古屋敷が多いのだ……?」

「ほら、昔から妖怪が多かったらしいし。古い妖怪って、古いところの方が落ち着くんじゃないですか?」

「まさか何か住み憑いてないだろうな……?」

「その辺はまあ、事前に隈武くまべに確認してもらいましたから大丈夫だと思います」

 不動産屋から「古い家だよ」と聞いていたため、動けないおれたちの代わりに新居の確認に行かせた後輩の言動を思い返す。彼女はおれに対し、「うーん、変なのは別に住み憑いてなかったですけど……」と、歯切れの悪い返答をしていた。

 なるほどこれが原因か、と一人納得する。

「でもこのご時世、家付きで土地を売るよりも、更地にした方が儲けは出ると思うんだがなあ……」

「それはあれじゃないか? 家屋を取り壊す資金もなかったとか」

「なるほど……」

 つまりこの物件は、売れ残りの中の売れ残りか。

 もう一度、廃墟を見上げて溜息を吐く。

 実はこれでも人が住めるよう修繕が施されたらしい、と言うのを不動産屋から聞いていた。しかし修繕を入れてこれとは……。

「こりゃ、壁や天井に穴でも開いていたのかもな……」

 それを人が住める環境にまで直してくれたのだから、感謝しなければいけないかもしれない。

「はあ……まあ、ずっとこのまま見上げていても仕方あるまい」

 落とした荷物を拾い上げ、改めて廃墟――いや、新居を見直す黒崎さん。

「物件として貸し出していたのだ。人が住めないわけではあるまい。時間も時間だし、軽く掃除して最低限住める環境にしてしまおう」

「ですね……」

 おれも荷物を抱え直し、勇気を振り絞って不動産屋から渡された鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。

 そして取っ手に手をかけ、サッシが錆び付いているのかなかなか進まない扉を力を込めて引いた。

「あれ……?」

「んん?」

 ガラガラと音を立てて開く扉。

 二人とも、入った瞬間にホコリとカビの匂いを覚悟していたため、その光景に拍子抜けしてしまった。

「案外……綺麗?」

「そう、だな……」

 綺麗と言っても、外見に比べれば、だが。

 おれたちは不思議に思いながらも玄関に足を踏み入れ、一通り中を見て回った。

 結果として、さほど掃除の必要はなかった。

 不動産屋か元の持ち主かは知らないが、さすがに不衛生なままの家屋を若者二人に貸し出すのは不憫と考えたのか、すでにある程度の掃除はなされていたのだ。

 いや、単に修繕の際についでに掃除をしただけかもしれないが。

「ふむ。思ったより綺麗だったな。畳は変色してるし廊下は軋むが」

「ですね」

 バケツに張った水で雑巾を洗いながらおれたちは笑った。

 もともと掃除してあったことに加え、黒崎さんの高レベルな家事スキルのおかげで何とかギリギリ客を招ける程度には綺麗になった。外見は変わらずお化け屋敷だが。

「まあ住めば都。もうしばらくはこの家に世話になるんだから、居心地のいいところにしよう」

「そうですね」

 タンスの影からヌッと姿を現した黒崎さんに、おれは少しギョッとしながらも笑い返した。

 と言うのも掃除が終わって、今は妖怪としての姿を取っているため、パッと見は髪の毛お化けなのだ。

 家の中の影に潜り込み、自身の体の一部を置いてくることで、影女は正式に家に取り憑いたことになるそうだ。今回は足元にまで届こうかという長い髪の毛を一本置いてきたらしい。

「さて! 少し早いが夕飯にしようか」

 長い髪の毛を首の後ろで軽くまとめ、黒崎さんはそう言って笑った。

「お、いいですね。今日は何っすか?」

「一応、引越しは引っ越しだからな、荷物は明日届くが……。そうだな、蕎麦でも茹でようかと思う。直行、カケとザル、どっちがいい?」

「う~む……悩ましいけど……最近暑くなってきましたし、ザルで」

「了解した」

 言って、黒崎さんは台所に向かう。

 その後姿を眺めて、ふとおれは声をかけた。

「あ、詠美」

「うん? どうした?」

「ホコリ。髪についてますよ」

「ん? どこだ?」

「ちょうど首の後ろ辺り。髪括ってるところの下」

「んー? ……取れたか?」

「全然。ジッとしててください。おれが取りますから」

「頼む」

 後ろを向いたままの黒崎さんに近づき、その異様に量の多い黒髪に手を伸ばす。

「ん~?」

「……………………」

 しかし、そのホコリは長い髪に絡まっていてなかなか取れない。おれは強く引っ張ってその髪が抜けてしまわないよう、慎重に絡まった髪の毛を解いていく。

「……よし、取れた」

 おそらく、影の中に潜る時についてしまったのであろうその少し大きいホコリを、新しく買ったゴミ箱の中に放り込む。

「詠美、取れましたよ」

「……………………」

 未だに突っ立ったままの黒崎さんに声をかける。しかし彼女は微動だにせず、その場に佇んでいた。

「詠美?」

「……………………」

「おーい?」

 気になって前の方に行って顔色を伺う。

 すると。

「……………………」

「……何すか詠美。その気持ちよさそうな顔は……」

 何やらニコニコと、嬉しそうに笑っていた。

 それはいつもの不器用な笑みではない。付き合いの長いおれも、初めて見る顔だった。

 へえ……こんな顔もできるんだ。

「いやー……直行……」

「はい?」

 そのうっとりとした表情のまま、おれに声をかける。

「他の人に髪を梳かれるのって、思いのほか気持ちいいものなんだな……」

「……………………」

「直行」

「はい」

「また今度、頼むぞ」

「……………………」

 彼の返事を待たずに、愛美は軽やかな足取りで台所に向かった。

「……う~む」

 普通、女の人って髪を触られるのって嫌がるもんだと思ってたけど……。

 その後姿を見つめながら、何だかややこしいことになりそうだ、と本能的に悟った。

「……………………」

 しかしまあ、嬉しそうだったしな。

「まあ……いっか」

 と、おれは微笑んだ。

 あの事件から半月。

 未だに事件は解決していないようだけど、おれたちは引っ越しも済み、心機一転。

 長谷川・黒崎家はあくまで平和である。


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