最悪の黒-010_蠍
ハンス・ジャクソンは干し肉を齧りながら夜道の街道から外れた小さな林に身を潜めていた。彼の周りには、彼と同じく闇夜に紛れる黒い外套で身を包んだ六人が身を屈めている。
「改めて作戦を説明します」
七つの影のうちの一つが低く声を発する。
元Bランク傭兵団「明星の蠍」の頭脳を一手に引き受けるアール・トマスだ。彼は扱けた頬からコツコツと顎を鳴らしながら今回の作戦を口にする。
「今回の作戦は我々が目を離した間にお痛をした馬鹿ども十五人の救出になります。闇夜に乗じて護送車を強襲し、速やかに救出、離脱するよう心掛けてください」
「タイミングは?」
「いつも通り、私の合図とともに」
七つのうち最も大柄な影――ヒール・ネルソンが気が早く、背負っていた巨大なランスを構えていつでも突撃できる体勢をとる。相変わらずのせっかち男だが、この男の突撃力をハンスは高く評価している。その一撃は、ちょっとした鉄馬車程度であればひっくり返すほどの威力を誇る、優秀な突撃隊長だ。
それに比べて、とハンスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
今回愚かにもフロア村衛兵隊に御用になったらしい下っ端十五人は何をしているのだと吐き捨てたくなる。何が悲しくてあんな馬鹿どものためにこんな作戦を実行しなければならないんだと言いたくもなるが、メンバーの半数以上が捕まってしまっては盗賊ギルドに舐められ、今後の食い扶持に大きく影響してしまう。さらにメンバーの奪還に失敗した日には、自分の尻も拭えない、使えない連中だとレッテルを張られてしまう。何が何でも連中は取り返さなくてはならない。
「……来た!」
内心悪態を吐きながら待つこと数刻、フロア村の方角から篝火の光と共に車輪が回る音が微かに聞こえてきた。そしてさらに数分後には馬車の影が高原の先に見えた。
「はっはー!」
ガシャン! とヒールがランスを構え直す。しかしそれを「少し待ってください」とアールが制した。
「どうした」
「妙ですね」
尋ねると、アールが眉をしかめながら手元の魔導具を起動する。仄暗い光を発しながら浮かび上がった魔方陣を繰り、アールは「やはり妙だ」とハンスに向き直る。
「街道の脇道にそれた一団がありますね」
「あ? 護送隊を二手に分けたってことか?」
「いえ……二台の馬車に十五人分の反応あり……これはおそらく……どちらかは囮かと」
さらに魔方陣を繰り、アールは状況を読む。
「こちらに向かってきている一団は護衛が五人。あちらの脇道にそれた方は護衛は二十人。我々が夜襲をかけるくらいは向こうも予測できているでしょうに、街道側の一団はあまりにも少ない。恐らくこちらが餌でしょう。馬車の中にも十五人の衛兵が詰まっていると考えていいでしょう」
「それなら向こうの方を襲おうぜ。今ならすぐに追いつける」
ヒールが早速移動しようと立ち上がる。しかしそれをハンスが制した。
「待て、ヒール」
「へ、どうしやした大将」
「襲うなら五人の方だ。……そうだろう、アール」
「流石はハンス。話が早い」
ニヤリとアールが下卑た笑みを浮かべる。
「五人の方の馬車で、すぐに臨戦態勢を取れるのはその五人だけです。馬車の中で待機している連中はすぐに動けはしないでしょう。ヒールが初撃で馬車をひっくり返せばさらに初動がもたつく」
「それに裏をかいて二十人の方が囮という可能性もある。もしそうならば五人の方を襲う方がすぐに片が付く。馬鹿どもには『馬車をひっくり返して悪かったな』で笑い話になってもらえりゃいいだけだ。そしてアールの読み通り五人の方が囮なら、五人を片付けた後にぎゅうぎゅうに衛兵が詰まったひっくり返った馬車を襲うだけの簡単な仕事だ。それから二十人の方を襲いに行けば良いだけだ」
「……はっはー! なるほど!」
ガシャン! と笑いながらヒールがランスを構えた。
五人の衛兵が護衛する馬車は、七人の潜む林のもうすぐそこまで迫ってきていた。