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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-171_制御の放棄

 ルネの言葉に苛立ちを覚えつつ、術式の制御に割くリソースは削らない。

 刃を維持する術式の破壊は感知されてしまった。

 対抗する術は二択。練度を高めて構築を複雑化させるか、破壊前提で数で攻めるか。

 どちらもデメリットはある。目の前の埒外な存在は複雑化させた術式だろうが関係なく順応して見せるだろう。数で押したとて、相手は自然魔力を手足以上に自在に操ることに長けている。攻め切れなければ人体魔力を用いている身ではじり貧になる。

 どうする。

 どうすべきか。

 どの手が最善か――


「貴様は少々、賢しすぎるな」


 ガシャン、とルネが両の鉄腕を広げた。

 その姿に得も言われぬ懐かしさを覚える。

 自分自身か、家族の誰かか、はたまた名も知らぬ赤の他人か。しかしその冷たい鉄の腕からは想像もできないほどかけ離れた、まるで迷子になった幼子を抱き留める母親のような――太陽の如き温かさ。

「その戦術高さは確かに貴様の持ち味だ。己の技量に慢心せず、小細工も小手先の技も、持てる限りを全て使って抵抗し、針の穴ほどの隙を見出して攻め入る。素晴らしい」

「……何が言いたい」

「一方で、用意がない突発的な会敵への対応が一歩劣るように感じる。此度のランク試験も然りだ」

「…………」

 それは、否定できないだろうとハクロは無意識に視線が揺れた。

 事前にありとあらゆる戦況を想定し、対応策を組み上げ、あらゆる戦場要素を取り入れて打開することが己の真骨頂であると自負している。しかしこのような突発的かつだだっ広い何もない空間における格上相手のタイマンとなると、今一歩攻め切れない。


「何もない空間などありはしない」


 思考を読んだかのように、ルネが言い捨てる。

「ハクロよ。貴様のいた世界が魔力が希薄であったことは聞いた。しかし今貴様がいるのはここ――余が統べる、余の世界だ」

「……王位継承してねえ奴がデカく出たな」

「はっはっは! 誤差であろう!」

 辛うじて返した軽口を豪快に笑い飛ばされる。

 そしてルネは指を一本立て、空を示した。

「貴様がありとあらゆるものを用いて戦うというのであれば、この世界の魔力をも操って見せたらどうだ」

「…………。いや、そりゃ」

「貴様の魔力操作が人体魔力に特化しているのは承知だ。制御の利かぬ魔力を用いた魔術の危険性など、傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)の見習いが真っ先に教え込まれることだ」

 だが、とルネは高らかに続ける。

「だがそれがどうした!」

「…………」


「今貴様の目の前にいるのは誰ぞ! この世界で最も魔力の扱いに長けたS()()()()()()第参位階にして『太陽の旅団』首魁、ラグランジュ=ルネ・〝鉄腕姫(アイゼンアルム)〟・ツルギである!! 小童の稚拙な魔力制御による魔術の暴発など屁でもない! 過剰魔力反応受けて立とう! 貴様のありとあらゆる術式全てを暴れさせたとて、余の玉体と貴様の身体、どちらも傷一つつけさせぬと誓おうではないか!」


「……はっ」

 その無茶苦茶な宣言に、思わずハクロは肩の力が抜けた。

「そうかい」

 体内で留め置いていた構築途中の術式を放出する。

 魔力は込めない。

 途端、術式はそこに込められた概念に則って不足している魔力を世界から吸い上げ始める。

 制御らしい制御はほぼほぼ機能していない。辛うじて手元にある、それだけだ。

 際限なく膨張する術式に流石に冷や汗が滲むが、ハクロは表情を変えずにルネに視線を向ける。


 そして――笑う。

 軽く。

 薄く。


「制御の努力はしてみるが、期待はするなよ」

「うむ! 受けて立とう!」


 腕を前方へと突き出し、申し訳程度に指向性を付与。

 そして擦れた声による不十分な起動キーにより、魔術を発動させた。


「世界を喰らえ――精製、【ムメイ】」


 形無き嵐の如き魔力塊が辛うじて刃と分かる程度に凝縮される。

 その刃渡りは闘技場の半径よりいくらか足りないほど。人の扱える大きさではない。それでも形が維持できているのはぶっつけ本番とは思えないハクロの魔力制御の技能の高さ故だが、これを用いて戦おうなど不可能だ。

 だから取れる手段は唯一つ――相手に、ルネにぶつけるだけだ。


「『叩き斬れ』ッ!!」


 焼けた喉の奥から絞り出した声に魔力を混ぜ、指向性を上乗せする。

 大きさゆえに分かりにくいが、切先は唸る暴風のような速度でルネへと迫る。

 それを彼女は


「はっはっは!!」


 一笑し、鉄の片腕を一薙ぎして形成する術式を破壊する。

 ボロボロと崩れていく魔力塊の刃。

 しかし巨大な刃はすぐには消滅せず、霧散しかけた魔力が術式の残滓により小ぶりな刃を形成した。

「むっ!」

 ルネの周囲に数十、数百に達する小さな刃が漂う。

 切っ先はどれもこれもバラバラの方向を向き、まともな指向性は宿っていない。

「『貫け』」

 それで構わない。

 出鱈目だろうが掠りもしなかろうが、それでいい。

 ハクロの起動キーにより静止していた刃が切先方向へと射出された。

 ルネの方を向いていたのは全体の二割ほどだろうか。

 それでも数が数だけに、一つ一つ破壊するには間に合わずにルネは自身に防護魔術を施す。


 ある刃は融解し、ある刃は弾かれ、ある刃はその場で停止、ある刃は霧散した。


 防護魔術だけでいくつ同時展開しているんだと舌打ちしながら、ハクロは次の魔術を発動させる。

「――精製、【ムメイ】」

 先程は横薙ぎに顕れた刃が頭上に切先を下に向けて形成される。

 形状維持の術式のみを残し、後は全て放棄。

 そうなると自然、刃は自重に従いルネに向けて落下を始める。

「っはっは! 面白い!」

 左腕で拳を作り、ルネは切先を真正面から打ち据えた。

 ピシリと刃がひび割れる。

 形状維持にリソースを割いた結果として強度が増しているはずなのだが、その分だけ物質としての特性が強く出たのだろう。刃は霧散することなく砕けていき、周囲に金属片を散らした。

 やることは変わらない。

「『貫け』!」

 金属片を刃と見立て、それぞれが飛びやすい方向へと加速した。

 幾千幾万の欠片が完全無秩序に破裂する。

 その中心にいるルネは勿論だが、離れた場所に立つハクロにもその余波が降り注いだ。しかしルネの宣言通り欠片はハクロの体に届く前に減速し、霧散していった。

 全く馬鹿げている。

 ハクロはどうしようもなく口元が綻ぶ。

 本当に、どこの世界に対戦相手の自爆までフォローする奴がいる。

 いや残念ながら目の前にいるのだが。

 しかしこの繰り返しでは流石に芸がないなと思考に片隅を回す。

 戦術に頼りすぎだと言われたばかりだが、これもまたハクロの戦い方である。

 あまり褒められたものではないが、散らした金属片に攻撃性の高い魔術を織り交ぜようか。当然制御不十分で余波によりとんでもないことになるだろうが、まあ相手がルネならば問題ないだろう。

 さてどこに混ぜようか――そんなことを企んでいると。


 とぷん、ごぼ


 口元からあぶくが昇り、空へと消えていった。

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