最悪の黒-165_初手
――ダァン!
ルネによる試験官の宣言がなされると同時に、闘技場に破裂するような魔術の発動音が響き渡った。
その場に居合わせた歴戦の傭兵たちが何が起きたのか把握する瞬きの間に、ハクロはずるりとフェアリーのポーチからもう一丁の魔導具を引きずり出した。
いつの間にか引き抜いていたのか、最初の魔導具は床に投げ捨てる。そして三つのパーツに分けられたそれを瞬く間に組み立て、躊躇いなく引き金を引いた。
――ッパァン!!
先程よりも強烈な破裂音。
それと同時にルネが金髪をたなびかせながら大きく背後に仰け反った。
「へ、はっ!?」
「…………」
困惑の表情でハクロとルネの間を視線を行ったり来たりさせるバーンズ。この中では制作者であるティルダを除き、唯一どちらの魔導具の存在も知っているためいち早く状況を把握できたようだが、それはそれとして理解にまでは至っていないらしい。
「…………」
ハクロは二丁目の魔導具をバーンズに押し付けながらすっと瞳を細めた。
一発目の早撃ち特化型魔導具で胴体を撃ち、多少怯んだ隙に二発目の貫通力特化魔導具を組み立て、頭を狙った。
しかし一発目は着弾直前、小指の爪ほどの大きさの防御魔術に弾かれて消失した。
そして二発目は――
「どんな顎してんだてめぇ」
「くはははは!!」
――上下の前歯で噛み砕かれて消えた。
「思い切りが良いな! 奇襲の意趣返しはともかく、こちらはまだリリィとティルダを抱えたままなのだぞ」
「人質を取られてる時に『これから攻撃するから解放しろ』と懇願するか?」
「普通はするだろ!?」
バーンズが床に捨てた魔導具と押し付けられた魔導具を抱えながらツッコミを入れるが、当の本人たちは一名を除きケロリとしている。
「まあ相手が余でなかったら通用しただろうが、相手が悪かったな」
「え、ていうか私たち、今ルネ様ごと撃たれそうになったんですか!?」
「ちゃんと狙っただろう」
「……間近で攻撃魔術の着弾見れて満足……」
遅ればせながら被弾しかけた恐怖がじわじわ込み上げてきたリリィとは対照的に、ティルダはどこかほっこりと頬を緩めていた。
リリィが不満そうにキャンキャンと鳴いているが、仮に狙いがずれていたとしてもルネがしっかり防いだはずだ。流石に相手がルネじゃなかったらハクロもこんなことはしない。
「バーンズ、それ邪魔だから持ってはけてろ」
「も、もう使わねえの?」
「そいつが最大限の効果が発揮されるのは基本的に知覚外からの不意打ちだ。こんな遮蔽物のない場所で初弾を防がれちまったらもはやただの筒だ」
なんなら撃つ前から防がれるだろうと予想できたため、本当に無駄弾だった。しかしそれはそれとして、手を隠したまま相手取れるなどとは驕っていない。
尽くせる手は全て出し尽くさなければならない。
それでも届くかどうか――太陽を彷彿とさせる眩い魔力を放つルネの姿はとてつもなく遠くに見えた。
「……アレでまだ全力じゃねえんだろ。嫌になるな」
腹の中に渦巻いた悪態を吐き出す。
見えていない部分がどうなっているかは分からないが、この闘技場は直径100メートルほどの石造りの足場を海抜3000メートル地点に浮遊させ、さらに地表とほぼ同程度の気温気圧に調整されている。それを維持しているのは当然、試験官としてこの場所を指定したルネである。
彼女は普段使いの鉄腕の他に二対の腕鎧型の魔導具を所持しているというが、それらを用いて闘技場を維持していたとしても術者への負担がゼロになるわけではない。
というかこの質量を浮遊させながら地表への転移を繰り返すとか、正気の沙汰ではない。
「…………」
悪態を通り越して弱音が漏れそうになった口元を引き締め、そしてゆっくりと口角を持ち上げる。
軽く、薄く、強かに。
己のペースを取り戻すように、笑う。
「んじゃあ改めて、やろうか」
「うむ。いつでも来い」
抱き抱えていたリリィとティルダが消える。いや、すぐ隣にいたはずのバーンズの姿もない。
視界をずらすと、闘技場を形作る上階部分に全員まとめて転移されていた。
それを確認するとハクロは大きく肺に息を送り込み、静かに吐き出す。
「――抜刀【キチュウ】」
だらりと下げた右手に、柄も鍔もない抜身の片刃の剣が具現化した。





