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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-164_試験官

 背後から横殴りの雨のように降りかかる扉だった破片をバーンズとオセロット、ハクロで振り払う。

 クリフは全く微動だにしていないが、鎧を着こんでいる体はともかく顔に思いっきり鉄製のノッカーがぶつかったはずなのにケロリとしていた。痛覚ないんかと軽く引きながら、視線を一度執務机に腰かけていたヒューゴを経由してから振り返るように乱入者へ向けた。

「久しいな! 無事に推薦状が揃ったようでなによりだ!」

「お前は扉をぶち破ることでしか登場できんのか、ルネ」

 当然ながら、乱入者とは「太陽の旅団」の首魁である〝鉄腕姫(アイゼンアルム)〟ことルネである。

 今日は王都での公務はないのか、ハスキー州都に来ていたらしい。

「……殿下」

 ふう、と大きなため息を吐きながらヒューゴがのろのろと立ち上がる。

 額には扉だった木片が食い込んでいた。

「今年に入って、二度目です」

「お、ここではそんなものか」

「そんなものか、ではありません。何度も申し上げているはずですが、支部長室の扉と壁は機密性の高い打合せを行うために様々な術式が施されており、非常に高価なのです。それを路傍の石でも蹴飛ばす様にぶち破るのはおやめ頂きたい。あとその言い方、他の支部の扉も破壊していますね?」

「支部どころか王都本部の扉ぶち破ってるぞ、そいつ」

「殿下?」

「そんなこと、いちいち覚えているわけなかろう!」

「……もうこの際、枚数を覚えるのは諦めてもらっても構いません。しかし『扉を破壊しない』ということだけはお忘れなきようお願いします」

「約束はせぬが、まあ覚えておいてやろう!」

「約束してください」

傭兵大隊(クラン)の資金繰りに余裕がないの、絶対お前が原因だろ」

 ひょろりとした高い背丈でヒューゴが見下ろす様にルネを威圧するが、当の本人は全く堪えていない。なんなら「扉など取っ払ってしまえばよかろう!」と顔に書いていそうな表情をしている。目元をリボンで隠していて見えないのに、これほど何を考えているか分かりやすいのも珍しい。

 ハクロは立ち上がりながらヒューゴの額の破片を抜き取り、とりあえず床に投げ捨てる。

「んで、なんだって? 試験を今日これから?」

「そうだ!」

「お前、流石にそれは急すぎるだろう」

「貴様は奇襲や突発魔群侵攻(スタンピード)に『待ってくれ』と乞うか?」

「…………」

「さて、別室のレナートとエーリカ含めて八人か」

 ガシャと鎧の手指で印を結び、ルネが無造作に魔力を込める。


 その術式構造をハクロが理解する間もなく、瞬きを一つ挟む隙も無く――眼前の風景が変わった。


「……転移、か!」

「おっわビックリしたー!?」

 ソファーに腰かけたままだったオセロットとバーンズは多少バランスを崩していたが、その他の傭兵組は危なげなく転移先に着地する。しかし唯一の非戦闘員であるヒューゴは盛大に前屈みになり、たまたまそこにいたハクロの左肩に手をついてギリギリで堪えていた。

「殿下! 飛ぶ前に一言頂きたかったです!」

「注文が多いな貴様。術式起動前に事前動作を挟んでやったではないか」

「動作から発動までが早すぎるのです!」

「あと二人連れて来るゆえ、しばし待て!」

「殿下!」

 ヒューゴの小言が届く前にルネの姿が掻き消える。

 この転移に関しては、ハクロもバーンズもそのことについては内心深く頷くしかなかった。術者含めて八人分の質量の転移を無詠唱、始動キーなし、手指の動作のみで連続発動させるな。

「……どこだ、ここ」

 ぐるりと周囲を確認する。

 しかし見渡す限り、見知った景色はない。というか、()()()()()()()()()()()()()

 石造りの街中の広場から円形にくり抜いたような足場はしっかりとしているものの、周囲には驚くほど何もない。

 夏だというのに山頂にかけて冠雪を被るハスキー連峰が壁のように聳えているが、普段州都から見られる工房の煙突や煙、蒸気等の遮蔽物が全くない。

 反対側を見ると、こちらは本当に何もない。辛うじてハクロたちの立つ足場の端から地平線らしきものが伺えるが、視界に映るのはほぼ空だ。

「うわ、高いですねー」

「危ねぇな、落ちるぞ馬鹿!?」

 能天気な声が聞こえ、そちらを見るとレナートに支部長室を摘まみ出されたエーリカが足場の縁から身を乗り出して()()()()()()()()()

 釣られて視線を足場の下へ向けると、流石のハクロも軽く息を呑んだ。


 ――ヒュォ


 足元から風が吹き上がる。

 石畳の足場の遥か下に、街全体で濛々と煙を吐き出すハスキー州都があった。


「上空3,000メートル――ハスキー州都で最も標高の高い位置の工房よりもさらに高い位置に用意した闘技場! ここが貴様のAランク昇格をかけた試験会場である!」


 声のする方を向き直る。

 そこには、拠点に置いてきたはずのリリィとティルダを鉄の両腕で抱え、転移し直してきたルネがふんぞり返るように立っていた。


「そして当然、試験官はこのラグランジュ=ルネ・〝鉄腕姫(アイゼンアルム)〟・ツルギが務めよう!!」

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