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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-163_三通の推薦

「俺の推薦状?」

 一体なんのことかとヒューゴに視線で問うと、彼は背筋をピンと伸ばしたまま小さく頷いた。

「今回ハクロさんへ充てた依頼ですが、依頼主のクマル氏からランク再考の申し出があったことはハクロさんも存じているかと思います。その後、傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)から魔術ギルド(マグリナ=アカデミー)及び職人ギルド(レオン=ファクトリ)へ再度確認をしたところ、数か月前に別件で捕縛された付与魔術師(エンチャンター)一名と技師一名の無許可での湖都侵入及び非認可魔術書の転写、該当魔術を付与した違法魔導具の密売が発覚しました。さらに事情聴取を行ったところ、湖都の惨状について自白。クマル氏との証言が合致したため依頼ランクを再考し――当依頼がAランクに再設定されました」

「…………」

 何かを言いかけ、いやそりゃそうか、と喉の奥に飲み込む。

 後半などハクロも感覚が麻痺しかけていたが、ジオフェルンの書斎は湖都どころかラッセル湖がまるまる消し飛びかねない惨状になっていた。その事実が発覚後、速やかな報告と再考申請、さらに限られた人員での無事故での対応と完了――傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)からのハクロの評価が大きく上昇してしまったのだ。

 そしてルネがその機を逃すはずもなく。

「依頼完了の簡易報告が『太陽の旅団』経由で当支部に届いたと同時に、〝鉄腕姫(アイゼンアルム)〟及び〝爆劫(バーンズ)〟並びに〝山猫(オセロット)〟の三名から貴方のAランク昇格の推薦がありました」

「いや、ちょっと待て。いくら何でも話が早すぎる。ルネとバーンズはともかく、オセロットの推薦だ? こいつが拠点にしてたカナルからハスキー州都まで、馬車で二か月半はかかるだろう」

「そうだのう」

 流石のハクロも待ったをかけたが、当の推薦者であるオセロットは鷹揚に頷き、年甲斐もなく悪戯めいた笑みを浮かべた。

「ラグランジュ=ルネ殿下から君の推薦依頼があったのが二か月半前、ちょうど湖都の依頼ランクが改められた頃かのう。そこからえっちらおっちら馬車を乗り継ぎながらここまで来たのだよ」

「……依頼が完遂されずに湖ごと俺が消し飛ぶ可能性もあっただろう」

 交通網が家畜による馬車の牽引に依存しているこの世界にとって、都市間の移動は個人への負担が大きい。少しでも移動費を削減しようとそのためだけに傭兵団(チーム)を組む者もいるし、要人の場合は高いコストを支払って転移魔術を利用することもある。

 当然ながらオセロットほどの傭兵ともなればそれも承知で依頼を受けるだろうが、それでも彼は老兵の中でも年嵩は上の方だ。引退が口癖になるほどの老人に二か月半の馬車旅は体に障ったことだろう。さらに言うならばオーガの体格で伸縮の魔術が施されていない安馬車は乗れないため、割高の馬車を確保する必要もある。

 オセロットにとってハクロはたかだか十日と少し、行動を共に過ごしただけの流れ者だ。依頼が達成されるかも分からない段階でハスキー州都を目指して出立するには少々評価が過分に思えた。

「……君は立ち居振る舞いは大胆だが、芯のところは本当に慎重だのう」

 ハクロの訝し気な表情に小さく苦笑を浮かべながら、オセロットはベルトに括りつけたポーチから随分と小さな巻かれた羊皮紙を取り出した。

 それをヒューゴへ手渡すと羊皮紙が纏っていた魔力が霧散し、見慣れた大きさに戻る。伸縮の魔術はそんなところにも適用されるのか、とどうでもいいことを思考の隅に追いやっているうちに、ヒューゴが封蝋を外して中身を確認した。

「そも。あのカナルの街で儂がランク試験を担当したが、君は最初からAランク、最低でもBランクで良いと思っておったよ。それでは余計な諍いを生むと考えてアイビーの判断でCランクスタートとなったがね」

「推薦状を確認しました」

 ヒューゴがそう宣言すると、術式の刻まれた羊皮紙は端から炎を上げ、灰も残さず燃え尽きる。

「本日、大陸歴5025年7月13日より一年間、ハクロさんのAランク昇格試験の受験資格が発行されます。受験者及び試験官、試験会場の都合が合えば期間内であれば何度でも受け直すことは可能です。ですが再受験は昇格後の階位査定に影響しますのでご注意ください」

「今更だが本人の意思は尊重されねえのか」

「無論尊重されますとも。発行されるのは受験資格であり、辞退することも可能です」

「…………」

 すう、と鼻から肺いっぱいに息を吸い込み、はあ、と口から吐き出す。

 ようやく拠点街まで戻ってきて腰を落ち着けると思っていたのだが、そうもいかないらしい。

 そもそも今回の依頼の報告書も書けていないため、Aランクに修正されたとは言え、依頼その物は未達成のはずなのだが。

 とは言え――今更辞退を選ぶほど野暮でもない。

「分かった。分かったよ。んで、試験内容は? 筆記か? 論文提出か? 実技か? 直近の受験可能日程は?」

「Aランク昇格推薦が上がる者に対し、素養を問う試験はありません。必要なのは傭兵としての実力のみです。そして日程ですが――」


「今日、これからだ!」


 ちゅどぉぉぉぉぉおおおおおん!!


 そんな高らかな声音と共に執務室の扉が弾けとんだ。

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