最悪の黒-162_南部より
〝焔蜥蜴〟ことAランク傭兵第参拾捌位階、レナート・クルス。
これまでギルド証でのやり取りしか関りがなかった傭兵大隊の同僚だが、その存在感は随分と派手な印象があった。というか、双子の姉にして〝風舞踏〟の二つ名を与えられているレベッカ・クルスと何かと張り合い、メッセージ機能を使用して毎日のように口論しているため、否応なしに視界に入ってくるのだ。
バーンズから伝え聞いた話では、28歳という獣人族の傭兵としては中堅に差し掛かった年頃であるにもかかわらず既にAランクの参拾位階に到達しているのは、前後のランク帯を巻き込みながら昇格決闘を繰り返し、姉弟で追い付き追い抜き押し退けながら駆け登った結果だという。
もう一人、第弐拾壱位階の〝鉄の断崖〟・ディアス。
ドワーフでありながらドワーフを超越しているとしか思えない体格の彼は当時30歳でAランクに到達後、280歳を数える現在まで在位期間記録を更新し続けている最古参の古強者である。ついでに言うとドワーフの傭兵としては当然のように最年長Aランクであり、これはより長命なエルフ族を含めても上から五番目の高齢記録だという。
Aランク傭兵はその実力だけでなく、相応しい依頼選びが求められ、さらに危険な依頼には率先してギルドから指名が入る。そのため例え苦労の末にAランクに到達してもそれ以上花開くことができず、怪我により引退を余儀なくされることもままある。バーンズのように昇格できずに停滞していなど、むしろ幸運の部類だった。
しかもクリフの兵科は盾兵である。文字通り最前線で戦い続けてAランクを250年維持というのは王家有史、ひいてはギルドの長い歴史においても異様なことなのだった。
そしてルネがそんな面白い人材を見過ごすはずもなく、傭兵大隊勧誘後は大陸南部を中心とした地域で高ランクの魔物討伐の依頼が割り振られていたはずだ。
それがどうして大陸東部のハスキー州都まで足を運んでいるのか。
「実はハクロさんたちが留守にしてる間、Aランク魔物討伐の依頼があったんだ」
そう前置きし、バーンズが事情を語る。
「場所は東部と南部の間らへんの砂漠。あの辺は突発魔群侵攻が発生しにくい代わりに一個体の強い魔物が定期的に湧く傾向があるんだ」
「小さい頃に私がいた商隊を襲ったのもそれですねー」
「…………」
触れていいものなのか分からない情報をしれっと挟みながら、エーリカ本人は気の抜けた表情でグラスに注がれた冷えた果実水を傾けていた。
「本来ならあの砂漠は南部の管轄なんだけど、発生地点が北寄りで、かつ東部方面に移動してたんでハスキー州都に依頼が振られたんだ。討伐対象はギルトスコーピオン。砂漠地帯によく湧く蠍系種の変異個体で、全身が金ぴかに光り輝いててド派手な魔物だ」
「通常の蠍系種は地と炎属性の魔力溜まりから発生して毒針が魅りょ……厄介なんですけど、ギルトスコーピオンは毒はなくて属性としては光属性に分類されるんですー。さらに炎属性に対して強い耐性……というか特殊な反応を示しまして、炎属性の魔術を受けると特徴的な金色の甲殻から吸収して尾の先から熱線として撃ち返してくるんですー! しかも砂漠の強烈な日差しからも炎属性魔力を吸収して貯蓄して熱線の乱射が迫力がすごくって、あ、もちろん通常の蠍系種と同様に鋏も発達してて、それで取り押さえながら何度も何度も熱線を撃ち込まれたらもう――」
「エーリカ」
「あぁー」
レナートがエーリカの襟首を掴み、ひょいと彼女の小さな体を持ち上げてそのまま執務室から連れ出した。
ふう、とクリフを除くその場の全員が苦笑を挟み、一呼吸。
「……念のため確認するが、被害は?」
「この通り無傷だぜ。あんなこと言ってるけどエーリカも。どうしても間近で見たいってうるさかったから、坑道調査の時みたいに背負って行った」
袖を捲り、バーンズは己の無事を証明する。
その腕回りはハスキー州都でのクズ魔石運搬と単身での坑道調査を経て、随分と逞しく膨れているように見えた。
「んでまあ、Aランク魔物の討伐……支援魔術師を背負っちゃいたがほぼ単独での依頼達成ってことで、姫様からAランクへの昇格の打診があったんだ」
「そしてAランクへの昇格にはAランクもしくはB+ランク傭兵、計三名の推薦が必要となります。増援として〝焔蜥蜴と〝鉄の断崖〟の両名が後から合流していましたので、そのままこちらで一筆お願いすることとなったのですよ」
「……なるほど」
ハクロは視線を壁際で腕組みしたまま立っているクリフへと移す。
〝鉄腕姫〟〝焔蜥蜴〟〝鉄の断崖〟――その三名の推薦を以ってバーンズにAランク昇格の受験資格が与えられ、無事に達成されたという運びらしい。
「バーンズ」
「うス!」
「やったな」
「へへ……! おう!」
照れくさそうに屈託なく笑みを浮かべながら、バーンズは鼻の下を指で擦った。
「……まあクリフのじーさんにもっかい推薦してもらおうってなった時、めちゃくちゃ胃に穴が開きそうだったけど」
「フン! 儂に何の相談もなく二つ名を捨てたかと思えば、また拾うために推薦状を寄越せなど! 本来ならば門前払いしておるところじゃ!」
「ぐ……」
「じゃが、まあ。あの金蠍との闘い、見事であった。毛も生え揃ってないような小僧の時とは比べ物にならぬと、この儂をして納得せざるをえんほどにのう!」
「うス! あざっした!」
「そして、ハクロよ!」
くわっ、とクリフがしわで弛んだ瞼をかっ開き、鼻息を荒げながらハクロを見やった。
「ヴァーンズをここまで鍛え直したのは貴様だと聞いておる! 一目見ておこうと南部への帰還を遅らせ、こうして貴様を待ち侘びておったのだ! しかし、フム! なるほどのう! 悪くない、流石は姫様の慧眼に叶った男じゃ! この儂がもう一筆したためてやっても良いかと考えてしまうほどにのう!」
「お、おう。そうかい、そりゃどうも」
話しながらも声量がじわじわ上がっていき、ついでにガシャガシャと鎧を鳴らしながら歩み寄ってくるクリフ。その二つ名の通り、鋼鉄の崖が迫ってくるような圧迫感があった。
「申し訳ないが、〝鉄の断崖〟翁」
と、低く唸るような声が割り入ってきた。
隣の席でゴツゴツとした太い指で器用にカップを持ち上げ、夏だというのに熱い茶を啜っていたオセロットだった。
「その役目は例え恩ある貴方でも譲れないな」
「〝山猫〟」
「彼の推薦状は既に儂が用意している。割り込みはご遠慮願いたい」
クリフ以上に深い皺をゆっくりと伸ばすように、オセロットは静かに笑みを浮かべた。





