最悪の黒-160_ふたたび
「嫌気が差すほど暑い日は凍る寸前まで冷やしてとろりとなった蒸留酒が最高に美味いんだ」
「すきっ腹にお酒はやめてください。あとお年寄りは意識してお水を飲んでください」
「……むう」
ザラを退けてソファに腰かけたオセロットにリリィが笑顔で水を汲み入れたコップを差し出す。傭兵としての年季も長く、またお世辞にも人相が良いとは言えないオセロットに対しても押しが強い。
さしものオセロットも気圧され、素直に水を口に含んだ。
「んで、なんだってハスキー州まで来たんだ。北部に帰りたいって言ってなかったか」
「北部帰りは諦めとらんよ。まあハスキー州に長居する気もないが、儂はギルドに呼ばれたのだよ」
「依頼か?」
「いや。……その様子だと聞いておらぬようだな」
「あ?」
「君はギルド証の確認はマメだと思っていたが、流石に何か月も湖都に拘束されてはそれもままならなかったようだ」
「ああ、そうだそれを確認しようとしてたんだ。リリィ、悪いが先に片付け始めてもらえるか? 俺の荷物は適当に部屋に押し込んどいていい」
「分かりました!」
「ついでにザラを奥の部屋に持ってけ」
「もうチョットここで涼ませて――あぁぁぁ」
すっと立ち上がり、重心移動を利用して自分より背の高いザラを担いで奥の部屋へと連れ去るリリィ。さらにその足でティルダがエントランスまで運び入れた木箱の山を一つずつ崩し始めた。流石の手際である。
その間にハクロは滞っていたギルド証のメッセージ機能の総浚いを再開させた。
「……基本的にルネからの依頼配分と業務報告だな。湖都に籠ることになったのは最初に連絡してっから、個別通知はなし」
「ルネ……ああ、ラグランジュ=ルネ王女殿下か。随分と砕けた呼び名だな」
「本人からの希望なんでな。うちの魔導具技師なんか、さらにちゃん付けだぞ」
「先ほどちらりと見えたドワーフの子かい? 一瞬で隠れてしまって挨拶できなかったが」
「極度の人見知りでな」
「では無理するわけにもいかんなあ」
傭兵の身分を手に入れたばかりのハクロをよく気に掛けたことからも分かる通り、オセロットは世話焼きだが同時に他人との距離の取り方が上手い。人付き合いが苦手な者に対しては無理に踏み込むようなことはせず、最低限のやり取りに留める。その辺りの性格が指導役としての役割もあるB+ランクの彼をギルド側が引退させたがらない理由でもあるのだろう。
しばらくの間、無言でハクロがメッセージ履歴を漁る作業が続く。
そしてようやく二週間ほど前の内容まで目を通したところで、術式を操作する手が止まった。
「……そうか」
完全に無意識だった――ハクロの口の端が僅かに上向きに緩む。
エントランスの壁掛けカレンダーに目をやり、「宣言ぴったりだな」と小さく呟いた。
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5025/6/31 14:05 [バーンズ_傭兵の方]
報告!! 本日付で無事Aランク再拝命しました!!
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