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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
160/172

最悪の黒-152_深層

「そもそも貴様の、いや、フェアリー以外の魔術は吾輩からすれば非効率極まりないのだ。特に複数の属性の組み合わせの術式は苛立ちすら感じる! 属性の異なる魔力を強引に組み合そうとするから事故が起こるし、対価に対して効果が十全でないのだ!」

「つまり、フェアリーの魔法は引き算なんだな、俺たちの魔術が魔力の組み合わせの足し算だとするなら。なるほど、このポーチがどうやって風と地属性の魔力が打ち消しあわずにそれぞれ術式として独立してんのかずっと疑問だったが、逆か。ポーチという区切られた世界から炎属性の魔力だけを除外しているということか」

「そうだ! その通りだ異世界人(オトズレビト)よ!」

「そしてもう一つ合点がいった。なんでこの世界の魔術がやたらと自然魔力に固執してんのかと思ったが、フェアリーの引き算による術式構築が基盤にあるからか。フェアリーの卓越した自然魔力制御技能ありきの魔術ということか」

「貴様も言う通り、人体魔力を使用することに対するリスクもあるがな。何せ吾輩らは魔力生命体だ。魔力枯渇は即ち死に繋がる! だが一方で、貴様の人体魔力の制御技法は吾輩をもっても瞠目に値する! 貴様自身の属性波長が水に偏っていなければ、貴様はフェアリーのありとあらゆる魔法を人体魔力で扱えていただろう」

「はっはー。全属性持ちたぁ夢のある話だ。まあない物ねだっても仕方ねえから、俺は自分でできる範囲で極めるさ」

「…………」

 すごい、何を話しているのか全く分からない。

 リリィは耳をふわりと揺らしながら咳払いをした。

「えーと、ハクロさん」

「ん、おう」

「お話もいいですけど、そろそろお夕飯ですよ。準備手伝ってください」

 それと、と付け加える。

「ハクロさんを呼びに行くという体でザラさんから離れたので、手短にお願いします」

「おう」

 一つ、満足げに頷きながらハクロは手元に魔力を集中させた。


「――抜刀、【シラハ】」


 瞬きほどの刹那の後、そこに切先から鍔、柄頭まで純白の反りのある片刃剣が握られていた。

 リリィも目にするのは二度目である。

 ()()の存在はリリィと彼女の師であるリリアーヌ、ハクロたちの所属する傭兵大隊(クラン)「太陽の翼」首魁のルネ、そしてルネに纏わりつくだけの影ことイルザのみだ。旅を共にしたバーンズとティルダにさえ未だ伏せられている。

 先程まではザラが常にそばをウロウロとしていたため触れることができなかった話題だが、ザラに契約魔法を科した際にリリィに目配せし、隙を見て書斎へ来るよう伝えていたのだった。

「なんだ、それは」

 ジオフェルンが薄い唇を歪ませながら吐き捨てるように問う。

 その声音に「おや?」とリリィは首を傾げた。

 初めてハクロがジオフェルンと相対した時、ハクロの持つ翻訳の魔導具を強奪して魔術書を読もうとしていた。それくらいにはジオフェルンは未知に対する強い探求心を持つが、ハクロの手元に顕れた未知その物を前に、一歩引き下がるような、いっそ嫌悪感と称してもいいような空気を纏った。

「こいつは俺の妹だ。肉体を失い、刃に封じられてはいるが、生きている。こいつに新たな肉体を授けてやる魔術ないし技術を求めて、この世界に来た」

「…………」

 手短に、詳しい説明は省いてジオフェルンに伝える。

 しかし反応は変わらない。むしろ唾を吐いて罵声を浴びせる直前にすら見えるほど顔を顰めていた。

「あんたはこいつをどう見る」

「鉄の剣の姿でありながら魔力反応は生体固有の波長を示している。こんな薄気味悪い術式は湖都に産まれ出でてから初めてだ。とっとと仕舞え、不愉快だ」

 言葉通りに表情を歪め、しっしと指先で拒絶を示す。それにハクロは肩を竦めながら「――納刀」と術式の始動キーを口にし、純白の剣を手元から消した。

「で、アレに肉体を与えるとか言ったか」

「ああ」

「ふん……湖都に湧き出て数千年、幾万幾億と術式を構築してきたが、そんな魔術は存在しない」

「…………」

 一呼吸。

 ハクロは膝に腕を置き、姿勢を前に傾けた。

「あんたが魔術書として記す前に死んだフェアリーはいるだろう」

「勿論だ。吾輩とて全ての魔法を網羅しているなどとは思っていない。〝玩具箱〟には吾輩の与り知らぬ魔法がまだまだ詰まっている。吾輩が魔術書として記した術式が世界全体から見てどれほどの割合を占めるかも見当もつかん。だがそれはそれとして――」

 トン、とジオフェルンは自身の頭部に指先を突き付ける。

「今手元にある魔術をどう組み合わせても、鉄塊に封じられている者に肉を与えるなど、荒唐無稽に感じる。水を燃やす方がまだ現実味がある」

「え、っと……」

 ジオフェルンのその言葉は、あまりにも強い否定だった。

 世界を渡るというリリィからすると想像もつかない異業の先に答えを求めたハクロに対し、非常な現実が突き付けられた。何と声をかけたらよいか、魔術のことなど日常生活で困らない程度のことしか分からなく、中途半端に慰めてよいものなのか咄嗟に判断できず、リリィはそっとハクロの顔を窺う。


「――――」


「……え」

 喉の奥からかすれた声が零れる。


 ハクロの黒い瞳がどろりとした昏い孔のように見えた。

 それはさながら深い水底を覗き込んだような――気持ちを保たなければ前屈みになって落ちてしまいそうな、どうしようもない原始的な感情が沸き上がる。

 ぐるぐると、引きずり込まれるような。

 身を任せてしまいたくなるような。

 しかし、それ以上に――


「なるほど」


 しかしハクロが瞬きを一つ挟み、そう短く口にした。

 それにリリィはハッと前に傾きかけていた姿勢を正す。

 再びハクロの様子を窺うと、瞳の中に感じた違和感は消え去っていた。出会った時から変わらない、軽薄さを漂わせながらも不思議な温かみも感じる、いつものハクロだ。

「何にせよ、まずは『箱庭』だな」

「ほう」

「あんたが考えてるよりも世界ってのは広く、未知に溢れてる。せいぜい数千年、最高効率で二日に一冊綴ったとしても150万ってところか? 一個人で記した魔術書としちゃ桁違いだが、世界全体の魔力事象からすればまだまだ足りん。俺の求める答えは〝玩具箱〟の底に眠っているはずだ」

「そもそもこの世界に貴様の求めるものは実在するのか? 何を根拠にこちらにやって来たのだ」

「それについては――」

 ぽん、とハクロがリリィの頭に手のひらを乗せた。

 じんわりと手のひらから温かな感触が伝わってくる。

「また今度。飯の時間だ。あんたと違って俺たちは食わねば生きていけんのでな」

「……ふん。不便なものだな、貴様ら物質生命は」

 そう皮肉気に口元を歪ませると、ジオフェルンは羽ペンを手に机へと向き直る。そして再び魔術書の執筆作業へと切り替え、ガリガリと尋常ではない速度で文字を書き連ね始めた。

「さて行くか」

「は、はい!」

 立ち上がったハクロの背を慌てて追いかける。

 やはり、そこにいるのはいつものハクロだ。


 先程抱いた感情は――恐怖は、微塵も感じない。

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