最悪の黒-008_傭兵
「初めまして、傭兵ギルドフロア地区支部のロックという者です」
衛兵隊の詰所に案内されたハクロを出迎えたのは眼鏡をかけた痩せたエルフの男だった。握手を求めて差し出された手をハクロは簡単な挨拶と共に握り返す。
「ハクロだ」
「この度はうちの阿呆共の捕縛に協力いただき感謝します」
「ただの正当防衛だよ」
「それでも、流れ者であるあなたの手を煩わせた」
流れ者――身元不詳の自分のことをとりあえずそう説明することにしたのかとハクロはカーターに目配せする。それに小さく頷いたのを確認したのち、用意された椅子に腰かける。
「今回あなたが捕縛したのは元々は傭兵ギルド所属であったハンス・ジャクソンをリーダーとする、『明星の蠍』と呼ばれていた元Bクラス傭兵団です。こちらがその手配書になります」
「…………」
手渡された羊皮紙の束を受け取り、中身をぱらぱらと確認していく。一通り目を通したのち、ハクロは眉を顰めてもう一度じっくりと確認する。
そして羊皮紙の束から七枚、手配書を除く。
「俺を襲ってきた一団の中に、この七人はいなかったな」
「素晴らしい記憶力だな」
カーターは皮肉交じりにそう口にする。
「『明星の蠍』は総勢二十二名で構成された中規模の傭兵団でした。元々粗暴な気質の者が多く評判は悪かったのですが、数年前に大規模商隊の護衛任務を放棄して積み荷を略奪して以来、懸賞金がかけられていました。もう長いこと鰻のようにつるりぬるりと逃げられてきましたが、それが半数以上の十五人の捕縛に成功。大手柄ですな」
「言葉の割に、嬉しそうじゃねえな」
「……この七人のうち三人が曲者でしてね」
言いながら、仕分けた七枚の手配書をトントンと指さすロック。
「アール・トマス、ヒース・ネルソン、そしてリーダーのハンス・ジャクソン。信頼の上に成り立つ我々傭兵ギルドの中で、粗暴で阿呆な連中の集団だった『明星の蠍』が曲がりなりにもBクラスを冠することができたのはこの三人の存在によります」
自ら戦略家を称するアールは敵陣の針の穴を通すような僅かな隙を見つけることに長け、突撃隊長のヒースがそこを喰い破り、総崩れとなった敵をハンスが指揮して徹底的に叩きのめす。それが良くも悪くも名の売れた「明星の蠍」の常套手段だったという。
「なんでそんな連中がギルドを離れて手配までされたんだ」
「Bクラスまで上り詰めると色々と規約の増える傭兵ギルドよりも盗賊ギルドの方がうま味が大きいと判断したのでしょう。盗賊ギルドからの勧誘もあったのかもしれませんな」
現に傭兵ギルドを離れてからの「明星の蠍」は盗賊紛いの依頼を独自に請け負うようになり、その報奨金の一部を盗賊ギルドに流していたようだ。また自分たちを縛る物がなくなったためか、下っ端はおっぴろげに略奪行為にまで手を出し、それに薬師見習のリリィが巻き込まれたということらしい。
「つまり俺がはっ倒した十五人はその下っ端か」
「そういうことになりますな。上の七人が盗賊ギルドに顔を出している間の小遣い稼ぎといったところでしょう」
「それで? その半グレ共の事情は理解できたが、何が問題なんだ?」
「これは情けない話なんだがな」
と、今まで部屋の端で話を聞いていたカーターが言葉を引き継いだ。
「簡単に言えば、とっ捕まえた十五人を街まで護送する人手がねえんだ」
「は?」
ハクロはぽかんと口を開け、首を傾げた。