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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-151_契約痕

 その日は完全に作業の手が止まってしまったこともあり、その後すぐに解散となった。

 具体的な魔導具の構想設計については書斎整理が完了してから改めて詰めることとして、リリィとザラは屋敷内で確保している居住スペースで食事の準備を進めていた。

「怒涛の展開デシた……」

「私はもう慣れちゃいました」

 根菜類を洗って一口サイズに切り分けながらザラが溜息を吐く。それを横で見ていたリリィは苦笑を浮かべながらふわりと尾を振った。

 その場にはいなかったもののあらましは後に伝え聞き、一周回って達観したように「そうですか」と頷いていた。ハクロがこちらに来てからほぼ常に隣で振り回されてきた身としては、ジオフェルンとの新たな契約くらいは何も感じないことだろう。


 新たな契約――ハクロとティルダが湖都の魔石を利用するにあたり、その内容を明記した契約である。


 一つ、傭兵ハクロ及び魔導具技師ティルダ・バーンズの湖都ラッセル自治州への出入りに一切の制限を被らない。

 一つ、前記両名による湖都における魔石採掘に関し、フェアリー族からは一切関与しない。

 一つ、採掘した魔石はジオフェルンの希望する魔導具作成に優先して使用する。

 一つ、ジオフェルンは魔導具作成に必要な付与魔術の知識提供を行う。


 大まかに分けるとそう言った内容の契約をハクロとティルダに対してジオフェルン側から結ばれわけだが、要するに湖都から最高純度魔石という財源かつ材源を無制限で提供する代わりに、「箱庭」を起動し世界から魔法を抽出する魔導具の制作をするというものだ。

 そして同時に、この魔導具の根底は「太陽の翼」の当面の目標である船型魔導具の動力部の制御機構にも流用できるため、基本的にハクロたち側には利しかない。しかもそこに必要な魔術知識もジオフェルンから直接聞き取ることができるという破格のおまけつきだ。

 さらには第一の契約内容に関し、ジオフェルンから大層便利な魔導具が提供された。


 ジオフェルンは現状、傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)及び魔術ギルド(マグリナ=アカデミー)、さらには騎士団から賞金首に指定されている。それが未だに拘束もされずに放置されているのは、ひとえに湖都という治外法権地帯に留まっているためだ。そんな犯罪者を「箱庭」の魔導具を作成するためにハスキー州都の拠点に召喚するわけにはいかない。

 かと言って馬車で3日かかる距離の湖都まで都度往復するのも非効率である。


 ではどうするか――ハスキー州都の拠点から転移魔術により直接行き来を可能にすることとした。 


 ベースとなったのは、湖都に出入りする際に用いていた通行証代わりのランプ型の魔導具だ。

 元々の所有者はジオフェルンの書斎から自分たちに都合がいい魔術書をちょろまかしていた盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)のメンバーだが、彼らがまとめて別件でしょっ引かれ、管理者はザラへと移行していた。それにジオフェルンが手を加えた。


 その効果は、対価となる炎属性魔石をコップ一杯の水に沈め、密室空間でランプを燈すことでどこからでも湖都へ招かれる、というものである。


「湖都の出入りには湖面を用いているが、厳密には湖面から生じる霧により術式形成しているのだ。故に極端な話、霧が生じる環境であればどこからでも湖都への召還は可能なのだよ。ただ湖都側から転移の制限をかけているだけだ。それを一部解除し、ランプによって座標固定を補助するよう手を加えた」


 コップ一杯の水から霧を発生させるには、量はともかくかなりの高純度の魔石が対価として必要となるが、それは今となっては支障とならない。ハクロとティルダに限られるが湖都で採り放題である。

 ちなみに改良された魔導具を目にした途端、ティルダは興奮のあまり鼻血を噴いて倒れてしまったため、今はベッドで横になっている。


「それにしても、ワタクシがこのような形で巻き込まれることになるとは……」


 水作業のため捲っていた腕の袖から覗く手首を見つめながら、ザラは金色の瞳を細めて溜息を吐く。

 獣人族の中でもザラはやや獣寄りの姿をしており、肩から指先までは柔らかな黒毛で覆われている。そのため腕部に関しては地肌の露出は一切ないないのだが、その下にはハクロと同じく荊紋様の契約痕がぐるりと一周刻まれていた。

「ハクロさん、あれでかなり慎重な人ですから……」

「こんなことをしなくとも他言しマセんよ」

 今回半ば事故のようにハクロの正体が知られてしまったため、右手首の契約痕はその口外対策である。

 ティルダを含めた魔導具作成のための契約には羊皮紙を用いた正規の魔術を使用したが、こちらはハクロとジオフェルンの間に結ばれている対話契約と同様、非合法のものだ。

 制約内容は「ハクロの情報を本人の許可なく口外しないこと」なわけだが、ハクロの時と同様に不意打ち気味に結ばされていた。

「ビックリしましたよ。急にバチン、デスもの」

「まあ……」

 一応その場にいたリリィも曖昧に頷く。

 書斎での作業がなし崩し的に終了し、ハクロとティルダが魔導具作成契約を結んだ後のことだ。

 ジオフェルンを伴ってハクロが居住スペースにやって来たと思ったら、問答無用でザラの手首を掴んだ。それに対し自衛本能が体を動かすよりも早く術式が発動し、ジオフェルンを介して契約魔法が形成されたのだった。

「というか普通に引きマシたよ。他人同士の契約に当たり前のように自分の首を対価にしマス?」

「……まあ」

 当然ながら、問答無用の契約魔法は契約を強要する側、術者に大きな対価が科せられる。だがこの場合の術者とはハクロではなく、ジオフェルンである。ハクロは対象識別のために立ち合っていたにすぎない。

 つまり彼は再び、息をするように己の首を契約の対価に捧げたのだった。

「ワタクシが契約を破ったら彼の首が消し飛ぶんデスよ? 他言するつもりはありマセんが。こちらも右手を失いたくはないので」

 ジオフェルンが軽々に己の首を他人の契約に懸けたのは信頼の証し――などという生温く不確定な感情は一切ない。

 協力者(ハクロ)の要求の一つが個人の情報の秘匿であったこと、協力者の要求に応じることで彼の行動が制限されることがなくなり、それにより今後享受するであろう己の利益を天秤に架けた。

 その結果、自身の首を対価にしても釣り合うと判断したため、それに応えたというだけだ。


 ジオフェルンは己すらも数字としか見ていない。

 そしてジオフェルンの気質をそうだと判断した上で即座に最適解、最短距離でザラの言動を封じてきたハクロにも普通に引いた。


「というかワタクシ本職は尼僧なのデスが。この契約痕バレると結構マズいんデスよね。……まあ手首の地肌なんて、毛を掻き分けなければ見られる心配はないデスが」

「…………」

「そう言えばリリィさんはこういった契約の類はないんデスね」

「……え、あ、はい」

「信頼されていて何よりデスねー。ワタクシもいつか契約に縛られることなく、対等にオハナシできるようになれればいいのデスが」

「……まずはその話し方から改めては?」

「オヤオヤ」

 流石に3か月もの間、同じ空間で共に作業していればティルダでさえ明け透けな物言いになる。言葉は選ぶが元々人見知りしない性質のリリィは尚更だった。

「それで、ハクロさんはどこへ? 一日労働していたワタクシたちだけにお夕食の支度をさせてサボりではありマセんよね」

「あー、ジオフェルンさんとまだお話し中だと思います」

「本格的な打ち合わせは依頼完了後改めてのはずでは?」

「ま、まあ今のハクロさんはジオフェルンさんから話を振られたら断れませんし。でも流石にちょっと長いですね。私呼んできます」

「お願いしマス」

 ぴっぴっと指先を振って水を切り、布巾で手を拭う。

 食事の支度はザラに任せ、リリィは書斎へと再び足を運んだ。

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