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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-145_存在しない言葉

「……少し、待て」

 そう前置きしてから、ハクロは改めて手元の魔術書のページを捲る。

 魔術書を構成する術式に他の魔術の形成を阻害する効果が付与されているため、その解読には純粋な読解力、魔術構築の脳内補完、そして幾何かの暗号解読能力が必要だった。

 本当ならメモに書き起こせれば一番楽なのだろうが、先ほど身を持って体験した読み上げまで阻害する異様な熱意のこもった防除機能を考えると、そういったことも不可能なのだろう。なので多少なりとも集中力と、何よりも時間が必要だった。

「まずは中身の把握をしたい」

「良いだろう」

 ジオフェルンは大仰に頷いて見せる。

 ペラリペラリとページが捲られていく。

 その間にも床に散らばった魔術書の整理がティルダとザラの手により進められた。そして魔術書の解読に勤しむハクロの観察に飽きたのか、ジオフェルンは再び執筆机に向き直り、書きかけだった魔術書の製本作業へと戻った。


「ただいま戻りましたー。……わ、すっきりしましたねー」


 そしてそれは本日分の魔術書の搬出を終えたリリィが戻ってくるまで続いた。

「……なるほどな」

 そこで一度集中力が途切れたため、顔を上げる。

 見渡すと、散らばっていた魔術書はあらかた片付けられ、不安定だった残りの塔もある程度自立できるだけの状況に整えられていた。

「読み解けたか!」

 待ってましたと言わんばかりに手にしていた羽ペンを投げ捨て駆け寄るジオフェルン。性急が過ぎると肩を竦めながらハクロはそれを手で制した。

「序章部分だけな。全体で言うと一割もいっていない」

「ふん、大層時間をかけたようだがその程度か」

「数千年かけて一文字も理解できなかったやつが偉そうに……」

「それで、それは何の魔術書なのだ? 序章部分とは言え、概要は把握できたのだろう」

 嫌味に気にするでもなく、もしかしたら嫌味と気付いてすらいないかもしれないが、ともかくジオフェルンは再びハクロとの距離を詰めた。

 一度魔術書を閉じてそこから発せられる阻害魔術を遮断し、読み解いた内容を言葉を選びながら伝える。何せ内容をそのまま口にしようとすると記憶が消し飛んでしまうのだ。伝達は簡略化と言い換えを慎重に行わなければならない。

「こいつは……そうだな、魔導具。とある魔導具の取扱い方法について記した物のようだ。言っちまえば説明書だ」

「魔導具?」

「心当たりはないか。あんたは魔導具もいくつか作成していたようだが、自分以外の作った魔導具が湖都に存在しないか」

「…………」

「その魔導具の名は『箱庭』と呼ばれるもののようだ」

「ハコニワ……」

 すぐに思い当たらないのか、ジオフェルンは右手の指をこめかみに押し当てながら思考に意識を沈め始める。そしてそのつたない復唱に「おや?」と違和感を覚え、ティルダとザラに不在の間に起こったことの説明を受けていたリリィに声をかけた。

「リリィ」

「ハクロさん、なんか色々バレちゃったんですね……」

「それについては事故みてえなもんだ。どうとでもする。それより、箱庭って言って通じるか」

「ハコニワ……すみません、分からない言葉ですね」

「……ウチも聞いたことがない」

「異世界の言葉デスか?」

「ふむ……」

 これまで宗教観や魔術概念等で言葉が通じないことは何度かあったが、一見するとそれらと無関係の言葉が通じないのは初めてであった。そもそも日本語で秘するように記された魔術書の根幹に関わる単語であるから、と言ってしまえばそれまでなのだが。

「庭園は分かるな」

「あ、はい。木とかお花とか植物を植えて整えたお庭ですよね。あと池を作ったり」

「それを木箱とか水槽とかの中で再現した物だ。本物の植物じゃなくても、模型を作って配置した物を箱庭という」

「へえー」

 分かっているのかいないのか、リリィはほわんとした笑みを浮かべながら頷いただけだった。

 まあこの世界に存在しない芸術に類する概念について口頭で説明したとて、理解は難しいだろうとハクロは肩を竦めた。

「まあそうだな。箱庭ってのは世界を切り取って一抱えほどの小ささに圧縮した庭園ってところか」

「世界を切り取って圧縮ですか」

「ああ。昔の知り合いにその中で小動物を飼うのが趣味ってのがいてな。ちょいちょい壊されるから整え直すのが苦労するって――」


 世界を切り取る


 圧縮


 ――整える


「…………」

 己の発した言葉に、ひやりと背筋が凍えた。

 そしてぎこちない動きでジオフェルンへと視線を向けると、ちょうど彼の白い独特の瞳とばちりと合った。

「……おい、教授」

「なんだ、オトズレビトよ」

「湖都の中枢……〝玩具箱〟ってのは、フェアリーを生み出し、魔法を授ける存在なんだな」

「その通りだ」

「それは、どこにある」

「ついて来い。外だ」

 ペタリペタリと素足を石畳の上で弾ませながら、ジオフェルンはクイと指を曲げて先導する。

 世界の解析を望む彼もまた、恐らくはハクロと同じ思考に辿り着いていた。

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