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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-141_現場崩壊

 などと意気込みはしたものの、いざ作業が始まるとこれ以上ないほどスムーズに魔術書の搬出は進んだ。

 事前に徹底した調査を行い、搬出計画を立て、取扱いに注意しながら作業を行えば早々に事故など起こらない。最初こそ細心の注意を払い、時にザラの魔術によりフォローされながら、時に世の魔術師たちから罵倒の幻聴を感じつつ魔術書を踏みしめ足場とし、地層の新しい順に一冊一冊搬出していった。

 だが書斎の魔術書の嵩が減ってくれば立ち入ることのできる人数が1人から2人、3人へと増え、さらに効率は増す。


 そして最初は年間計画級の作業期間が必要と思われた書架整理ならぬ書斎整理は、3か月後にはほぼ全ての魔術書の搬出が完了した。


「大分片付きマシたねェ」

「……うん、こんなに広かったんだ」

 暦は6月も終わりを迎えようとした頃合い。

 3か月もの間作業を共にしてきたため、初対面時の警戒心もすっかり溶けたティルダがザラの感嘆に相槌を打つ。

 場所によってはハクロの目線程にまで積み上げられていた魔術書の山もすっかり崩され、書斎が備える元々の床が見えている。屋敷の内部まで侵食していた魔石の層をこの3か月で随分と踏み均したため、足元には半透明の欠片がいくつか散らばっているが、それらも暇を見て履き捨てたので石畳が数十年ぶりに外気にさらされている状態だ。


 カリカリカリカリ


「最初は本当にワタクシたちだけで終わるのか不安でしたケレド、いやあ、終わるものデスねエ」

「もう……随分湖都に引きこもってた……から、ルネちゃんに会いたい……」

「ンフフ、いい機会ですから、ワタクシも王女殿下にお目通り叶いたいところなのデスが」

「……それはダメ。ザラ、胡散臭い……」

「アララ手厳しい!」


「終わってるつもりでいるとこ悪いんだが」


「「…………」」

 書斎の真ん中で扉に目を向け、決して奥の方は見ないようにしていたティルダとザラにハクロは冷たく声をかけた。

()()をどうにかせんうちは湖都から一歩たりとも出られんと思え」

「「…………」」


 カリカリカリカリ


 書斎内にペンを奔らせる音が響く中、干した果実のような生気のなさを感じさせる表情で2人が渋々振り返る。

 ハクロが建てた親指で指した背後には、魔術書によって形成された半円柱状の塔が聳えていた。


 魔術書の生みの親ジオフェルンの執筆机――その周囲に形成された最後の砦である。


「……コレ、本当に手をつけるんデスか?」

「揺らぐな依頼主」

「その肩書は既に魔術ギルド(マグリナ=アカデミー)職人ギルド(レオン=ファクトリ)に更新されておりマスので」

「屁理屈をこねるな」

「……あ」

 ティルダが一音声に出すと、カリカリというペンの音が一瞬止まり、ハクロたちの目の前に魔法陣が一つ出現した。

 この作業期間の間に何度か目にした光景に、慌てず手を伸ばしてそこに転移してきた魔術書を受け止める。

「『蝉の幼虫に己は成虫だと誤認させ飛翔させる魔術』」

「……ここ数日で一番くだらない魔術更新?」

「いや、虫みてえな意思があるのかないのか分からん生き物に『誤認』とは、使い方一つで大事故だな」

「精神操作系の第一種取扱指定魔術書デスねェ」


 カリカリカリカリ


 再びペンの音が始まる。

 それは一旦無視し、書斎の隅に積み上げていた空の鍵付き木箱を拾い上げ、ザラが蓋を開けた。

 そこにハクロが書きたてホカホカの魔術書を押し込み、続いてティルダが魔術を施しながら鍵をかける。これで一定等級以上の魔導具取扱い資格保有者以外は開けることができなくなる。

 さらにこれらはもう一つ物理的な鍵がかけられた大箱に集められ、リストと共に王都の図書館で保管という名の封印が施されることになる。この3か月で幾千と繰り返した作業であるため、もはや慣れたものだ。だが一見するとわけのわからない魔術であっても、今回のようにトラップのように凶悪な内容であることが多いため油断できない。

 中には仕分け作業の最中、湖畔のギルド宿への搬出作業から戻って来てたリリィがリストをチェックし顔を青ざめさせ、「これ絶対封印! 二度と世に出さないでください!!」と絶叫したものもあった。薬師的に相当ヤバい物だったらしく、そういった物が他にも紛れていないかリストを総浚いする手間が増えたのだった。


 ちなみに、ここ数日の正真正銘最も用途不明のわけの分からない魔術書は「コイ科の淡水魚の髭を1.5倍の長さにする魔術的交配方法」である。これは魔術に対し柔軟な発想を持つハクロやティルダをして本当に意味が分からなかった。強いて言うならば、鑑賞目的の養殖業に使えるかもしれない。

 というか、書斎に文字通り山と積まれていた魔術書の9割以上がそういった一見用途不明、もしくは正真正銘用途不明の魔術ばかりだった。

 ツルギ王家有史5000年以上、その創設とほぼ同じくしてフェアリーの魔法を魔術として世界に放出してきたジオフェルンと言えど、流石にもう直接的に有用な魔術は出尽くしたということだろう。

 とは言え、そんな魔術書の地層もここまで掘っていくと分かりやすく危険な物の割合が増えてきた。


 カリカリカリカリ


「……触りたくない、この魔術書の塔……砦……」

「まあ確かに、背表紙がこっち向いてるのを見てるだけで気が滅入るな」

「『光属性魔力から直接的に雷を生み出す魔術』、『加水した砂と砂利の混合物の粘度の数値化について』、『血液の魔力に反応して発光する魔術薬の生成』……この辺、なかなか判別に困りマスねェ」

「…………」

 太陽光発電、コンクリート強度の数値化、ルミノール反応である。

 一つ目に関しては運用する基盤が揃っていないため扱いは難しいが、他二つは今すぐにでも活用可能だ。

 コンクリート強度を数値化するということはその製法まで記載されているはずだ。職人ギルド(レオン=ファクトリ)の土建部門が喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 ルミノール反応は王家直轄の捜査機関――一部騎士団や衛兵などに卸せば重宝するはずだ。


 カリカリカリカリ


「『ペン先で擦るとインクが消える魔術』――書類偽装が可能になっちまう、第2種。『水中へ発した音の跳ね返りを視覚化する魔術』――お、これは純粋に有用。ティルダ、後で傭兵大隊(クラン)に持ち帰ろうぜ」

「わぁ……!」

「ダメデース。図書館で蔵書処理した後、正規のルートで借りてくだサーイ」

「……ちっ」

「……ちぇっ」


 カリカリカリカリ


「他には……『投げたカードが真っすぐに飛ぶ魔術』か」

「……この地層でわけ分からない魔術が出てくると、逆に癒される」

「真っすぐに飛ぶのはいいんデスけど、飛距離とかどうなんデショう?」

「あと本当に真っすぐにどこまでも飛ぶなら障害物にぶつからなかった場合、空の向こうまで行かねえ?」

「…………重力操作系、第2種取扱いで」


 カリカリカリカリ


「あとこっちは本当に分からんな。『紅茶の飲み残しで似顔絵を描く魔術』、『蒸留酒の熟成における蒸発を8割にする樽の魔術的構造』、『箱庭操作手引』、『糊の粘着力の低下を代償に持続時間を増大させる魔術』、それから――」


 カリカリ――


 ピタリ。


「……ん?」


 ペンが動く音が止まった。


「え……?」

「ウン?」

 ティルダとザラが揃って怪訝な顔を浮かべ、その視線を魔術書の塔へと向ける。

 そして次の瞬間。


 ドサドサドサ――ッ!!


 積み上げられた魔術書が音を立て、内側から崩れた。

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