最悪の黒-138_方針決定
「というか、ワタクシもこれは聞いていなかったのデスよ……!!」
扉周辺の目に見える範囲の魔術書の把握を一旦ティルダに任せ、廊下の奥でザラに事情聴取という名の尋問をしていると、彼女は開き直ったようにわざとらしく泣きべそをかきながら経緯を語った。
「ハクロさんに頼まれた例の魔導具の出所を詳しく調べていたら案の定この湖都に行きついたまでは良かったのデスが」
「今さらっと俺にも責任をなすりつけようとしたか?」
「流石に穿ちすぎデス!?」
「ハクロさん、一旦全部聞きましょう。話が進まなくなります」
盗賊ギルド云々についてある程度事情を把握しているリリィが取りなしつつ、問答は続く。
「湖都を出入りしていた人物を調査していたら、魔術ギルドと商人ギルドの2人組の『同胞』と接触できたまでは良かったのデス。しかしこの2人が悪い意味でことなかれ主義なエルフらしいエルフと、金にがめついホビットらしいホビットデシて、ジオフェルンがギルドを追放されて50年以上もの間、自分たちの利益になる魔術書をつまみ食いして後は放置していたようなのデス……」
「そいつらはどうした」
「調査の中で他にも余罪があるのが判明したので、匿名で衛兵隊に文書を送ったらしょっ引かれたマシた」
「同じ盗賊ギルドの同胞でも突き出すんですね……」
「ワタクシたちは思想を同じくしているダケで、別にオトモダチでもナカマでもないデスので。他に言い表す言葉がないので『同胞』と呼んでいるだけデスよ」
けろりとそんな風に言い切り、さてそれはそれとしてこの書斎の惨状を知ってしまったからにはどうにかしなければならない。剥ぎ捨て可能な面の皮とは言え、ザラが魔術ギルドの魔術師として湖都に入ってしまったことは記録に残っている。今後事故が起きて湖が消し飛んでしまった場合、そこから足が着くことも十分に考えられた。
「ナノデいっそ同胞たるハクロさんを巻き込んでしまおうと!」
「この野郎」
「アダダダダダダ!?」
「…………」
額に青筋おったててザラの顔面を握り潰さんばかりに手のひらで締上げる。流石のリリィもこれを強く制止するだけの気力はなかった。
「つってもまあ実際問題、あの書斎はなんとかせんといかんのはその通りなんだよな。あと、件のフェアリーをギルドから追放したまま放置していたのも悪手だ。何を生み出すか分からん奴こそ監視下に置くべきだろう」
「ダダダダダ!? エ、もしかしてこのまま話を続けるのデスか!?」
「なるほど、だから傭兵ギルドから魔術ギルドと職人ギルドへ抗議文を出すんですね。魔術書と魔導具に直接的な関わりのないところから正式に声が上がれば、両ギルドも見て見ぬふりは出来ないですし。しかも報告者がルネ様を首魁とした傭兵大隊なら、上手くすれば王家まで巻き込めます」
「アララ!? リリィさんマデ!?」
「でもこうなるまで放置していた2人が別件で捕まってしまったのはいいんですかね。もっと重罪であるべきなのでは?」
「その話、今掘り下げる必要ありマスかね!?」
「いや、今回はその対処で問題ない。初手から大事にしていた場合、そいつらが秘密裏に首切られて終い、俺たちのところまで情報が下りてこずに放置されていた可能性もある。いい判断だった、ザラ」
「お褒め頂けてありがたいところデスが、そろそろワタクシの頭骨が凹んでしまいそうデス!?」
いい加減悲鳴が鬱陶しくなってきたため手を放す。きっちりと痛い目を見てもらったならば、後腐れなく話を進めるのがハクロの流儀の一つであった。
「ハア痛……」
「お前の頭蓋骨の一つや二つで湖都が消し飛ぶのを未然に防げるなら安いもんだな」
「ワタクシの頭蓋骨は一つしかありマセん!?」
「それはそれとして、例のフェアリー……ジオフェルンはどこだ」
責任というのならば、最も責任が重く、かつ重罪なのは当の魔術書の著者であるジオフェルンに他ならない。湖都という自治州に生まれたフェアリーというだけで法で裁けず、害ある魔術を生み出すがそれ以上に有益な魔術も作り出すため何千年と見逃され続けているジオフェルンだが、これだけ屋敷の中で騒いでも出てくる気配がない。
「……それはモチロン、執筆者の作業場は書斎と相場が決まっておりマス」
すい、とザラが書斎の扉を指をさす。
積み重なった魔術書や魔導具によりある種の結界のように探知ができない書斎内に、どうやら今もいるらしい。
「正気か」
地雷の制作者が地雷原のど真ん中で今も地雷を作り続けている。もはや狂気の沙汰である。
「正気かどうかで言うならば、彼にそもそもそんな物が備わっているとは思えまセンね。直接会ったことはありマセんが」
「……書斎が片付いたら即刻ギルドの首輪を嵌め直せ」
50年単位でこんな爆弾を作られては溜まったものではない。
「それは置いといて、どう手を付けるか」
先程はあまりの惨状に反射的に退いてザラに手が出てしまったが、兎にも角にも現況把握が最優先だ。ティルダに先行して確認してもらっているが、奥まで事細かにどのような魔術書がどのように積み上がっているか分からないことには突き崩すこともできない。
だが方法がないわけではない。
というか、ハクロからするとさほど難しい手法というわけではない。ザラに手が出たのはこの惨状に前情報なく放り込まれたことに対する憤りが理由であり、手詰まりからくる八つ当たりではないのだ。
問題は――
「……まあ今更か」
「ハイ?」
溜息交じりに肩を落とすと、ザラは髪色と同じ黒い毛で覆われた獣の耳をぷるりと揺らした。
問題は、ハクロの事情を知らないザラが同じ空間にいるということだが、このある種の破戒僧はハクロと敵対しているわけではない。協力関係というには歪が過ぎるし、彼女の興味の引く手札を見せてしまうと今後も粘着されかねないのが懸念だが、それこそ、もはや手遅れだ。
いっそこいつもこちらに抱き込んでやるくらいの気概で付き合っていかねばならない部類だろうと、早々にハクロは諦めることとした。
「書斎――いや、書架整理には今ここにいる面子だけで当たる」
「外界に助っ人を呼ぶ必要はないのデスね?」
「ああ。こいつを使う」
言うと、ハクロは懐から紙の束を取り出した。
それは年明け前にティルダに開示した術式のストックだった。あの時はその場のあり合わせの材料で構築したため術の制度としては六割ほどであったが、ティルダに正式開示した後も暇を見てストックしていたため、そこそこの枚数が揃っている。
「とりあえず、鴉と鼠を三七でいいか」
紙束から十枚ほど引き抜き、魔力を込めた呼気を吹き込む。
「起きろ。百聞」
術式が記された紙が舞い――姿を変える。
僅かばかりの魔力反応で風が巻き起こった後、十枚の紙は三羽の鴉と七匹の鼠と成った。
「わ、これが噂の」
「……面白い術式デスね」
ピクリとザラの目元が動いたのは、鴉と鼠の姿をしたシキガミに獅人族的に反応してしまったから、ではないはずだ。
「探索特化の術式だな。まあ俺はこっちの分野はあんまり得意じゃねえから、あの部屋の広さだと十体までが限度かね」
それでも人が踏み入れられない魔術書の樹海の隙間を縫い、天井から様子を窺えるというのは人手が限られる今回は大変大きい。
「よし行け」
ハクロの指示に従い、十体のシキガミが書斎に向かう。……扉付近で魔術書を見聞していたティルダが「ひゃあああああ」と追いかけて魔術書の山を崩しそうになったが、寸でのところで堪えた。危なかった。
「さて、これでひとまずは内部の現況把握は目途がつく」
「ハクロさん、私はどうしましょう?」
姿勢正しく、ピッとリリィが挙手して訊ねる。
「今すぐにやれることはねえが、ある程度作業が進んだら予定通り魔術書の搬出を頼むことになる。それまでに一度ハスキー州都に戻って医薬ギルドに話をつけてこい」
「あ、それもそうですね。分かりました!」
定住地を持たない流れの薬師という扱いになっているリリィだが、ハスキー州都の拠点に居付いてから大分経つ。一月ほど不在にすると伝えてから今回の依頼に同行したが、その期間が延びることは直接報告した方が良いだろう。
「ザラ、ハスキー州都までリリィを届けてこい」
「傷一つつけないことをお約束しマス」
「あと傭兵ギルドへの報告書も持たせる。ギルド証からも状況は報告はしとくが、正式な文書としても記録に残してやる」
「感謝いたしマス」
一応今回の依頼は魔術ギルド所属の一魔術師であるザラ個人からということになっているが、公的な報告を挟み傭兵ギルドで依頼が再検討され、魔術ギルドと職人ギルドに抗議文が渡れば、依頼元は正式に両ギルドからということとなるだろう。
今回の作業内容は個人で支払える報酬金を大幅に逸脱しているため、これで誰も損することなく依頼に取組める。魔術ギルドと職人ギルドは臭い物に蓋をしていた代償を支払うこととなるが、これは完全に自分たちが悪いのでハクロたちが気にすることではない。
「さて、それじゃあ行動開始だ」
方針が決まると話は早い。
ハクロは早速報告書の作成に取り掛かった。





