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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-137_大惨事

 屋敷の表面を覆いつくしていた膜状の魔石は、内部にまで侵食していた。

 正面扉のノブや蝶番などの可動部分は辛うじて無事だったが、恐らく長いこと使われていないのであろう部屋の扉はもはや開閉は不可能な状態だ。

「……この上を歩くのか」

 さらに魔石は廊下をも分別なく覆っている。しかしこれまで幾人かがその上を通行している形跡として、蜘蛛の巣状にひび割れた足跡が残されていた。さながら凍った水溜まりの上を戯れで子供が踏み荒らした跡のようだ。

「こ、これ一応魔石なんですよね……薄くても欠片を集めたら換金できちゃうんじゃ……!?」

「持ち出しても構いマセんが、おおよそ10分の1の大きさになってしまうので相当な量が必要になるかと」

「……そうでした」

「外の樹を切り倒した方が効率的だな」

 仮に樹高が3メートルとすれば、外に持ち出したら魔力純度100%、30センチの特大魔石だ。都市部に庭付きの屋敷が一軒建てられる。

 もっともその場合、棲み処を荒らしたとしてフェアリーたちの怒りを買い、出禁となる可能性が高いのだが。

 手にした魔石の欠片を名残惜しそうに元に戻したリリィとザラを連れ、ハクロは足跡を辿って屋敷の奥を目指す。ちなみにティルダは未だに蝉状態だ。

 屋敷は広いが燭台や照明の魔導具の類は一切ない。その代わりに魔石が外の森と同様に魔力反応により仄かに発光しており、歩行には不自由しない。

 そして廊下の先――足跡が途切れ、重厚な造りの扉がハクロたちの前に現れた。

「ここが書斎デス」

 僅かに歩調を速め、ザラが一歩前に出る。

 そしてノブに手をかけると、一言の断りも入れずに開いた。


「…………――」

 そして何という考えもなく書斎へと入――ろうとして、直前で気力で踏み止まる。


 パキリと足元の魔石がガラスのようにひび割れるも、今更そんなことを気にする余裕もなく一歩後退。そしてドアノブに手をかけたままだったザラの喉元を右手で鷲掴みにし、反対側の廊下の壁に背中から叩きつけた。

「オゥフ」

「テメェふざけてんのか!?」

「ハクロさん!?」

「……っ!?」

 背後からリリィの驚愕する声が聞こえ、ハクロの腹にしがみついていたティルダも、ザラとハクロに挟まれる形で顔を見上げて目を瞬かせている。

「い、イエふざけている心算は一欠片もないのデスが……」

「だったらアレはどういうつもりだ」

「……?」

 その逼迫した口調にティルダが恐る恐るハクロから離れ、扉を少しだけ開いて中を覗き込む。

「……ッ!?」

 そしてヒュッと息を呑むと顔を青くしてハクロの背中にしがみつきつつ、冷や汗をかきながら視線を泳がすザラに批難の目を向けた。

「な……何考えてるの……!?」

「ソ、そう言われマシても……クェッ」

「ハクロさん、一旦手を放しましょう!?」

 ザラの喉元を締上げるハクロの手元に飛びつき、拘束を解くよう試みる。魔術も剣術も扱うハクロの手指はしなやかさと厳つさの中間のような様相ではあったが、リリィ如き小娘に振りほどけるようなものではない。

 しかしその様子に冷静さを取り戻したハクロはふうと一つ息を吐き、ザラから手を引いた。

 それにようやくホッと安堵したリリィは改めて、2人が驚愕し冷静さを欠いた書斎の中を覗き見る。


「……わあ」


 そうとしか言いようがなかった。

 書斎は決して狭くはない。というか、田舎の街の図書館分室と同じくらいの広さがあった。

 しかしそこにおびただしい数の本や帯でまとめられた書類、丸めた羊皮紙などが乱雑に平積みにされ、視界を埋め尽くしている。屋敷の外が魔石の森ならば、こちらは本の樹海だった。

「……入るなよ、リリィ」

 扉の隙間から呆気に取られていたリリィの肩にハクロが手を置く。もう片方の手の指は自身の眉間に添えられ、頭痛を堪えているようだ。

「そもそも入れませんよ……足の踏み場もないじゃないですか。これが全部魔術書ですか?」

「そうじゃない。いや、それはそうなんだが、違うんだ」

「え?」

「いいか」

 目の前の光景を正しく理解しきれていないらしいリリィに諭すようにハクロが言葉を選ぶ。

「魔術書ってのは程度に差はあれ、棘だらけの荊みたいなもんだ。棘のない部分を摘まめば怪我を負うこともないが、取扱いを誤れば手が血塗れになる」

「は、はい」

「で」

 すい、と書斎を指さす。

「この部屋はその荊で編まれた織物だ」

「最悪じゃないですか!?」

「そしてこの女はこれを10日で糸束に戻せと言っている」

「そんな無茶な!?」

「そ、それは誤解デス!!」

 ザラが慌てた様子で2人の間に割って入る。

「今回ハクロさんにご依頼するのは書斎の手前側……扉周辺の整理なのデス!」

「馬鹿を言うな」

 しかしハクロの態度は変わらない。彼にしては珍しく歯を剥き出しにするように嫌悪感を露わにした。

「手前側だけ手を付けてどうこうなる状況じゃねえ。やるなら一部屋丸ごと図面を引きながら計画的に手を付けんと大事故だ」

「だ、大事故……!」

「具体的には湖ごと地図から消える」

「湖ごと!?」

 ぎょっとリリィが目を見開く。ティルダもコクコクと小さく何度も頷き、ザラは「アー……」と観念したように耳をへにゃんと下げた。

「部屋中に積まれている大部分の魔術書はまだマシだ。今魔力暴走を起こさず積み上がってるってことは、多少乱雑に扱っても問題ないだろう。だがそれ以外に未装丁の紙束状態の魔術書未満が混じっているのが最悪だ」

「……うっかり紙束の上に積まれてる魔術書を移動させて、そ、それが原因で……抑制が解かれて……ドカン……」

「後は周囲の魔術書から湖都全体の魔石鉱脈に引火、湖ごと消滅だ」

「あと……丸めた羊皮紙……封蝋もなしで内容が分からないのが怖すぎる……」

「開いた瞬間発動するタイプの魔術の場合即死だな」

 はあ、とハクロとティルダが深い深い溜息を吐く。

「やってられっか、っつーのが本音だが」

「……うん。……でも、これ見て放置する方が重罪……いくら自治州内の事とは言っても……看過できない」

「だぁよな」

 再び、溜息を吐く。

 とりあえず何から手を付けようかと頭の中で組み立てていく。

「まずは傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)に報告。依頼ランクの引き上げと内容の見直し。そして知らぬ存ぜぬでいようとした魔術ギルド(マグリナ=アカデミー)職人ギルド(レオン=ファクトリ)に正式に抗議文。名義はハスキー支部長代理のヒューゴ。必要ならエーリカに頼んでロアーにも一筆書かせる。んで傭兵大隊(クラン)として依頼を受けた以上放棄は出来ねえから、人手を募るよう連絡。近くの拠点で手が空いている奴を片っ端から集め……る、のは難しいのか」

「……うん。う、ウチらは問題なく湖都に入れたけど……他のメンバーも入れるとは限らない……」

「むしろ大挙して押し寄せたらうるせえって追い返される可能性もあるのか」

「じゃ、じゃあ私たちだけでやるしかないってことですか……?」

「そうなるな」

「ひょぇえええ」

 10日どころじゃない。年間計画クラスの大規模依頼だ。

 肥え太った竜馬の運動のつもりで受けた依頼でとんだ大物を釣り上げてしまった。

「ザラ」

「は、ハイ」

「こうなった以上、てめぇの面の皮一枚や二枚使い捨てるつもりでいろ」

「て、手心イタダケたりは……」

「そんな物はない」

「ヒェ……」

 ザラは冷えた背筋にブルリと身を震わせるが、この状態で自分たちの都合のいい物だけ持ち出していた盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)にも責任はある。絶対に逃がさない。絶対にだ。

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