最悪の黒-136_魔石の屋敷
魔石の森の中を進みやすい方向へ走らせるだけの行程を十数分。
見るからに他の樹とは異なる魔石の塊が目の前に現れた。
「屋敷?」
「お、大きい……」
リリィの口から率直な言葉が零れる。
これまで森の形をしていた魔石鉱脈だったが、そこだけは人工構造物の形をしていた。
だが馬車を至近距離まで進めて改めて検分すると、どうやら純粋な魔石ではなく、石造りの建造物の表面を半透明の魔石が氷のように覆いつくしてそのように見えているだけのようだった。
「ここが件のフェアリーの屋敷か」
「というか湖『都』って言う割に、家らしい家って今まで見かけなかったんですけど」
「そうデスね。フェアリーはワタクシたちと違って雨風を凌いで寝床で休むという習慣もありマセんから。食事も魔力が多分に含まれた朝露を舐める程度デスし。個人差はありマスが、境界の彼のように甘味は好むらしく与えると喜ぶようデスが」
「じゃあこの屋敷は誰が建てたんだ」
「サア? かつての魔術ギルドか職人ギルドのドナタカではないデスかね。彼は50年程前に魔術ギルドを追放されてはいマスが、それ以前は外界との取引は行われていたわけデスし」
「なるほど、そのための拠点か」
そして表立っての取引は50年前が最後なのだろうが、盗賊ギルドによる記録に残らないやり取りは続けられているようだ。
馬車を適当な広いスペースに留め、馬車を降りる。畜舎のような気の利いた施設はないため、馬車から外したタマはとりあえずそのまま放獣することとしたが、魔石に囲まれた湖都に落ち着かない様子だ。それでも足元の柔らかな苔の匂いをかぎ、もそもそと上側だけを器用に食み始めたので問題はないようだ。
「むしろこっちのが問題か……」
ハクロは荷台に積まれたままの木箱を見ながら頭を掻く。
先程フェアリーの正体について言及して以降、ザラが否定も肯定もせず黙ってしまったのでそのまま会話が途切れ、ティルダも木箱の蓋を閉じて貝のように再び引きこもってしまった。
当然このままにするわけにはいかない。と言うか、今回の依頼には魔導具技師である彼女の立会いが必須であるため、いい加減出て来てもらわなければ普通に困る。
「おら、出てこい」
「…………!!」
木箱の縁を身体強化で掴み持ち上げ、蓋側を下にして馬車の外で振る。
蓋の裏側に取っ手を取り付けて内側からピタリと閉められる構造に改造されていたとて、重力には逆らえない。ドサッという音と共に地面に転がり落ちたティルダは巣箱をひっくり返されたハムスターを彷彿とさせた。
「仕事だ、行くぞ」
「ま……待っ……!?」
「おぐっ」
そのまま箱を幌の上まで持ち上げると、ドワーフでありハクロの胸の位置よりも低い背丈しかないティルダにはどうしようもない。顔を真っ赤にして必死の形相のティルダはハクロの腹にしがみつき、そのまま虫のように張り付いた。
ハクロも何度か引きはがしを試みるが、ドワーフの腕力でがっちりホールドされると流石にどうしようもない。背丈は低いがドワーフらしい肉付きのティルダは重いっちゃ重いが、まあ箱のままよりはいいかと早々に諦めて馬車から降りた。
「さあて、行くか」
「変な人じゃないといいんですけど……」
「それは期待できんな。どう考えても今まで会ってきた中でぶっちぎりでヤバい奴だろ」
「で、ですよね……」
「エ、そのままで……?」
ティルダの奇行にまだ慣れていないザラだけはハクロとリリィに交互に視線を向けるが、当人たちがさっさと屋敷の門扉へと向かってしまったので大人しく後を追うしかなかった。





