最悪の黒-006_探し物
「気付いていたのか」
男が軽薄に笑い、リリアーヌが得意げに腕を組む。
「この世界のどの種族とも合致しない外見的特徴に、そのペンダントに込められた翻訳魔術が決め手だね。記憶どころかこの世界の知識が欠如している割にはそのペンダントは機能している。つまり君はこの大陸の共通言語ではない言語を、知識を習得し、口にしているというわけだ。そして暴漢に襲われている少女を救うだけの倫理観を残しているし、その辺り矛盾していると思ってね」
「……なるほど。悪目立ちしないようこの世界のことを聞き出すための設定だったが、今後は気を付けることとしよう。それにしてもスッと俺が異世界人であるということを指摘できるのも妙な話だと思うがな。普通思い浮かばないだろう」
「異世界人の伝承はほとんどの人の記憶に残っていないような神話の片隅に記載があるくらいだが、これでも薬師を目指す前は考古学に熱を上げるちょいと痛い幼気な少女だったからね」
「左腕に何かを封じていたタチか」
「右目に邪眼を宿していたよ」
「この世界にもそういうのあるんだな」
苦笑を浮かべる男は腕を伸ばす。
「ハクロだ」
「リリアーヌ・メル。ようこそ、と言えばいいのかな」
握手を交わし、男――ハクロはのそりとベッドから起き上がった。
「もう動けるのかい?」
「ようやくこの世界の空気にも慣れてきた。この世界は随分と魔力が濃い」
「ハクロの世界は魔力が相当薄いようだね。それで――」
君は一体どういった目的でこの世界に来たんだい、とリリアーヌは静かに問いかける。
「別に元の世界に叩き返そうってんじゃないよ。そもそもそんな魔術、聞いたこともないからね。だからこれは純粋な興味だ。異世界くんだりまでやって来た男がこれから何をしようと言うのか気になってね。ところで残されている数少ない伝承では、異世界人は事故死で転生して来るか、超常的な存在によって召喚されてやって来るというのが定説だが」
「……ちょいと、探し物をな」
言いながらハクロは魔力を練る。元居た世界と異なる魔力濃度に多少戸惑っているようだが、それでもリリアーヌが見たことのない練度の魔術に、自然と口角が上がる。
魔力の薄い世界だからこそ、効率化に特化した術式。その無駄のない魔術にリリアーヌの昔の血が湧き踊る。
「――抜刀、【シラハ】」
ハクロの手に、一振りの剣が出現した。
切っ先から柄頭まで、雪のような白一色。反りのある片刃に浮かぶ刃紋は目を見張るほど美しい。
「これは人の魂が封じられた妖刀……魔剣だ。魂は未だ冥府に行かず、消耗もせず、生きている。こいつに新しい肉体をしつらえてやる技術を探しに、俺は自分の意志でこの世界に来た」