最悪の黒-128_場違いな依頼
「依頼内容は端的に申し上げますと書架整理の人足です」
執務室で出された紅茶もそこそこに、ハクロは怪訝そうに依頼の書かれた羊皮紙と、ついでに茶請けらしい飴玉を見やった。
元居た世界では来客が連れた子供が飽きないよう、もしくは一度口に含んだらしばらく黙らせることができるため飴を出す商業施設もあったが、まさか傭兵ギルドで見かけるとは思わなかった。死人の方がまだ血色が良いようにも見えるヒューゴだったが、存外甘党なのだろうか。
それはともかく。
「書架整理? そんなの低ランク帯の依頼だろ。わざわざBランク傭兵指名するって、何か裏でもあるのか」
「いえ、正真正銘書架整理になります。それと誤解があるようですが、指名されたのはBランク傭兵たるハクロさんではなく、『太陽の旅団』所属のハクロさんです」
「あ?」
差し出された羊皮紙の依頼書に改めて目を通し、持ち上げかけた眉根がすっと元に戻る。
なるほどこれは確かに低ランク帯には任せられない依頼だ。
「魔術書の書架整理、ね。請負者が第二類魔導具取扱い資格を所持していること、もしくは第一類魔導具取扱いの資格を所持している者が同行していることが条件か。確かに低ランク帯じゃ無理だな」
魔術書と一口に言ってもその内容は千差万別である。
リリィとティルダの所持している教本や専門書も魔術書の類ではあるが、あれらはあくまで限られたページに知識を圧縮しただけの記録媒体であり、読解に専門の知識は必要だが取扱いそのものは誰にでも可能だ。
一方で傭兵稼業や武官など荒事に従事する魔術師たちが扱う危険度の高い攻撃魔術を伝授するために用いる魔術書の場合、使用だけでなく管理その物に資格が必要であり、武具や危険薬物と同等の扱いを受ける。
要するにこの依頼で求められているのはハクロ自身ではなく――
「ティルダに頼みたいってことか」
「まあそういうことです」
ティルダは傭兵大隊「太陽の旅団」の専属の魔導具技師ではあるが、その身の上での所属はあくまで職人ギルドの雇用関係である。
通常であればこの手の依頼は傭兵ギルドから職人ギルドもしくは魔術ギルドへ魔導具技師の紹介を頼むこととなるが、その手間をハクロを介すことで省きたいということのようだ。
「運搬から配架まであらゆる作業において魔術干渉に注意しながらの作業となるため、頼める者に限られているのですよ」
「それは分かるが、だがこの作業はどっちかっつーと魔術ギルドの仕事だろ。なんで傭兵ギルドに回ってきてんだ」
さらに言うならばここは大陸最大の工房都市ハスキー州である。そこに所属する職人のほとんどが魔術適正の低いドワーフだとしても、魔導具技師は他にもいるはずだ。わざわざ傭兵ギルドに依頼を出す理由が分からなかった。
問うと、ヒューゴもまた難しい表情を浮かべながら眼鏡のつるを持ち上げた。
「こちらからも魔術ギルドや職人ギルドには何度も問い合わせているのですがね。しかしどちらからも『そちらで処理せよ』の一点張りでして」
「……なんだと」
「原因は色々と憶測できるのですが、何よりも書架の所在地が少々厄介でしてね」
とん、とハクロが広げていた羊皮紙の一カ所を指先で指し示す。
そちらに視線を移すと、ヒューゴの言わんとしていることが伝わった。
「ラッセル自治州――フェアリーの湖都か」
魔術の源流にして、「国」という概念が存在しないこの世界における唯一の治外法権地帯――ラッセル自治州。
自治州とは呼ばれているが、その実態は気紛れかつ快楽主義的な性質を持つフェアリー族たちの棲み処である。湖面を起点とした異界には招かれた者しか入ることができず、またフェアリーたちも興味がないことには完全に無関心で会話もろくに成立しないことが多いため、いかに魔術を極めた魔術ギルドの魔術師であっても気に入られなければ一生足を踏み入れることも叶わない街だ。
そして質実剛健で実直、有体に言って頑固なドワーフの職人たちとフェアリー族は純粋に相性が悪い典型例だ。フェアリーの魔法から生み出された魔術を己が技術に組み込んで魔導具として成立させることは歓迎するが、それはそれとして話が合わない。ドワーフは嫌いな物は嫌いとはっきり言う種族だし、フェアリーはフェアリーで興味がないため近寄りもしない。
そんなハスキー州都の職人たちでは湖都に足を踏み入れることすらできないだろう。
「なんでそんなとこからうちに依頼が来るんだ。そもそも入れんのか」
「さて。湖都からの依頼というだけあって、依頼人が招き入れてくれるのでしょうが」
依頼人はどこのどいつだ――ぬくもりの残る紅茶で口の中を湿らせながら、ハクロはふと、その横の小皿に盛られた飴玉に目をやった。
「……なあ、全く話は変わるんだがよ」
「なんでしょう」
「なんで茶請けに飴なんだ」
「ああ、ある行商が在庫処分と言って大量に置いて行ったのです。教え処や預り所ならばともかく、持ち込む場所を間違えているだろうと思ったのですが、どこも配り終えてなお余しているので代金不要で引き取ってくれと。まあ味は悪くないので職員総出で消化活動中ですよ」
「なるほどな」
頷き、ハクロは飴を一つつまみ包み紙を開けて口に放り込む。
皮ごと搾った葡萄味のジュースを使用したらしい紫色の飴は、確かに味は悪くなかった。
「ところでその行商、黒毛の獅人族の女じゃなかったか」
「おや、お知り合いで?」
「ルキルでちょいとな。毎度毎度飴を仕入れすぎて持て余してる変な奴だよ」
ちらりと飴の包み紙の裏面に視線を落とす。
待ち人:来る
ラッキースポット:図書館
一体なんの用があるのか。
ゴリ、とハクロは飴を噛み砕きながら軽薄に笑った。





