最悪の黒-127_忘れた頃にやってくる
翌日。
いつものように午前と午後で1件ずつの坑道調査の依頼を完了させたハクロは手早く報告書を提出し、久しぶりに低ランク帯向けの依頼が張り出されている掲示板を確認した。
「んー……徒歩圏内での討伐依頼か採取、往路だけで1か月単位の護衛依頼ばっかりだな」
低ランク帯の依頼は数は多いが、内容としては偏ることが多い。特に地域住民からの簡易的な依頼が大半を占めることから土地柄が大きく反映され、一つの街に留まると同じような依頼ばかり目にすることになる。それに嫌気が差して定住地を持たずに旅から旅へと根無し草の生活を続ける傭兵も多いのだが、工房都市ハスキー州都と言えどそのしがらみからは逃れられないようだ。
「おや珍しいね、アンタが低ランク依頼の確認なんて」
ふと、かなり低い位置から快活なハスキー声がした。
視線を下に向けると、ギルドの受付嬢を務めるドワーフの女性が腰に手を当てていた。
「あんまり高ランク帯が掲示板を漁るもんじゃないよ。ヒヨコたちが委縮しちまうからね」
「悪い悪い。ちょっと遠出ができて、一月くらいで戻って来れるくらいの依頼を探しててな」
「そんなの受けてどうすんだい」
「竜馬が冬の間に肥え太りやがった」
「はは! ああ、そういうことかい。確かにこの街にいると自分の馬車なんてほとんど使わないからねえ」
すぐに納得したように受付嬢は肩を揺らしながら笑った。
馬などは放牧していれば勝手に駆け回って体型を維持できるが、有事に備えるために肥え蓄えるきらいがある竜馬が太ってしまうのはこの街においてはよくある話らしい。
「なんかいい依頼ねえか?」
「そうさねぇ。他になんか要望はあるかい?」
「今回はうちの薬師と技師の気晴らしも兼ねてるから、ガツガツした依頼じゃない方が良いな」
「んんー、そうなると結構限られてくるねえ。確認してみるけど、あんまり期待は――」
「そういうことでしたら一つ指名で依頼を引き受けて頂けますか?」
ハクロの鼓動が一度大きく跳ね上がった。
傭兵ギルドの支部の中でも群を抜いて喧しいハスキー州都支部だが、それでも声をかけられる寸前まで背後に立つその男に気付けなかった。
「…………」
「おや代理、いたのかい」
受付嬢と共に振り返ると、ドワーフばかりの支部ではとても目立つひょろりと細長いエルフの男が立っていた。表情は無機質で感情が読めず、頬や目元の血管が浮いて青く見えるほどの色白だった。そして何より、ピシリとしわなく整えられたギルド職員の制服と、やけに几帳面に伸びた背筋がハクロの内心の警鐘をかき鳴らせる。
「……どちらさん?」
ハスキー州都を拠点にしばらく依頼を請け負っていたが一度も出くわさなかったためいないものと思っていたが、単純に機会がなかっただけらしい――そんなことを考えながら、一応は訊ねる。
「傭兵ギルドハスキー州都第一支部にて支部長代理を務めさせていただいているヒューゴ・ブランシュと申します。姉や甥、姪から聞いていましたが、噂に違わぬご活躍で何よりです」
「どいつだよ」
「ルキル副支部長のハンナは私の姉です。そしてフロアのロックとカナルのジャンヌは甥と姪にあたります」
別に知りたくもないブランシュ家の家系図がどんどん埋まっていく。
そのことは一旦捨て置いて、ハクロは努めて軽薄な笑みを崩さず肩を竦ませた。
「坑道調査依頼を荒らしまくってるからそろそろお咎めが来る頃だとは思っていたが」
「とんでもない。成果報告に抜かりがない以上、その過程にどうこう言うつもりはありませんよ。近頃はある程度の実力が認められた傭兵団も貴方たちのやり方を模倣しているようで、依頼が滞りなく片付いていきギルドとしてもありがたい限りです。たまに無謀な若造が返り討ちに遭っているようですが、あくまで自己責任の原則がありますので」
「そーかい」
ハクロたちとて考えなしに坑道を駆け抜けているわけではない。「太陽の旅団」には魔物の専門家エーリカがいるのだ。彼女と事前に打ち合わせをしおおよその魔力溜まり発生地点の予測を立てた上、それ以外の場所はざっくりとした確認で済むようにしているのだ。
そのアドバンテージがない低ランク帯は実力に見合わない調査方法により痛い目を見ているようだが、それこそヒューゴの言う通り自己責任だ。
「んで、俺に受けて欲しい依頼ってのは?」
「ええ。立ち話もなんですから執務室までどうぞ」
言うとヒューゴはパキパキと几帳面な足取りで歩きだしてしまう。
支部長代理からの指名による依頼の別室説明――もうそれだけで厄介な依頼なのは目に見えていた。
「んじゃアタシは仕事に戻るよ! 気張りな!」
「おぐっ」
ズドンと木槌で叩かれたような衝撃が腰を襲う。ヒューゴを警戒するあまり直前まで言葉を交わしていた受付嬢の存在がすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていたが、彼女から殴打のような激励を腰に食らったらしい。
ドワーフらしいずんずんと足音がしそうな歩調で去っていく受付嬢の背中を目で追いながら、ハクロは溜息交じりにヒューゴの後を追うのだった。





