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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-126_スランプ

 年が明けて2か月ほどが経過した。

 3月ともなると元々温暖な地域であるハスキー州都は春らしい日和が続き、郊外に設置されている個人所有の運搬動物向けの放牧場には牧草が芽吹き始めていた。

「……お前、冬の間に太ったか?」

 ハクロは暢気に生え始めたばかりの牧草を食む竜馬――タマの藍色の鱗が交じった首筋のたてがみを撫でながら溜息を吐いた。

 この街に来てから移動には乗合の馬車を使うことがほとんどで、タマに馬車を引かせることなど一度か二度あったかどうかだった。その間にも定期的に所有者であるハクロとリリィが交代で様子を見に来ていたが、たまにどちらも忙しい時はバーンズやエーリカが代わりに来ていたため、今回ハクロが顔を出せたのは1か月半ぶりとなる。

 そのため、他の面々では気付けなかった体型変化がようやく明るみになった。

 牛に近いどっしりとした体形の竜馬だが、首回りがむちっと太く、尻から腿にかけての肉付きが一回り大きくなったようだ。

 竜馬は粗食に強い魔獣である。だがそれは裏を返せば栄養の貯蔵に特化した太りやすい体質ということであり、何事にも限度という物があるのだ。

「……よし」

 ポンポンとタマの首を撫でながら、ハクロは一つ決断をした。




「つーわけで、タマの運動がてらちょいと遠方の依頼を受けようと思う」

「「あー……」」

 その日の夕食後の団欒の席でそう予定を告げると、何となくそんな気はしていたらしいリリィとバーンズが揃って微妙な顔を浮かべる。

 一方で魔物狂だが魔獣に対してはあまり興味がないエーリカは「そうですかー?」と首を傾げていた。

「具体的に何か目をつけてる依頼でもあるんですか?」

「いや全く。さっき思いついただけだしな。つっても当分は拠点を移動させるつもりはねえから、まあ往復1週間か10日くらいの距離で、現地での作業含めて3月中か4月頭には戻って来れる依頼漁るつもりだが」

「なるほどー。そうなりますと、ハクロさんが不在の間は私とバーンズは二手に分かれて依頼を片付けた方が良いかもしれませんねー。……うふ」

「いいわけねえだろ。てめぇはバーンズとペア固定だ」

 微笑みの奥に不穏な本音が滲み出たところでエーリカの提案を却下する。

 年が明けてから傭兵大隊(クラン)で受注した坑道の魔物調査依頼はハクロかバーンズとエーリカのペア、ペアを組まなかった方は単身で当たっていた。ハクロの打ち立てた手法であれば坑道内で魔物から逃げ延びられる足腰と度胸さえあれば単身対応が可能であるため、本当ならばそれぞれ1人で3件の依頼を同時並行で処理しても良かった。

 だがエーリカを1人で坑道に突っ込ませるとダラダラといつまでも魔物との「触れ合い」に時間を割いてしまうため、やむを得ずペアという名の監視役と組ませるしかなかったのだ。

「後はそうだな。旅の当初の目的の一つでもある、リリィに知見を広めさせたいってのもある。だから危険度の高い依頼よりもリリィを同行させられるような安全圏での地道な作業依頼を挟んでおきたいな」

「そういやリリィ先輩の旅って元はそういう目的だったよな」

「す、すみません私のために」

「いやいや。俺も折角だから色々見て回りたいしな」

 この場にエーリカがいるため本意は伏せるが、リリィとバーンズには伝わったようだ。それぞれ曖昧に頷きながら、そして気まずそうにハクロの膝の上――というか、腹にしがみついている小さな赤髪の少女に視線を落とした。

「…………。それで、お前は何をやってるんだ、ティルダ」

「……胎内回帰……」

「産んだ覚えねえんだわ」

 そもそも産める構造をしていないと、呆れながらハクロも視線を落とす。

 年が明けてからハスキー州都の傭兵拠点と港湾区の作業拠点を行き来していたティルダだったが、ここしばらくの間は見るからに元気がなく落ち込んでいるのが分かった。そして今日ハクロが放牧場から戻ってくると、ぐりぐりと腹に頭を押し付けながらしがみつき、離れなくなってしまったのだ。

「せっかく開示してもらった術式の解析上手くいってないそうです」

「まあ、一朝一夕で読み解かれちまったら術者として食いっぱぐれるからな」

「……ハクロさんの……お腹に入って……知識を吸収する」

「こっわ」

「発想が狂気じゃねーか」

「うー……」

 ハクロの腹の底に向かって唸り声を響かせ、ティルダが力なく弱音を吐く。

「……術式構築が綺麗すぎて全然分解できない……分解して、ウチでも扱える術式に置き換えようとすると物理的体積が肥大化する……既存のスイッチ構造で応用しようとすると概算でもお城みたいな大きさになっちゃう……」

「あー……」

 ハクロの扱う魔術の構築言語は当然ながら元居た世界の母国語(日本語)である。こちらの世界の文字はローマ字の派生形のような形体をしており、シンプルであるがゆえに識字率が高くなる半面、魔術として複雑な術式を構築しようとすると長文になってしまう。それと比較し一文字の画数が多いハクロの母国語は言語としては難解だが、単体で複数の概念を付与することに長け、不足する要素も手指の動作や発音、魔力操作で補うため術式構築が短文で収まる。

 例を挙げると、小さな炎を発生させる魔術を発動させようとするならば魔力操作と合わせて「発火」の二文字で済むが、こちらの世界の言語で術式構築をすると「Letays Mewfo Mi Yunita」と19文字となる。単純な術式でさえこれなのだから、それがハクロのシキガミのように複雑な構築を魔導具として組もうとするとその体積は膨大になってしまうのだ。

「……もういっそ、一から新しい魔術言語を作り出した方が早い気がしてきた……」

「その場合、誰が魔導具のメンテナンスをするんだ」

「うぅ……」

 一度の渡海ではそれでもいいかもしれないが、ルネが求めているのは汎用性の高さである。専任の術者を配さなくとも船の機関部を動かし物資を行き来させることができる魔導具が目標である以上、ティルダ一人しか理解できない術式構築は登用されないだろう。

「つまりはティルダは完全に行き詰まっちゃったんですねー」

「エーリカさん、そんなはっきり……」

「うぅー……!」

「おぐっ」

 エーリカのドストレートな物言いに、ハクロの腹に押し付けていた頭をさらに力を強める。思わず口の中から奇声と共に空気が溢れたが、なんとかその奥の物は堪えてティルダの背中をポンと叩く。

「お、俺の腹に頭を押し付けてもアイディアは生まれないぞ」

「うぬぬぬぬ……」

「な、何か気晴らしになるようなことでもしたらどうですか?」

 見かねたリリィが苦笑と共にそう提案する。ティルダはハクロにしがみついたままだがその言葉に耳を傾け、エーリカが「うーん」と首を傾げた。

「ティルダの気晴らしですかー。全く関係ない魔導具作ってみるとかー?」

「……バーンズの槍を改造して遊んだけど1日で飽きちゃった」

「何してんのお前!?」

 ぼうっと成り行きを見守っていたバーンズが飛び起きて自室に駆け出す。ここ最近はずっと坑道調査の依頼しか受けていなかったため得物である槍型魔導具に触れていなかったらしい。


「おわぁっ!? 魔石機構がなくなってなんか謎の術式が刻まれてる!?」


 少し離れた部屋からバーンズの悲鳴が聞こえてきた。

「何を付与した?」

「刃を加熱する既存の術式と……あと、地と闇の混合術式で重力操作。槍その物がとっても重くなるの……」

「なるほど、振り下ろし時の物理的な威力上昇も期待できるな」

「おいこれ持ち上げられねーんだけど!?」

「制御できるよう頑張れよー」

「俺地属性の適性低いんだが!?」

「面白そうだし見に行こー」

 にこっと笑みを浮かべてエーリカ――魔力適正は地と闇――がコロコロと転がるようにハクロの部屋から立ち去る。そしてしばらくすると「なんだ軽いじゃないですかー」「あぁああああああっ!!」というやり取りが聞こえてきた。

「ていうかもはや当たり前のように魔石なしで複属性術式組み込んでますね……」

「ん……攻撃魔術みたいな射出系じゃなければ……そんなに難しくなかった。魔導具基部も大きいし……」

「そういうものなんですか?」

「理屈の上ではな」

 その術式を干渉なく相互作用させられるよう既存の魔導具に上から刻み込めるかと言われると、少なくともハクロはやりたくはない部類の繊細な作業である。

 ハクロの表情から察したらしく、魔術は専門外のリリィが軽く引いていた。

「まあともかく、気晴らしは確かに良い案かもな。ティルダ、お前もリリィと一緒についてくるか?」

「……いいの?」

「あ、それはいいですね!」

 ティルダがハクロに確認すると、返答よりも早くリリィから賛同の声が返ってきた。

「暖かくなってきましたし、気候的にもちょっとした馬車旅なら大丈夫ですよね! また3人で雑魚寝しましょ! 医薬ギルド(エミリア=グループ)をしばらく不在にすることになるので、留守中の引継ぎとかで明日すぐってわけにはいきませんけど」

「まあそれは俺もそうだな。今受けてる分をある程度片付けながら目ぼしい遠出の依頼探しておくわ」

 方針が決まるとトントン拍子に予定が組み上がっていく。

 具体的にどこに向かうかはギルドに貼り出されている依頼を見ながら決めるということにはなったが、久しぶりの馬車旅ということもあってリリィもティルダもそわそわしながら手帳を引っ張り出し、スケジュールの確認を行うのだった。

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