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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-121_雪中行軍

「馬鹿じゃねえの!?」


 拠点にルネが戻ってから数時間後――日もとっぷりと暮れた雪と岩の山中に、ハクロの悪態が空しく響いた。

 しかし返ってくるのは足元をすくわれるような吹雪の風音だけである。


 ハスキー州の名の由来でもあるハスキー連峰。

 魔力で満ち満ちているこの世界においても特に濃密かつ雑多な魔力の吹き溢れる地であり、地中からは多種多様な魔力を帯びた鉱石や宝石類の原石が産出される巨大な鉱山である。

 それと同時に上を見上げると、吹きだす魔力の流れによって上へ上へと隆起し続ける6000メートル級の山々が連なり、その中でも最高峰であるフーラオ山は標高8756メートルと頭一つ抜けている。


 その八合目付近に、ハクロはほぼ着の身着のままで放り出されていた。


「ク、ッソが!」

 口を開けば呼気と悪態しか出てこない。

「初日の出を見に行く」と拉致同然に連れ出され、私室にかけていた街中用の防寒着しか身に着けることもできずに雪山に連れ出された。むしろ他の者であれば悪態を吐く暇もなく凍死していただろう。

 なにせここは魔力吹き溢れるハスキー連峰の最高峰――吹雪と共にありとあらゆる波長の魔力が吹き荒れていた。気候に引っ張られて属性分布としては風と水の混合である氷に偏っているが、これが平地であれば四大属性満遍なく満ち満ちていたかもしれない。

 そして身体強化を含めてあらゆる魔術が外界の自然魔力に依存しているこの世界において、魔力操作のままならないこの環境は死の大地と同義である。

 州都に関しては、麓は温暖な気候かつ鉱脈中の魔力波長は安定する傾向にあることから人里として成り立っているだけであり、五合目から上は人を一切寄せ付けない魔境である。強風により魔力が滞留できない状態でなければ魔物で溢れ返り、とてもではないが人が住める土地ではなかっただろう。


「ふははははははは!!」


 そんな環境下において、ルネの高笑いだけはやけに鮮明にハクロの耳へと届くのだから不可解かつ不本意である。

 彼女はハクロの数歩先を浮遊する胴体に魔力の防護壁を纏い、普段着のワンピースや髪を吹雪になびかせすらせずに進んでいた。流石に鎧の手足を操作する余裕はないのか拠点に置いて来ていたが、手足のない女が高笑いしながら雪山を浮遊する姿は完全に怪異の類であった。

 だがその怪異こそ、ツルギ王家約5000年の歴史におけるフーラオ山唯一の登頂者である。

「バーンズもティルダも顔を背けてたのはこういうことか!!」

「その通り! 貴様の知る面子で言えばティルダとエーリカは四合目、バーンズとタズウェルは六合目でリタイアとなったが、余は毎年登頂し初日の出を拝むことをルーティンとしておるのだ!」

「非戦闘員を巻き込んでやるな!」

 流石にティルダとエーリカの時はもう少しまともな装備を用意されたと信じたい。

 バーンズとタズウェルに関しては、魔力操作が十全に発揮されていないこの世界の事情を考えるならば思いのほか頑張った方かもしれない。バーンズは今ならば8合目くらいまでは付き合えるのでないだろうか。

「おい、そういやイルザは!?」

「在奴は余の影の中でゆるりとした年末年始を過ごしておる!」

「あいつ!!」

 反射的に吼えるが、この属性も波長も無茶苦茶な環境下において平然と己の術式を維持できているのだから大概人外である。性根が捻じ曲がっていてもAランク拾番台位階は伊達ではなさそうだ。

 と、前方を浮遊するルネがくるりと振り向き、今まで以上に楽しげな口調で数を数え始めた。

「10、9、8!」

「あ!? なんだ!?」

「7、6、5、4!」

「何のカウントダウンだ!?」

「3、2、1――0! 明けましておめでとう!! 新年も余の野望のため、好く働いてくれ!!」

「……!」

 ポケットの奥から懐中時計を引っ張り出し、エーリカから盗み見た暗視魔術の出力を上げて時刻を確認する。

 するとルネの言葉通り、たった今、年が明けて1月1日となったようだった。

「どうだ、ハクロよ! この世界で初めて体感する年明けはどのような気分だ!?」

「こんな雪山で年明けを過ごすことになるとは思わなかった!!」

「はっはっは!! では引き続き登頂を目指すぞ!! 夜明けまであと2時間といったところだ!!」

 この大陸の標準時間は王都の時計台で統一されている。ハスキー州は大陸の東端に位置するため、おおよそ5時間の時差が生じることとなる。そのためハスキー州で初日の出を拝もうとすれば早朝2時前には待機していなければならない。

「あと2時間で8700メートルの二合分登れってか!!」

「貴様と余であれば余裕であろう!」

「っざけんな!」

 とは言え今から拠点に戻るというのも難しい。八合目まではルネの魔力操作により拘束され、文字通り飛ぶように連れてこられたわけだが、今からでは帰る方が危険である。何より下山ルートが分からない。

「とは言え、苦しいのは九合目までだ! そこから先は――おっと、それは見てからのお楽しみとしようか!」

「もったいぶるな、こんな命がけの登山で!!」

「はっはっは!!」

 ハクロの追及にもルネはどこ吹く風。

 再び山頂の方へと向き直ると、スイーッと高笑いだけを残してホバリング移動を再開してしまう。

「クソが!」

 もはや語彙力も消失した。ハクロは身体強化を維持しながらその背を追いかけることだけに専念する。悪路こそ想定してはいるが雪中行軍など考慮していないブーツを雪の中から抜き出しながら歯を食いしばってひたすらに突き進むのだった。

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