最悪の黒-112_造船ミーティング
翌朝。
予告通り朝食前には解毒を済ませて完全復帰したルネは、ハクロ共々昨夜の出来事など微塵も感じさせずに食事を済ませ、ティルダの作業部屋に足を運んだ。
さらに造船所のロウとマルグレートも同席し、その成果について改めてルネと共に検分する。
「ふむ。これが報告にあった循環型魔導具か。支柱に対し翼のようば部品が突き出ているが、これは?」
「ま、魔導具を起動すると支柱が回転して……風が起こるの。これを水の中で動かせば推進力が発生して、船が進む仕組み。これまでの大型船に必須だった帆や長いオール、漕ぎ手を省略できて……その分だけ積み荷を増やせる。な、何よりも風向きを気にしなくていいのが、大きいかな」
「実際に回転を生み出すのは別の機構を予定していますが、今回は動力源についての経過報告のため、そちらは省略しています」
マルグレートが一言断りを入れてから魔導具の試作品について説明を引き継ぐ。
「回転式動力については既にボート程度の大きさですが試作品で効果を確認済みです。むしろボートに積載可能な大きさの魔導具では威力が過剰すぎて、速度がとんでもないことになって逆に危険でした。大型船ならばその心配もないかと思います」
「速すぎて危険とは?」
「……木製ボートだと船体が軽すぎで、水上を跳ねて一瞬宙を飛んだの」
「ほほう!! それは一度乗ってみた……いや、確かに危険だな、うむ、危険だ!」
ティルダとマルグレートの説明にルネが表情を輝かせたが、すぐに取り繕って誤魔化しながら鎧の指先が作業台に並べられた魔導具の一つを摘まみ上げる。
視力はなくともその両目は魔力の流れを微細に捉えている。その構造を興味深く観察しているが、あくまでその魔導具は設計報告のため新たに試作されたサンプルであり、組み込まれた術式は歯車を動かしスクリューに見立てた翼を回転させて微風を生み出すという玩具――というか、まんま手持ち扇風機だった。
「良い風だ。今は術式回路が剥き出しだが、デザイン性を高めて暑い夏に売り出せばこのままでもちょっとした資金源にできそうだな。魔導具の構造理論はどうなっている?」
「理屈としてはシンプル……魔石の魔力充填工房で使われてる術式を手持ちサイズにまで収縮したの……大気中の雑多な波長の魔力を術式を介してクズ魔石に充填、波長を均等にして魔導具本体の術式が発動可能になるの」
「既存の術式に手を加えただけですが、それ故に効果がはっきりしていますね。実用化のハードルも低いかと思われます。……親方はどう思われます?」
「頭が痛ぇ」
「知りませんよ、昨夜飲みすぎたんでしょう!?」
昨夜ルネの持ち込んだワインを樽ごと抱え込むようにして飲んでいたロウはめでたく二日酔いとなって顔色を青くしながら椅子に項垂れていた。その耳元でマルグレートがわざとらしくキンキンと高い声で批難の声を上げるが、ロウは苦しそうに肩を落とすだけで反論する気力すらないようだ。
「一つ確認したい」
と、ルネが鎧の右手を軽く挙げる。
「この循環型魔導具の維持操作に係る人員はどれくらい必要だ? クズ魔石に魔力を充填して再利用可能になるのは理解したが、その充填術式を維持するための人員が必要になるだろう」
「あ……、あの……えっと」
「魔石由来の水を熱して蒸気を発生させてシリンダー内のピストンを上下させて回転力を生み出すというのはおおよそ聞き及んでいるが、術者が目を離した間に魔石の魔力が枯渇しタンクを空焚きしてしまった場合大事故につながる。逆にクズ魔石に過剰な魔力を注ぎ込んでしまった場合、魔石そのものが負荷に耐えられずに破損してしまうだろう」
「う、ん……と……」
「最初の動力部の起動に専門知識を持つ者が1名。その後の維持は24時間稼働し続けると仮定した場合、魔導具を扱える者が最低3名、8時間ごとに交代で1人ずつ張り付く必要があるな。実際の再充填にかかる時間は魔石の規模によるが、8時間ずっと操作しっぱなしってことはないはずだが」
予測していなかったルネの質問にティルダが言い淀み、それをハクロが代わりに答える。
それを聞いたマルグレートは渋い顔を浮かべた。
「……そうか、そうだよ。大量の魔石を積み込んで使い捨てにするよりは遥かにコスパはいいですけど……それでも魔導具の維持管理の専門人員を配しなければならないのは、かなり……」
「…………」
ティルダの表情も暗くなり、口元を一文字に結んで引き結ぶ。
まあそこなんだよな、とハクロは腰かけていた椅子の背もたれに体を預ける。
本来の魔力充填工房の機能を小型化して船の動力室に収まるサイズに縮小するには、どうしても人力による操作が必要になるのが最大の懸念点だった。
ハクロの腰に差してある魔導具にしても、それを容易く扱えるのは最低限の魔力操作技能が前提となっている。例えばリリィが標的を撃ち抜く気概で引き金を引いたとしても、魔術は発動すらしないだろう。
「さらに3人で8時間操作16時間休憩の3交代と口で言えば簡単だが、実際は魔導具の心臓である動力部は気密性が高くなる。そこに1人で安全性を確保しつつ8時間張り付けというのは無理があるから、現実的には1班3人構成で4時間1シフトで6班、合計18人確保するのが現実的なラインだ。ただし全員が全員魔導具の取り扱いに長けた者である必要がある。まあ他にも船内の作業は色々とあるはずだから専属ってことはないだろうが」
「ふむ……最低でも工房の若頭程度の実力者でなければ不安だな」
二日酔いで顔色を青くしたままロウがゆっくりと首と上体を持ち上げる。
「ロウ。貴様の造船所の職人でどうにかなる問題か?」
「無茶を言わんでくれよ姫様。確かに儂んトコの若衆は下っ端の見習い1人とってもどこの工房よりも使い物になる自負があるが、あくまで造船関係だけだ。魔石の魔力充填操作は専門外だ」
「うちから魔力充填工房に職人を紹介するよう頼むのも厳しいかと思います。ハスキー州は魔力充填するより採掘する方が採算が良い土地ですから魔力充填工房はほとんどありません。各都市部でも、魔力充填の工房を動かせる職人は貴重ですから手放すことはないのではないかと……」
「で、あろうな」
「…………」
ロウとマルグレートの答えにルネが頷く。それを見てティルダがロウよりも顔を青くし小刻みに震え始めた。この辺が限界だろう。
「一つ提案……というか前提の確認いいか?」
「ああ」
ハクロが手を挙げるとルネが頷き、先を促す。
「船の動力関係で必須の人員だが、まずは起動時の操作者。これはどうしても外せない」
「ふむ、そうだな」
「次に魔導具の維持に割かなければならない人員問題をクリアしたとして、それでも完全に放置して目を離すのは安全管理上不可能だ。魔導具に異常が起きていないか確認するため知識がある者が定期的に船内全体の見回りをする必要があるだろう。交代でぐるりと一周するとして、最低でも2人一組の班で3から4班体制、6か8人ってとこか」
「……そうですね。海上での事故はなんとしても防がなければならないですけど、船に乗せられる限られた人員となるとそれくらいが現実的ではないかと」
「だがその維持管理に人員を割かねばならんというのもまた覆せねえ前提だろう。8人じゃ回せねえぞ」
ルネにマルグレート、ロウがそれぞれ頷いたところでハクロはティルダの肩に手を置く。
彼女は俯いたままだったが――震えはもう止まっていた。
「ああ。だからとりあえずその前提を覆す。次に目指すべき場所は――魔導具の半自動化だ」





