最悪の黒-004_薬膳
カーターによる事情聴取は日が沈む前にはすっかり終わり、リリィは詰所の外まで見送ってもらうこととなった。
「ごめんねリリィちゃん、辛い目に遭ったばっかりなのに」
「いえ、結果的に怪我もなく終わったので」
「それじゃああの人が目を覚ましたら連絡ちょうだいな。すぐ駆けつけっから」
「はい」
事情聴取とは言え、リリィが語れることはごく僅かだ。高原で薬草採取中に襲われて、攫われて、助けられた。半グレたちを壊滅させた例の男が目を覚まさないとそれ以上詳しいことは記録できないのだ。
しかし本当に何者なのだろうかとリリィは首を傾げる。
気を失ったあの男の荷物や服装は衛兵隊が改めたが、剣士のようだが傭兵ギルドの身分証は所持しておらず、名前どころか種族まで不明という有様だ。
「帰ったら目を覚ましてればいいけど……」
それよりも、早く帰って夕食の支度をしなければならない。アテルマ草はなんやかんやあったうちに落としてきてしまったため、今日はなしだ。また明日取りに行こう。……今度は、背後に注意しながら。
「ただいま戻りまし……たぁ、って!?」
そう決意を固めながら店に戻り扉を開けると、リリィの人よりも優れた嗅覚を突き刺す、酸っぱいような苦いような渋いような、とにかく異臭が玄関まで漂ってきた。
「師匠おおおおおおおおおおっ!! またあなた勝手に料理してええええええええええっ!!」
どたどたとキッチンまでダッシュする。するとそこにだけ嵐が通ったのではないかというほど荒れに荒れた調理台と、焜炉に紫色の煙を吹き出す鍋が掛けられていた。メシマズの姿はない。
「まさか……!」
異臭の中を必死に嗅ぎ分けて居場所を探る。すると嫌な予感は的中し、リリアーヌの匂いと謎の液体Xが一緒に診療室まで移動していた。
「師匠おおおおおおおおおおっ」
再びダッシュ。
診療室の扉の前まで駆け、乱暴に扉を開く。
「はい、あーん」
「……んが」
しかし、一歩遅かった。
リリアーヌは男の鼻を摘まんで無理やり口をこじ開け――謎の液体Xを匙で一杯、ぽたりと口内に垂らしてしまった。
「んぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!??」
男は血走った瞳をカッと開き、口だけでなく耳や鼻から紫色の煙を噴き出しながら悲鳴を上げ、びくんと盛大に痙攣して天井付近まで跳躍する。そしてそのままベッドに落下し、今度はひっくり返された昆虫のようにのた打ち回り床を転げた。
「おやおや、もうすっかり元気だねえ」
「元気だねえじゃないんですよ!」
リリィはダッシュで再びキッチンに戻り、蛇口をひねってコップに水を汲む。それを手に診療室に戻ると、腹を押さえて苦悶の表情を浮かべる男の口に水を流し込む。
ごくんと喉が動いたのを確認するとリリィは躊躇いなく男の口に指を突っ込み、嘔吐を促す。
「おげぇ……!」
先ほど飲ませた水と一緒に、紫色の液体が吐き出される。紫色の液体は床の上でうねうねと蠢き、しばらくすると「ぴぎぃ……」とか弱い音を発しながら蒸発していった。
「せ、生命が誕生していた……」
「おやおや不思議なこともあるもんだ」
微塵も反省の色を見せることなく、くすくすと笑いながらリリアーヌは皿に残った謎の液体Xを匙でかき混ぜていた。





