最悪の黒-107_少しのつもりが
ティルダの部屋で一通り試作品と図面を確認し、すぐにでも実用可能な物、素材次第で実現可能な物、現段階では構想段階でしかない物等に分類した。
最終的なゴールである魔石を必要としない魔導具は現段階では子供向け玩具程度の規模しか目途はたっていないが、大型船の動力源としての魔導具についてはクズ魔石を再利用する魔力変換・循環型魔導具でも十分に実用可能なほどに設計が進んでいた。
「特にこの炎属性と水属性魔石の組み合わせで蒸気を発生させる魔導具は凄まじいな。普通魔力として反する属性同士を組み合わせようとすると良くて対消滅、悪けりゃ魔力暴走で事故るだろう。ただの水を加熱の魔導具で沸かせるのとはわけが違う」
「そう、そうなの……! ハクロさんからヒントをもらったシリンダーとピストンの機構を活用したいなって思ってたんだけど、海上で潤沢に調達可能な海水だと不純物が多くて魔導具全体に悪影響が出ちゃうから……腐食防止加工はしてても、塩による錆は未然に防げるならそれにこしたことはないし……それならいっそ水もクズ魔石経由で調達できないかなって……!」
「魔石由来の水……仮に魔水とするか。流石に飲み水として使うには含有魔力濃度が高すぎるから不向きだろうが、熱して蒸発させてピストン動かすだけなら関係ないもんな。むしろ不純物に関しては蒸留水の上を行くから魔導具全体の手入れも省力化できるだろう。原理としては魔水のタンクに魔銀使って魔力伝導を阻害して熱だけが伝わるようにしているわけか」
「ンフフ、ハクロさんは図面見ただけで全部分かっちゃうんだあ……やっぱり楽しい……!」
「だがタンクの容量の割に発熱魔術が過剰じゃないか? フル稼働したら魔水の生成が追い付かないだろう」
「じ、実はそうでもないんだよ……蒸発させた魔水は完全に排出しないで、船底のパイプをぐるっと回って海水で冷却、また魔水に戻して再利用するから……!」
「復水器か……なるほど、それなら生成量もある程度抑えても問題ないのか」
「そ、それに飲み物には適さなくても、お掃除とか、お洗濯……暖房とか、あとは蒸留水と混ぜて魔力濃度を下げればお風呂にも使えるし……!」
「そうか、魔水なら光属性魔石を介して浄化術式を組み込みやす――」
「あー、盛り上がっているところ悪いが」
どことなく無気力な声音で呼び止められる。
振り向くと、ハスキー州都拠点の医療班責任者のテレーズが火のついていない咥え煙草に苦笑を浮かべながらで扉の前で立っていた。
「皆集まっているぞ。後はお前たちだけだ」
「おっとこりゃ失礼」
「……ご、ごめんなさい……」
「姫様もお待ちだ、行こう」
少し確認するだけのつもりだったが思いのほか熱が入ってしまったようだ。窓の外を見るとすっかり日も傾き夜と呼んで差し支えない暗さとなっていた。街全体が工房となっているため耳を傾ければ活気とも喧騒ともとれる賑やかさは健在だが、それすら気にならないほど盛り上がってしまった。
「続きは飯食ってからにしよう」
「う、うん……! あれ、でもいいの……? お酒飲まないの……?」
「飲むがほとんど酔わんしな。まあ酒臭い状態で部屋に来るなっていうなら遠慮するが」
「ううん、それは全然気にしない……ウチの実家、お父ちゃんはお酒飲みながら作業してたくらいだし……でもハクロさん、たぶん……ううん、間違いなく、ルネちゃ……姫様に絡まれるよ?」
「…………」
そう言えば傭兵大隊に勧誘された夜も明け方までダラダラと付き合わされたのを思い出す。ハクロは酒にめっぽう強いたちではあったが、流石にあまりにも長時間相手にペースを崩されながら飲まされると酩酊することがある。ルネとの晩酌がその典型例だった。
「気合入れて、自分のペースを保つことを心がけよう」
「が、頑張って……!」
苦笑し肩を竦めるハクロとふんすと鼻息を鳴らし本気で心配するティルダ。
カナルでもこの街でも並み居る傭兵たちを酔い潰して小銭を巻き上げたハクロだったが、ルネ相手の晩酌では判定負けがいいところだった。今宵はそのリベンジといこう。
――そんな意気込みは結局のところ、徒労に終わることとなった。





