最悪の黒-106_資格取得の条件
「ルネちゃあああああああああああああああッ」
ズドドドド――!!
馬車が拠点の前で停車しハクロのエスコートでルネが下車すると同時に扉が開け放たれ、地鳴りのような豪快な足音と共に小さな赤い影が突っ込んできた。
「おお、ティルダ!!」
本体は小柄だが宙に浮いているがゆえに軌道上に鳩尾があり、その速度と勢いで真っすぐ突っ込まれたら何かしらのダメージを負うことになる。しかしルネは王族らしくゆとりのある動作で鉄腕を広げ、赤い影――ティルダを受け止めるとぐるんとダンスのようにその場で3回転半し威力を相殺。そしてそのままティルダを胸と鉄の腕でしっかりと抱きしめた。
「久しいな。直に合うのはどれほど振りか! 息災にしていたか?」
「う、うん……! 元気だよ……! あのね、あのね、ルネちゃんに見てもらいたい魔導具とか、図面とか、たくさんあって……!」
「ははは! それは楽しみだ! だがティルダ、今宵はハスキー州都の傭兵大隊を集めての宴が控えている。魔導具と図面は明日の朝一で見せてもらえるか?」
「うん、準備しておくね……!」
ハクロでさえ見たことがない輝く太陽のような笑みを浮かべているティルダ。仲が良いとは聞いてはいたがここまでとは思っておらず、流石のハクロも面食らった。
なお、扉の陰から「「姫ティル尊い……」」と両手を胸の前で合わせて祈りを捧げている技術班の凸凹コンビは無視する。名前も忘れた。
「よう、ティルダ」
「あ、ハクロさん……!」
抱擁が終わったところでティルダに声をかける。するとルネに対して程ではないが朗らかな笑みを浮かべながら彼女はパッと振り向いた。なお、扉の陰から「「姫ティルの間に挟まる野郎ぶち殺す……!」」と呪詛のようなものが聞こえてきたが、右から左へ聞き流す。
「さて、宴の時刻まで余は拠点内で事務作業でもしようか!」
「……そういやこの拠点、5階が内側から見ると壁がなかったんだが……」
「無論、余の執務室の分室である!」
「やっぱりか……」
普段用がないため立ち入ることはなかったが、誰も踏み入ろうとしない最上階が気になって覗いたことがあったが、なんだか見覚えのある開放感が過ぎる光景にそっと踵を返したことがある。大方の予想通り、ルネが壁という壁を取っ払ったようだ。
「ではまたな!」
はははは! と高笑いしながらルネが赤交じりの金髪をなびかせて拠点へと踏み入る。扉に張り付いていた凸凹コンビも流石にその時は一瞬離れて頭を下げていたが、すぐに元の位置に戻ってハクロを睨み始めた。暇なのだろうか。
「あ、あの、ハクロさん……!」
ティルダがちょいちょいと大きな手のひらで手招きするので腰をかがめて耳を傾ける。
「どうした?」
「あのね、造船所でも色々と作って……魔導具の試作とか、新しい図面の走り書きとか……と、とにかくいっぱい持ってきたから、今夜確認してほしいの……!」
「ああ、いいぞ。明日ルネに見せる前に整理しよう」
「うん、お願い……!」
「そこの技術屋2人はどうする?」
「…………。…………。…………」
「OK、頃合いを見て俺から伝えておく」
凸凹コンビには謎に恨まれており、ハスキー州に着いてからろくに会話が成り立っていないためその実力を測れないでいた。ティルダを間に挟めば多少は距離を詰められると踏んでいたのだが、当のティルダが消極的――かなり控えめの表現――であるためどうやら無理そうだ。仕方がないのでティルダの試作魔導具と図面の確認はハクロだけで行うこととする。
「「……ッ、……ッ!!」」
その結果、扉の陰から溢れ出る殺気はさらに濃くなったように感じるが、これはハクロがどうにかして2人の信用をもぎ取るしかない。もはや手遅れな気もしないでもないが、どうしようもない。
「あ、そうだハクロさん……これ、渡しておくね」
ふと思い出したようにティルダがポーチから一冊の手帳を取り出した。
受け取ると、手のひらを通じてそこに施された術式の気配が感じられた。どうやら薄いながらも魔術書のようだ。
「これ、ウチが技師の資格を取る時に使った教本なの……ハクロさん、そっちの資格にも興味あるんじゃないかなって……もうウチは使わないから、ハクロさんにあげるね」
「おお、助かる!」
ティルダが港湾区に移ってからめっきり魔導具について知見を深める機会が減ってしまったが、このサイズの魔術書であればあれば空いた時間に暇つぶし感覚で読むことができる。
「ありがとよ」
「えへへ……!」
ちょうどいい位置にあるティルダの赤い髪をそっと撫でる。流石に恥ずかしいのか、それでも振り払ったり嫌がったりすることなくはにかみながらティルダは俯いた。
「「……ッ、……ッ!!」」
そしてまた扉の奥からの殺気が濃くなる。しまったつい癖で、と悔やむがもう遅い。まあもういいかともはや諦めつつある。
「おややー? ハクロさんは技師の資格に興味がおありなんですかー?」
「まあな。厳密には魔導具技師だが」
と、エーリカがひょいと首を傾げながら問い、それに頷く。
ハクロの旅の目的についてはリリィとルネにしか教えていないが、恐らくはその過程で間違いなく必要となる技能と資格である。今までは傭兵ギルドからの指示でランク上げを最優先事項としていたが、早々にBランクに昇格できたことで時間的猶予も生まれ、そろそろそちらの分野にも手を広げようと考えていたところだった。
「んふふー、そういうことでしたら付与魔術師の資格取得の際には私にお声がけくださいねー! 何を隠そう私、魔術ギルドの教導員の資格も持ってるんですよー!」
「へえ」
「あれー!? 反応が薄いですー!?」
きっと喜ばれるだろうと思っての名乗り上げだったらしく、エーリカはハクロの淡白な相槌に「ひょあ!?」と口を開けた。
「いや、どうせ魔術ギルドに調査員として残るために必要だったから取った名ばかり教導員だろ? 魔物構造学なんて魔術ギルドにいなけりゃ食い扶持にも困る分野だもんな」
「どうして実際に見てきたみたいに知ってるんですかー!?」
ハクロの居た世界でも「将来必要になるかもしれないから」と他学部の学生が教員免許を取るのはよくある話だった。どうやら案の定エーリカもその類のようで、渋い顔で膝から頽れた。
「確認だが、付与魔術師の資格を得るには魔術ギルドに所属しなきゃいけないとかないよな?」
「……ないですー」
「な、ないよ……?」
エーリカとティルダが揃って頷く。
「所属するのが一番手っ取り早いとは思いますけど、それだとどれだけ短くても1年以上カリキュラムに縛られて身動きが取れなくなりますからねー。魔導具技師という職が存在している以上、その半数は職人ギルドに所属しているのが普通ですしー。配属された工房にもよると思いますけど、カリキュラムを修めるために1年仕事を放り出すのを許諾してくれるとは限りませんから、独学でも試験に受かれば資格自体は取得可能なんですー」
「……うん。ウチも付与魔術師の資格を取る時は自分で勉強したよ……ちょっと大変だったけど、楽しかった」
「あの勉強内容を『楽しかった』と言えるのがティルダのすごいところですよねー」
エーリカがひょいと背伸びしながら自分よりも高い位置にあるティルダの頭を撫でる。ハクロにされた時よりは緊張で体を硬くさせていたが、それでもじっと撫でられているのを見るに心の開放具合は比較的高いようだ。バーンズほどではないが、1か月以上強制的に物理的な距離を縮めた生活をしなければならなかったリリィよりかは上という感じだろうか。
なお、凸凹コンビについては議論の余地もない。
「さて、んじゃあ酒の席が始まる前に軽くティルダの成果品を確認するか」
「う、うん……! とりあえずウチの部屋に放り込んでるから、一緒に来て……」
「それじゃあ私はギルドに戻って報告書出してきますねー」
一通り雑談も済んだところで話題を切り替える。
そしてエーリカの言葉に「そういやまだだったか」とハクロは振り返る。
「今日の2件、まとめて提出しておきますよー」
「すまん、エーリカ」
「いえいえー。……そ、その代わり、年明けの調査依頼、ふ、『触れ合い』を日に2回にしてくれませ、うふ。うふふ。うふふふ……!」
「……検討しよう」
まあそれくらいならば付き合ってやってもいいだろう。
ハクロが頷いたことでエーリカはテンションがぶち抜いてしまったらしく、怪しい笑い声を漏らしながらギルドへと向かう。その姿に周囲の通行人たちがぎょっとし距離を開けているが、本人は気付いていないのだろう。
「……じゃあ行くか」
「う……うん」
その背を何とも言えない表情で見送りながら、ハクロとエーリカは拠点へと戻る。
関係ないが、先にティルダが玄関潜った瞬間、扉が急に閉まって眼前まで迫ってきたが、それは普通に回避した。やり口が子供と同レベルだった。





