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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-104_坑道調査RTA

 そもそもハスキー州都坑道内での魔物発生源の調査依頼において、その作業に時間を要する理由として探査系統の魔術がほぼほぼ使い物にならないということが上げられる。

 その原因はハスキー州全土が広大な魔石の産地となるほど土地全体に魔力が渦巻いているためだ。ハクロの元居た世界の言葉で地脈や龍脈と呼ばれる魔力の通り道であり、その魔力が泉のように湧き出る龍穴と呼ばれる地形がハスキー連峰である。


 この世界で盆地や谷底、鬱蒼とした林野部などの魔力が滞留しやすい地形では魔物が発生しやすいとされているが、逆に平野部など開けた地形での発生報告はほぼない。当然ながら坑道という風通りの悪い空間もまた魔力溜まりが発生しやすく、さらに魔石を採掘するために彫った坑道となればその内部の魔力濃度は外界と比べ非常に濃くなる。

 そのような環境下では探知の魔術は通りが悪く、術者によっては発動すらままならない。もちろん術者の技量にはよっては周辺数メートル単位についてはさほど支障なく発動されるが、しかしこれが坑道の全長数百メートル、場所によってはキロ単位の坑道全体をカバーするなど現実的には不可能である。

 結果として魔物のはびこる坑道を目と足だけで発生源を探し回るしかなく、その環境性からも人気のない依頼の1つだ。


 だが逆に言えば、道中の魔物をものともしない技量を持ち、かつ魔力溜まりの位置が事前にある程度予測できる知識さえあれば最速で達成することができるチョロい依頼でもある。


「ひょあーーーーーーーーーー」


 ハクロの背負う背負子に縛られたエーリカが気の抜けた悲鳴を上げ、その声が坑道内に木霊する。


 それをまるで聞こえていないかのように丸っと無視し、ハクロは駆ける。

 ひたすらに駆ける。

 ただただ駆ける。

 止まるのはどうしても避けて通れない魔物が行く手を塞いだ時のみで、それ以外は腰の魔導具を抜くこともなくすれ違いざまに蹴飛ばして進む。もちろんそれで討伐できないことの方が多いが、安全性は速度と距離で稼ぐ。

「あ、あ、あー! 待ってください今のでっかい蝙蝠(バット)系種すごい大きい通常種の3倍はある中身見てみたいですー!」

「今日はもう蟲竜(ワーム)系種を1回解剖しただろう。駄目だ」

「そんなー!?」

 時折背中からエーリカの涎混じりの嘆願が聞こえてくるがそれも無視。

 既に今日は午前中に一度「触れ合い」のために立ち止まっている。同行の条件である「1日1回」は厳守してもらう。本当ならばそれすら時間が惜しいのだが、ハクロの不得手である暗視魔術を代替して発動させてくれる対価としてそれくらいは付き合ってやっているのだ。

「よし、発見」

 ジャリと靴の裏が滑らかに削られた坑道の地面を抉り、 魔力溜まりの位置を確認すると即座に踵を返す。

「エーリカ、マッピング」

「は、はいー!」

 背負子に縛られてはいるものの手元だけは自由に動かせるエーリカに指示し、魔力溜まりの場所を記録させる。その間にもハクロはすさまじい速度で駆けて坑道を折り返す。

 そしてものの数十分で明るい作業場まで戻って来た。

「タイムは?」

「お、往復で182分37秒ですー」

「あー、惜しいな。それほど深い坑道でもなかったし3時間切りたかったな。もう少しインコース攻めるか」

 身体強化術込みとは言えかなりの速度を維持したため、額に汗がじんわりと浮き上がっている。それをシャツの袖口で拭いながらぐるりと作業場を見渡す。

 そしてすぐにこの坑道の現場責任者のドワーフを見つけると、エーリカを背負ったまま彼の元へと近付いた。

「終わったぞ。明日には職人ギルド(レオン=ファクトリ)に報告が渡るはずだから、早ければ来週にでも埋め立て作業に入れるだろう」

「はあ!? こんなに早く終わったってぇのか!?」

 ただでさえ声の大きいドワーフがさらに耳が物理的に痛くなるような声で驚愕を表す。周囲で作業をしていた鉱夫たちもざわざわと顔を見合わせていた。

「本当に場所特定できたんだろうな!? ワシらは魔物相手に戦えねえんだ、ずさんな仕事しやがったらこっちの命に係わるんだぞ!!」

「一通り分岐も奥まで足運んで確認している。そのうえで魔力溜まりの位置特定させてもらった」

 あらかじめ地図を確認し、魔力の吹き溜まりとなりそうな地形を何カ所か特定し、その周辺は入念に確認した。その他の分岐についてはダッシュで駆け抜けて折り返し地点を目視したら戻っているが、時間を短縮できる場所はとことん省いて効率を重視した。

「ど、道中の魔物はどうした!?」

「どうしようもない場合以外は無視した。どうせ埋め立て作業前に掃討作業が入るなら調査時点で交戦する必要性はないからな。強いて言うなら帰り道のエンカウント数は上がるのがデメリットだが、そもそも行きも帰りも駆け抜けるなら同じことだ」

「……ッ」

 理屈は分かるが気持ちが追い付かない。

 そんな感情がドワーフの真っ赤になった顔色から読み取れたが、このようなやり取りは今日まで何度も経験したためもはや慣れた物だった。

 さらに止めとばかりに追加の情報がハクロの口から述べられる。

「それより深度4の区画、3つ目の分岐路を左に曲がったとこから35メートル地点、水漏れがあったぞ」

「何!?」

「ここの坑道は水属性魔石の採掘をしてるって聞いたからそれ由来かとも思ったが、それにしては手前側で発生していたからメモしておいた。図面を貸してくれ」

「お、おう!」

「ここだ。まだ壁沿いに滴る程度だったが確認しておいた方が良いだろう」

「なるほど。おいテメェら!!」

 ドワーフは近くで休憩していた若く髭のボリュームの少ないドワーフたちにがなり声で捲し立てる。

「今すぐこの場所の確認をして来い! 念のために脱出用の帰還魔導具も持っていけ! 迅速に、安全に動け!」

「「「へい!!」」」

 3人のドワーフがひったくるようにヘルメットと腕輪型の魔導具を装着し坑道へと駆け入る。水漏れを確認したのは魔物が発生し一時閉鎖されている箇所の手前側だった。恐らくは安全のためになるべく近寄らないようにした結果、点検が疎かになってしまったのだろう。

「んじゃ、俺たちは戻るぞ。お疲れさん」

「お、お疲れ様でしたー」

「おおう、じゃあな!」

 ガハハ! と喉を抉るようながなり声で笑い、ドワーフがハクロたちを見送る。一瞬前まで不信感で険のある口調だったのがすっかりその気配もなくなっている。ドワーフは後に引きずらない性格をしている者が多く、このような反応ももはや見慣れてしまった。

「さて、ギルドに戻って報告書作るぞ。エーリカは午前中の坑道の分を頼む」

「りょ、了解ですー。……あの、そろそろ下ろしてもらえませんかー?」

「あ、すまん」

 背負ったままだったのを思い出し、背負子を下ろして拘束を解く。痕が残るような縛り方はしていないが、こうでもしないと勝手に立ち止まって目を離した隙に魔物を文字通りしゃぶろうとするエーリカが悪い。

 やれやれと溜息交じりに背負子から立ち上がったエーリカは手元のメモ代わりの坑道の地図に目をやる。

「速攻に切り替えて今日で6日目……完了依頼は11件……本当に1日2件ペースで進んでますねー……」

「初日で様子見のために1件に抑えたのが今となっては杞憂だったな」

「これ、大丈夫ですかねー……この速度で依頼完了するのが基準になっちゃったら、他に坑道調査依頼を受けてる傭兵が泣いちゃうんじゃないですかねー……」

「つまりうちの傭兵大隊(クラン)だけの売りってことだな」

 正確かつ迅速な坑道調査。

 魔物の発生に悩まされている各坑道と作業場を取り仕切っている現場責任者たちの引く手数多だろう。

「でもこんなことハクロさんしかできませんよー」

 まあ問題はそこである。現状ハクロしかこの作業をできる者がいないという点だが、そもそもAランク昇格のための点数稼ぎをしている身としては支障にならない。

「まあ今後に関しては俺に考えがある」

「なんですかー?」

「実践投入は年明けになるだろうが、多分今頃――」


「久しいな! エーリカ、そしてハクロよ!」


 カツン、と金属性の軍靴で地を蹴るような音と共に快活な――そしてどこか傲岸不遜な声音が響く。

 周囲で作業していた鉱夫たちも手を止め、その奇特な外見に思い当たる節を感じながらも「こんなところにいるわけがない」とともすれば不敬ととられるような不躾な視線を彼女に向けた。

 しかしハクロ、そしてエーリカはいち早く気付き、一方は気さくに手を挙げ、一方は恭しく礼をしながら歩み寄る。


「よう」

「お久しぶりです姫様ー!」

「うむ、息災でなによりだ! ははは!」


 鉄鎧の腕部を胸の前で組み、煤と鉄と油の臭いが充満する鉄鋼作業場においても太陽の如く威光を放つ王女――ラグランジュ=ルネ・〝鉄腕姫(アイゼンアルム)〟・ツルギが堂々と仁王立ちしていた。

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