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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
110/172

最悪の黒-102_医食同源

 バーンズは拠点に戻るや否や共同スペースのソファの上に倒れ込んだ。

 疲れた。

 死ぬほど疲れた。

 指先一つどころか瞼を持ち上げる気力すら湧かない。

 よくぞ道中倒れず拠点まで戻ってこられたと自分を褒めたい気分だった。


『チンタラしてんじゃないよウスノロ!!』


「ひっ!?」

 もういっそこのまま寝てしまおうかと手放しかけた意識が耳の奥にこびりついた幻聴で引き戻される。

 バーンズに割り振られた依頼――クズ魔石の人力搬入の現場監督の女オーガの振るう鉄鞭の音まで聞こえた気がした。

 別にそれで打たれたわけではない。しかし大気を震わせるほどの怒号と共にその辺に転がっていた岩が両断されるのだ。鉄製とは言え鞭で岩が割れるとは一体どういう原理なのか。

 ともかく、その怒号にバーンズはそりゃもうビビった。ビビり散らかした。

 自ら退いたとは言え元Aランク傭兵である。タイマンだったら戦闘職でもないあんな女を圧倒することなど容易いはずだ。しかしそんな理屈などどっかに飛んでいき、ただただバーンズは百キロ近いクズ魔石の入った木箱を背負子で背負い、山道を登り続けるしかなかった。

 しかも1往復に2時間はかかる道のりを3往復した。

 バーンズ以外はほとんどが職人ギルド(レオン=ファクトリ)の若いドワーフであり、比較的小柄なバーンズから見ても彼らは背が低く、足も短い。しかしそれを補って有り余る強靭な肉体と低い重心による安定感のある歩みでゴリゴリと斜面を登っていき、慣れた者は同じ労働時間で5往復していた。

 獣人であるバーンズには彼らほどの屈強な肉体はなかったが、ハクロから散々仕込まれた人体魔力操作による身体強化で何とか6時間、がむしゃらに食らいついた。

 その結果、もう魔力はほぼほぼ尽きかけ視界がぐにゃぐにゃと回っている。

「せ……」

 せめて風呂、いやシャワーを浴びなければ。

 そう独白しようとしても舌が回らず声が出ない。

 そのまま何もできずにぼうっと天井を見上げていると、カチャカチャとキッチンの方から作業をする音が聞こえてきた。

 オデルとセスの工房は拠点の3階にあるし、テレーズは茶を自分で淹れることすら滅多にない。ティルダは港湾区画の方にいっているはずで、ハクロはどうせ酒場に入り浸って帰りは遅くなるはず。そうなるとエーリカか、もしくは――


「バーンズさん、起きられますか?」


 リリィだった。

 自分のそれよりもやや薄い小麦色の毛色に空色の瞳が心配そうに覗き込んでくる。

 それに対しバーンズは喉の奥から絞り出すような情けないかすれ声で「……む、り……」となんとか意思表示をする。

「分かりました。ちょっと失礼しますよー」

 それを確認するとリリィはバーンズの体の向きを仰向けから横向きにずらし、両足をソファの外に引っ張っり出す。そして右手を腰に沿え、左の肘の内側を頭の下に差し込むと「よいしょ」と軽い掛け声とともに上体を引き起こした。

「…………」

 自然とリリィの肉付きの薄い胸元が顔の目の前に来たが、健全児バーンズも今はそんなことを気にする余裕がなかった。

「はーい、お口開けてくださいねー。ちょっとずつ、ゆっくりでいいのでちゃんと噛みましょうねー」

「……んぁ」

 起き上がったら口元まで匙が運ばれ、熱すぎない粥がそっと差し込まれる。

 完全に介護である。

「美味しいですかー?」

「ん……」

 いつもの一口の半分ほどの粥。病人食というわけではないため味付けはやや濃い目で、喉元を通り過ぎた緩く炊かれた穀類と塩味がじんわりと全身に活力を引き戻してくれる。

 そのまま二口三口と食べ続け、しばらくしたらようやく腕を持ち上げる気力が戻って来た。

 それを見届けるとリリィは粥の椀と匙をバーンズに預け、再びキッチンへと戻った。

「美味い……けど、なんか変な癖があるな?」

 自力で粥を口に運び、改めて味わうと不思議な風味を感じる。

 一口目から濃いめの味付けだとは思っていたが、ただの粥にしてはどろりとした濃厚さを感じる。というかぶっちゃけ臭いっちゃ臭い。

「豚と鶏の骨のスープで麦を炊いたお粥です。ニラとネギで臭み取りはしましたけど、まあ臭いはきつめですよねー」

「へえ。いや確かに臭いけど、なんか癖になる。リリィ先輩の故郷の郷土料理だったりすんの?」

「いえ、ハクロさんが『魔力枯渇で帰ってくるだろうからこれでも食わせろ』って昨日のうちから用意してたんですよ。なんでもバーンズさんの魔力回復に特化したメニューらしいです」

「マジかよ!? そんなことできんの!?」

 バーンズの適正魔力は炎と闇である。ハクロの元居た世界の魔力概念とこちらとではやや性質が異なるが、その根幹はそう変わらない。

 鶏とニラは「木」を表し、骨と麦が示す「火」を活性化させる。さらに煮込むことで豚の骨髄を抽出し、ネギと濃いめの塩味で臭みを抑えている。これらは「陰」を表し、闇属性の魔力回復の一助となる。

「あともう一皿、けっこうがっつりめの料理ありますけど食べれます?」

「食う食う! むしろ食欲に火がついて腹減ってヤバい!」

「分かりました!」

 椀を抱えるようにがっつくバーンズに笑みを浮かべ、リリィが次の一皿を差し出す。

 真っ茶色も真っ茶色、小食な者が見たらそれだけで胃のあたりを手でさすりそうな照り照りとした脂っけの強い肉、というかホルモンと葉物野菜の炒め物だった。

「豚のホルモンのミソ炒めだそうです」

「助かるぅ! こういう下品だけど間違いなく美味いのを求めてた!」

 リリィから皿を受け取るや否や、バーンズは粥に使った匙でそのままホルモン料理を食べ始める。今回の具材である青菜は「木」、小腸は「火」、大腸と味付けの味噌に使われている大豆は「陰」に部類される。

 とは言え五行の考え方を知らないバーンズからすれば「なんか美味くて腹に溜まる物」という認識でしかないのだが、それでも魔力はどんどん回復していく。医食同源――これもまたハクロの世界の考え方ではあるが、この世界の食べ物を口にして魔力の増幅を感じたハクロはこちらでも通用する概念であると確信し、今回のメニューを用意していた。

 そして空腹がある程度満たされていき、リリィに頼んでよそってもらった二杯目の粥に手を出した頃合いに「あれ?」とバーンズは首を傾げた。

「どうしました?」

「いや……俺の魔力ってこう流れてたんだなって……」

 お代わりを頬張りながら、バーンズは一口ごとに空っぽだった魔力が戻っていき、寒空の下から暖かな暖炉の部屋に入った時に血管が開くような感覚が全身に広がるのを感じる。

 今まで意識したことがなかった――というか、ハクロと出会うまで自然魔力しか使ってこなかったため意識しようがなかった。しかし一度魔力が空っぽになった状態から再び魔力が流れ始めるのをその身で感じると、魔力の流れの濃いところ薄いところ、早いところ遅いところと様々あることが分かる。

「……そうか。この流れを上手く利用すれば……」

「バーンズさん?」

「よし、明日からさっそく試してみよう! ありがとうリリィ先輩、ごちそうさん! 洗い物は任せてくれ!」

「あ、はい。どういたしまして……?」

 急に元気になってソファから跳ねるように立ち上がり、使い終わった食器を抱えてキッチンへと駆けだす。その背中をポカンと見送りながら、リリィは小さく首を傾げるのだった。

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