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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-099_昼休憩

 その日の午前中の探索は恙なく、そして不発に終わった。

 ハクロの魔導具により遠距離から安全に道中の魔物を排除できたことにより、当初エーリカの想定を上回る速度で分岐路のの一つの最奥部まで到達することができた。しかしながらその分岐路は魔物の発生源ではなく、一度休憩を兼ねて作業場まで戻ることとなった。

「うお、眩しっ」

「暗視の魔術を使ってるって言っても瞳孔は開きっぱなしですからねー」

 坑道の出入り口で暗視の魔術を解除すると、天高く昇った太陽光で視界が焼かれるような感覚に陥り、一瞬視野が白く染まった。暗視の魔術は身体強化の魔術の系統であり、暗所内の極微量の光源を深海魚のように無理やりかき集めて視覚情報として脳で処理している。

 そのため明所に戻るとどうしてもその落差で視界にダメージを負ってしまうのだ。

 とは言え個人差と慣れによってダメージは軽減できるらしく、エーリカはふすふすと鼻を鳴らしながら苦笑し、淀みない足取りで作業場の休憩スペースへと向かった。

「午後はどうする?」

「そうですねー、午前中の感じだともう一本分岐を踏破できそうなので、もう一回潜りましょうかー」

「普段はもう少しかかるのか?」

「私はなるべく魔物とエンカウントしないようにゆっくり潜行してるので、2日に1ルートが限界でしたねー。と言ってもあっちも動き回ってるので、前日踏破した場所に新しく魔物が居座ってたりして、効率は悪かったですねー」

「2人以上で潜ればいいじゃねえか」

 この坑道調査依頼はランクとしてはCに分類されている。出没する魔物が今のところランクD以下であるが、入り口側を通路として使用しているため完全封鎖はできないため緊急性が比較的高く、ランクの割に報酬が高かった。いくら「太陽の旅団」が万年人手不足かつ資金難だからと言っても、もう1人か2人くらいソロで活動している傭兵を雇う余裕はあるはずだ。

 そう問うと、エーリカは「いやー」と苦笑を浮かべた。

「昨日も言いましたけど、なんだか誰も手伝ってくれないんですよねー」

「……そういや言ってたな」

 あの時は直後に元々傭兵じゃないという情報に引っ張られ、それ以上深堀する余裕がなかった。

「まあ毒性の強い魔力溜まりとか普通に危険ですしねー。出てくる魔物も蜘蛛と蝙蝠ですから、嫌な人は嫌ですよねー」

「そんなもんか」

「その点ハクロさんは嫌な顔せず一緒に潜ってくれるので助かりますー」

 携帯食料のクソ硬いビスケットを飴のように舐めながらふやかし、やっとの思いで奥歯で砕くエーリカ。ホビットの体格ゆえに顎も細い彼女にとっては携帯食料一つ齧るのも大変そうだ。

「貸してみろ」

「はい?」

 エーリカの手からビスケットを包み紙ごと受け取り、その上から指で力をこめる。木片のような感触が返ってきたが、それでもエーリカの小さな顎でも食べられそうな大きさに砕くことができた。

「ほら」

「おおー、ありがとうございますー」

 砕かれたビスケットの欠片を1つ口に含み、小さく笑うエーリカ。ハクロもまたビスケットを取り出し、軽く砕いてから口に含む。これまで何度も食べてきた携帯食料だが、相変わらず食品あるまじき硬さである。

傭兵大隊(クラン)の食料担当っていないのか?」

「本部のマリアンヌさんのことですかー?」

「いや、厨房担当とかじゃなく、これから予想される長期の船旅における食糧事情をどうするかって話なんだが」

「あー」

「一応ティルダが新しい食糧保管容器について考案してるが、中に何詰めるかは全く決まってないからな。まあ本部の連中が手隙なら任せるのも手か」

「なるほどー。上手くいけばマリアンヌさんのお料理を船の上で楽しめるかもしれないってことですかー、それは楽しみですねー」

 ゴリゴリとした木材のような食感の焼き菓子を口に含みながらマリアンヌの手料理を思い浮かべるエーリカ。長い旅路になるのだから、食糧事情の改善は栄養面だけでなく精神面でも重要になるだろう。

「とりあえずトマトだな。トマトの水煮を詰め込んで持ち運びできるようになればどうとでもなる」

「栄養満点で、何より美味しいですからねー。葉物野菜は……うーん、冷凍乾燥が一番嵩張らないんですかねー?」

「どうせ船は巨大化するからな、冷凍施設のスペースは確保できるだろう。あとは芋を乾燥させて粉末にして、水で戻すとかか?」

「水問題をどうするかによりますねー」

「蒸留すれば海水からいくらでも真水は作れる」

「燃料はどうするんですー?」

「そのためのティルダの魔導具だろ」

「あ、そこまでご存じなんですねー」

 食事をしながらの雑談というよりもブリーフィングのようになってきた会話を交わしながら2人は手早くビスケットを胃袋に詰め込み、水を流し込む。あとは腹の中で水分を吸って膨れ、満腹感が長続きする。本当に腹を満たすことに特化した携帯食料だが、こんなものをいつ終わるかも分からない船旅で出されたら何かしらの病を発症しかねない。

「ハスキー州の拠点にルネが来ることってあるのか?」

「この街は実質的な傭兵大隊(クラン)の最前線ですからねー、暇を見ては結構いらっしゃいますよー。それにもうすぐ年末ですから、王都での行事が忙しくなる前に一度来られると思いますー」

「ティルダの魔導具の件もあるし、その時に話し合うか」

 思えばルネと面と向かって話をしたのは入団の時だけだ。すぐにジルヴァレに飛ばされ、その後はギルド証でのメッセージのやり取りしかしていないため、半年近く会っていないことになる。日常的な業務のやり取りでは便利な機能ではあるが、どうしても機密的な複雑な話し合いには使いにくいのが欠点か。

「文字じゃなく声でやり取り出来たら便利なんだが」

「お、それ面白そうですねー」

「ティルダに頼むか」

 本人の与り知らぬところで新たな仕事が増えてしまったが、あの技術狂者は喜んで飛びつきそうだとハクロは苦笑を浮かべた。

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