最悪の黒-097_支援魔術師
近代において鉱山と言うと、地下深くまで移動するためのエレベーターを備えた立坑、実際に鉱石を採掘するための水平方向の坑道の組み合わせが一般的だ。それはハスキー州の鉱山でも同様であり、昨今では魔導具の発達により安全かつ迅速に、効率的に掘削できるようになっているが、第18坑道はそれよりも原始的な造りになっている。
立坑はなく、山肌に直接水平方向に掘り進められたその構造は鉱山と言うよりも人工の洞窟といった雰囲気があった。
しかし掘削面は鑢でもかけたのではないかと言うほど丁寧に掘り整えられており、それを手ずから掘ったという先人たちの苦労が伺える。
「これは確かに埋めるのがもったいないというのも分かるな」
「ですねー」
光属性魔石による照明魔導具で足元を照らしながら感心し呟く。
坑道は長身のハクロでも余裕をもって見上げながら歩けるほどの広さがあった。背丈の低いドワーフが主な主戦力であるハスキー州の鉱山と言うともっと狭いイメージがあったのだが、どうやらかなり大型のトロッコで採掘した魔石を搬出しているらしく、そのために幅員も高さも大型化したようだ。
「ここから先ですねー」
途中何度かカーブしながら坑道を進むこと数分、現場監督のロッソの言う通りかなり頑強な造りの鉄扉がハクロたちの前に立ち塞がった。応急で設えたとは言っていたが、元からそこにあったかのようなしっかりとした扉だった。こういった仕事一つからもドワーフたちの技術の高さが伺える。
エーリカがポケットから鉄の鍵を取り出しながらハクロに声をかけ、確認する。
「本格的に潜行する前に聞いておきますけど、ハクロさんは支援魔術師と組んだことってありますかー?」
「ジルヴァレで1回。だがあん時は地形効果の増幅がメインだったから俺自身で受けたことはないな。……変わろうか?」
「あ、お願いしますー」
ドワーフよりもさらに小柄なホビット体格のエーリカには鍵穴の位置が高く、うんと背伸びしながら開錠作業をしていた。その姿に思わず会話の途中で区切りを入れ、鍵を受け取って穴に差し込んだ。
カコンと心地好い音と共に内側の閂が外れる音がする。
「支援魔術師と初めて組む人は元の感覚とのギャップに戸惑うかと思いますんで、最初は簡単な魔術から慣らしていきましょうねー」
「ありがたい」
「ではとりあえず、暗視魔術からいきましょー」
エーリカは手袋をはめた指で印を結ぶような動作をする。
すると術式が発動し、手のひらに小さな光の玉が浮かび上がり、魔導具で照らしても薄暗かった視界が昼間の平地ほどに明るくなった。
「手袋型の魔導具か?」
「ですです。指10本ごとに小さな魔石をはめ込んでて、指の形を変えることで色んな術式になるよう調整してるんですー。私が傭兵大隊に入った時にティルダに作ってもらったんですよー。いいでしょー」
むふー、とエーリカは嬉しそうに鼻を鳴らしながら微笑んだ。
「ティルダの方が先に傭兵大隊にいたのか。……そういや、ティルダって今何歳なんだ?」
「おやー? 随分と懐かれてましたけど、知らないんですかー?」
「そういう話題にならんからな」
「あー。まあティルダは魔導具さえ作れればキャリアとか気にしませんからねー。えっと、確か今年で17歳って言ってましたかねー」
「思ったよりも若い……っつーか、待て、傭兵大隊に入ったのって何歳の時だ?」
「10歳って聞いてますよー。実は彼女、『太陽の旅団』のかなり初期の隊員なんですよー」
「…………」
ルネがAランクとなり傭兵大隊を立ち上げたのが10年前のはずだから、創設3年目からのメンバーとなるとかなりの古株となる。
それよりも、一般的に12歳で様々なギルドに仮所属しながら専門的な知識を身に着け、15歳になってようやく見習いとしてギルドに正式所属するのが一般的なこの世界において、10歳で傭兵大隊に勧誘されるということはその時点ですでに職人ギルドに所属していたということだろう。かなりの早熟……というか、端的に言って当時はかなりの異端だったのだろう。
ただでさえエルフとの混血児と言うこともあって頑固者ばかりのドワーフの中でも注目されていたはずだが、さらにその若さ、否、幼さで自分よりも年上の職人見習いたちと肩を並べることになったのだとしたら、あの性格になるのも当然と言えば当然か。
「ルネに目をつけられたのが良かったのか悪かったのか……」
「……良かったんだと思いますよー」
ハクロが言わんとしていることが何となく伝わったのか、エーリカはマスクとゴーグルの上からでも分かるくしゃりとした苦笑を浮かべた。
「姫様のおかげでより注目されるようになってしまったっていう面もありますけど、それもあって、彼女は誰にどうこう言われることなく自分の好きなことを好きなだけできる環境を手に入れたわけですしー」
「……そうか」
「それにやっぱり何よりも大きいのは、姫様と言う一番の友人ができたわけですしねー」
結局そこが一番なのだろう。
肩を竦め、ハクロは改めて坑道を塞ぐ鉄扉に手をかける。
全てを乗り越えた後の今の彼女についてとやかく言うほどハクロも無粋ではないつもりだ。
ぎぃ――
重く軋むような音と共に扉が開かれる。
途端にむわっとした高い湿度のような不快感が肌にまとわりついてきた。これまでハクロは突発魔群侵攻に2件、実質的なAランク魔物の討伐に1件関わったが、そのどちらも解放された野外戦だった。滞留している魔力の総量としてはいずれの時よりも少ないのだろうが、気密性の高い坑道内では密度が高く感じられる。
扉に魔力を通さない工夫がされているのか、内側に踏み込むとそれをより一層強く感じた。
「話は戻りますけど、支援魔術師の本領って身体強化の代替わりなんですよねー」
会話に区切りがついたところで扉を閉めながらエーリカが話題を元に戻す。
「バーンズから聞いてますよー。ハクロさん、身体強化がかなり洗練されてるって言ってましたよー」
「まあ、一家言あるつもりだ」
「なので最初は無理に私から支援魔術を受けるよりも自前でやられた方が動きやすいと思いますー。暗視の他にはせいぜい防御系の魔術くらいに止める方がお互いにやりやすいと思いますが、どうしますー?」
「暗視だけでも十分助かってるが、そうだな、防御系の魔術は不得手な部類だから念のためかけてもらえると助かる」
「ではでは、もっとも簡単なところからー」
言うとエーリカは先ほどとは異なる手指の形を作り、術式を起動させる。
するとハクロの周囲の魔力が凝縮されたように概念を付与されまとわりつく。まるで衣服をもう一枚上から重ね着したような感覚だが、動きやすさに全く支障を感じない。
「蝙蝠系種も蜘蛛系種もメインとなる攻撃手段は毒牙による噛みつきですからねー。とりあえず、対刺突用の防御魔術を1枚ですー。ここの魔物の攻撃くらいなら3回くらいは無力化できると思いますー」
「ほう、便利なもんだ」
「あくまで初歩的な防御魔術ですからあまり過信はせず、避けられるものは避けましょうねー」
「ああ。ちなみに複雑な魔術だとどういったものが扱えるんだ?」
「戦闘に使える魔術は大抵使えますよー。暗視と防御魔術の他には攻撃補助とか速度補助などの身体強化は一通りですねー。あとかなり複雑化するので自分以外にかけることはあまりないですけど、思考速度上昇とか……まあこれに関しては使えるというか、使えるようにならないとやっていけななかったとも言いますけどー……」
「ああ……」
言葉通り、後方からの支援魔術による援護が主体であるはずの支援魔術師であるエーリカが遊撃手として単身坑道内の魔物調査に駆り出されているのだ。元を正せばルネからの無茶ぶり以外の何物でもないのだが、それに対応できる、しなければならないのが「太陽の旅団」という傭兵大隊のメンバーである。
そして現メンバーは例外なくルネが直々に勧誘してかき集めた正真正銘の精鋭であり、エーリカもまたその1人なのだ。
「それじゃあ先に進みましょー。まずは坑道にそって道なりに進んで、4つ目の分岐を左方向ですー」
ぴょいとエーリカが跳ねるように前へと出る。
彼女にかけられた暗視の魔術の恩恵を感じながらハクロは魔力の渦巻く坑道の奥へと歩みを進めた。





