最悪の黒-095_「話しかけないで」
翌朝。
ハスキー拠点の共用スペースは辛気臭い雰囲気に包まれていた。
「ティルダ氏ぃ……」
「短い滞在期間でありましたなあ……」
その原因である技術班の凸凹コンビことオデルとセスは揃って深い溜息を吐く。
昨日の段階で州都中心を発ち、海辺の区画にある造船所へと発つことを決めていたティルダだったが、拠点内の作業部屋で各々の仕事をしていた2人には一切そのことを告げず、日も昇るかどうかという早朝のうちに朝食を済ませてさっさと出発したらしい。
仕事以外で話しかけないで欲しいと言っていたが、仕事でもあまり話しかけるなという意思表示を感じた。
その結果、オデルはショックのあまりただでさえ細い食がさらに潰え、果実と野菜のジュースをミルクで割ったドリンクを前にようやく半分だけ飲み終えたところで完全に手が止まった。
一方のセスは、極厚トーストにベーコンとバターのマッシュポテトを塗りたくって上から溶かしたチーズを滝のように降りかけるという、見ている側が胸焼けしそうなメニューを朝っぱらから2枚平らげていた。これでも今日はかなり少ないという。
「まあまあ、今生の別れと言うわけでもあるまいに」
「「貴様に同情される謂れはない!!」」
なんとなく慰めの言葉をかけてやると、凸凹コンビは揃って憤怒の形相で唾を飛ばす勢いで食って掛かった。汚い。
「拙者たちのティルダ氏を寝取った貴様など視界に入れたくもないでござる!!」
「そーだそーだ! オイラたちのティルダ氏を返せであります!!」
「なんだこいつら」
汚い上に大変鬱陶しい。これではティルダとの相性は最悪だろう。
そしてそれを見ていたエーリカが面白そうに口元を吊り上げた。
「あららー? ハクロさんはティルダとそういうご関係でー?」
「そ、そそそそそうなんですか!? わ、私これからは遠慮した方がいいですかね……?」
「違う。真に受けるなリリィ」
「ほっ……。びっくりしました。じゃあこれからも(馬車では)一緒に寝ましょうね!」
「い、一緒に寝、寝……!?」
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」
「……面倒になって来た」
「でも実際この前も女子2人と並んで寝てたよな。ハクロさんが真ん中で」
「「滅べハーレム野郎ッ!!」」
「バーンズ、話をややこしくするな」
冬の寒朝から身を守るために狭い馬車の中で寝た結果、身を寄せ合うこととなるのは不可抗力である。例え最初は端で寝ていたのに起きたら真ん中になっていたとしても、ハクロのせいではない。
「……いいから静かに飯を食え」
と、テーブルの端で土気色の顔でサラダのレタスを突いていたテレーズが小さく唸る。低血圧で朝に弱いらしい彼女にはこのけたたましい食卓はさぞ辛かろう。
結局その後、ハクロが朝食を食べ終わるまで凸凹コンビの囂囂とした非難は続いたのだった。





