最悪の黒-094_太陽の旅団技術班
「あれ、もう帰って来た!?」
「……お、お帰りー」
拠点に戻ると一足先に帰って共用スペースでくつろいでいたバーンズが失礼な驚嘆と共に顔を上げた。傍らではティルダがバーンズの槍を分解しながら術式の様子をチェックしている。
「ハクロさんのことだから今日は日付変わるまで戻らないと思ってたぜ」
「人を飲んだくれみたいに言うんじゃねえよ」
「ほとんど酔わないだけで似たようなもんでしょーよ」
重ね重ね無礼な奴だ。
ぐるりと見渡すとリリィの姿はない。あの後テレーズに連れられて医薬ギルドへと向かったが、まだ戻ってきていないようだ。それよりも帰りが遅くなると思われていたとは甚だ不本意である。
「おおー、ティルダおっひさー」
「……ぁ、ぁ……ひ、久しぶり……です……」
「あははー、相変わらずかー」
ぴょーいと見た目通りの兎のような軽い足取りでエーリカがティルダの元へと駆け寄るも、すぐに顔を真っ赤にしてどこか隠れる場所がないかと視線をぐるりとさせた。技術班の凸凹コンビほどの忌避感は抱いていないようだが、体は小さくともエーリカの方が年上と言うこともあってか遠慮のような壁を感じる。ところであの凸凹コンビの名前は何と言ったか。
「あ、あの……オデルとセスに聞きそびれたんだけど……親方と、マルグさんは……?」
ふと思い出したようにティルダがエーリカへ問いかける。
そうだオデルとセスだと思い出しつつティルダの口にした名前の記憶を漁った。
親方と言うのは確か「太陽の旅団」に所属する職人ギルドのロウというオーガだ。かなりのベテラン組でそこそこの高齢らしくメッセージ機能に現れることは滅多にないが、彼個人で大規模な造船工房を管理しているらしい。そこで働いている職人や徒弟たちは正確には傭兵大隊の所属と言うわけではないが造船のための雇用関係にあり、ルネの渡海の要となる者たちだ。
そしてマルグことマルグレートはロウの工房に所属するエルフの設計士だ。ルネの無茶苦茶な注文に奔放されてメッセージ上では技術班でも苦労させられているのが伺えるが、あのルネが造船所の責任者であるロウ共々傭兵大隊に勧誘したということは、つまりはそういうことなのだろう。
「ああ、親方は素材サンプルが上がったから港の方に行ってるよー。マルグも一緒」
「そうなんだ……じゃあ当分はこっちに戻らないだろうし、ウチも明日からそっちに行こうかな……」
「オデルとセスも連れてくー?」
「…………。ひ、一人で行く……」
「そっかー」
一瞬だけ迷ったようだが断固たる意志でティルダは首を横に振った。どんだけ嫌われてるのか。
「つまりティルダとは明日から別行動か」
「う、うん……あの、ハクロさん!」
「ん?」
ティルダは指先をもじもじとさせながらハクロに向き直り、上目遣いで消え入るような声で言葉を続けた。
「色んな魔導具のお話が出来て、とっても、とっても……面白かった……! こっちの依頼が落ち着いたら、造船所に来てね……絶対、ハクロさんなら楽しめるから……!」
「……はっはー」
努めて表に出さないよう、ハクロは軽薄な笑みを浮かべる。
傭兵大隊の魔導具技師から中心理念である造船所への誘い――それ即ち、技術班への協力要請と言って他ならない。元々ティルダに懐かれるよう言動を選んで動いていたというのもあるが、ここまで短期間でその言葉を引き出せるとは嬉しい誤算であった。
「ああ。必ず行こう」
「ふ、ふひ……! こ、今度はどんな魔導具を作ろうか、今から楽しみ……!」
大きな手のひらと指先を合わせて楽しそうにはにかむティルダ。それを見てハクロも小さく笑みを浮かべて返した。
「おおー? ティルダがこんなに人に懐くのって姫様以外では初めてじゃないー? いいなー」
「……いや、俺はこの光景がただただ恐ろしいぜ……」
ルキルで2人がやらかしたことを詳しく聞かされていないエーリカが暢気に笑い、ハクロの腰に差してある魔導具を苦い表情で見つめるバーンズが引き気味に呟く。
全く持って失礼な奴である。





