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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-093_魔物調査員

「もしかしてあなたがハクロさんですかー?」

 早速度数の高い酒を注文し、それを派手に飲み干していたところ即行でドワーフたちに絡まれ、その全てを返り討ちにしていたハクロに若い女性の声がかかる。

 振り返ると、右目にモノクルをかけた垂れた長い獣の耳を持つ獣人――兎人族の女性がのほほんとした笑みを浮かべて立っていた。


 竹馬に乗って。


「…………」

 立て続けに強い酒を飲み続けたため妙な幻視をしているのだろうかと一度ジョッキを置いて再度振り返るが、やはり彼女は竹馬に乗っていた。

 いや、それよりも竹馬に乗ってもなお椅子に腰かけたハクロと同程度の視線の高さしかない。ドワーフよりもさらに小柄だった。そしてよく見ると竹馬に乗せられた足には靴を履いておらず裸足で、全体がふわふわとした毛に覆われている。

 この身体的特徴は覚えがある。ホビットだ。

「あ、どもども。私、Bランクのエーリカ・ロスですー。見てのとおり、ホビットと獣人のハーフですよー」

「あー、すまん」

「いえいえ、慣れてますんでー」

 初対面で挨拶も前にじろじろと足と耳を見比べてしまったことを謝罪すると、エーリカは言葉通り気にした風もなくコツコツと竹馬で足踏みしながらバランスをとった。

 この多種多様な種族が存在する世界において、他種族との混血は意外なほど少ない。獣人同士でさえ同部族間での婚姻関係が普通だった。

 その理由は「性質」と呼ばれる偏執性により性格がかみ合わないことが多いのだ。さらにはエルフやドワーフといった長命種族はその時間感覚も異なるため、肩を並べる友人としてならばともかく、生涯を共にし子を育む家族として成り立つことは稀である。

 身近にティルダと言うエルフとドワーフのハーフがいるため感覚が引っ張られがちだが、恐らくはエーリカもまた幼い頃から物珍しさの視線に慣れてしまったのだろう。

「Bランクのハクロだ」

「はい、姫様から伺ってますー。肝いりで勧誘されたって聞いてますよー」

「そんな大したもんじゃないが……あー、なんで竹馬なんだ?」

 ずっと気になっていたことを訊ねると、エーリカは「えー」と頷き笑った。

「だってここの床きったないじゃないですかー」

「……靴を履いたらどうだ」

「それはそれで気持ちが悪いんですよねー」

 ホビットは足の裏の感覚が鋭敏で、第三の目と言っても差し支えないほどのセンサーとなっている。そこを靴と言う遮蔽物で覆うと目隠しをされたような気分になるらしい。かと言ってその足でギルド内のねばねばした床を歩くのも嫌であるため、妥協案として竹馬を使うことにしたそうだ。

「んじゃ、打ち合わせは拠点でやった方がいいか」

 椅子に座れば足の裏もつかないだろうが、わざわざ声を張り上げなければ互いの声も聞こえにくい場所で聴覚の優れた獣人を留まらせるのも酷だろう。

 そういう意図もあってエーリカに提案すると、彼女は安堵の表情を浮かべた。

「そうしてもらえると助かりますねー」

「分かった。この一杯飲んだら出よう」

「ではでは私は今日の分の報告してきますー」

 カコンと竹馬を鳴らし、エーリカは受付へと向かう。その背中を見送りながらジョッキに残っていた蒸留酒を飲み干し、ウエイターを呼び止めて支払いを済ませると一足先にギルドの外で待つこととした。

「お待たせですー」

 その場で街並みを眺めながらぼうっとしているとそう時間を置かず、中からエーリカが器用に竹馬の足で扉を蹴り開けながら出てきた。それを見て扉を支えてやると「ありがとうございますー」とひょいと地面に降り立つ。

 竹馬を2本まとめて肩に担ぎ、彼女はぴょいぴょいと跳ねるように歩み出した。

「不便そうだな」

「ぶっちゃけ不便ですねー。でもこの第一支部が一番マシだし拠点から近いので、ここを使うしかないんですよー。清掃担当者も苦労してるらしいので私だけの不満じゃないんですけどねー」

 ぷうと兎のように鼻を鳴らしながらエーリカが不満を漏らす。

 耳が兎な上に足が毛でおおわれて、しかもホビット体格のため兎を二足歩行にしたような愛らしい見た目をしている。これでもハクロよりも年上で年季の上では格上の傭兵には見えない。

 混血児の苦労もあるだろうが、それ以前に傭兵に向いている姿をしていないように感じた。にもかかわらずBランクをキープし続けているということは、よっぽどの手練れなのだろう。

「明日から依頼で組むわけだが、あんたは後衛? 前衛?」

支援魔術師(バッファー)寄りの遊撃手(レンジャー)ですから後衛ですねー」

「……よくそれで単身魔物討伐依頼を割り振られるな」

 現在ハスキー州都の拠点で駐在して依頼を受けているのはエーリカ1人のはずだ。

 にもかかわらず今日までルネから割り振られる依頼を捌ききっているというのはいっそ異様に感じる。Bランクの後衛職は分かりやすく目立つ実績がないためそこに居続けるという話はこれまでも何度か聞いた話だが、彼女もその括りのようだ。

 言葉にせずともハクロの雰囲気を感じ取ったのか、エーリカは「いやあ」と苦笑を浮かべる。

「ハスキー州に来て最初の頃は他の傭兵と組んで依頼を受けてたんですよねー。傭兵大隊(クラン)に支払われる報酬予算内で人員を雇う、所謂下請けってやつですねー」

「最初の頃?」

「はいー。最近は声をかけても全然手伝ってくれる人もいなくて、それで止むを得ず1人で依頼に当たってたんですよー。そしたらいつの間にか傭兵として正式加入することになって、ランクもBに――」

「……待て」

 話の順序が取っ散らかり始めたため、ハクロは制止をかける。

 エーリカの話をそのまま受け取るならば、彼女は傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)に加入する以前からその依頼を受けていたことになってしまう。

「そうですよー?」

 しかしハクロが確認のために訊ねると、エーリカは何でもないような声音でのほほんと頷いた。


「私、元々傭兵じゃないんですよー。正式な肩書は魔術ギルド(マグリナ=アカデミー)魔物構造学課程所属第二級調査員、エーリカ・ロスと申しますー。改めてよろしくお願いしますねー」

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