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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-092_ハスキー州都の依頼事情

 拠点内での自室の整理を終え、少し遅めの昼食をはさんでからハクロとバーンズは傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)へと足を運んだ。

 見慣れた楯と獅子の紋と共に「ハスキー州都第一支部」と看板が掲げられている。

 流石にこの規模の大きさの都市ともなると支部一つだけでは機能がパンクしてしまうため、いくつか分けて建物が存在しているようだ。


『だはははははははは!!』

『馬ッ鹿でぇ!!』

『どけこのタコ!!』

『おーい! こっちの酒まだかー!?』

『押すなクソが!!』


 そして扉を開けて一歩中に踏み込むと、建物に施されていた防音魔術で遮られていた喧騒が耳をつんざく。聴覚の鋭い獣人のバーンズは思わず両耳を塞ぎ、ハクロも顔を顰めた。

「うっるさ!?」

「一番騒がしかった時期のルキルよりうるせぇってどうなんだ」

 ルキルはルキルで凄まじい喧騒だったが、あれはあくまで依頼数の過多と人口密度によるものだ。しかしここの場合、密度はほどほどでただただ喧しい。それと酒と煙草と肉の脂の臭いが酷い。賊のアジトの方がまだ綺麗に清掃されているのではないかと言うレベルだ。

「うへぇ、床もべっとべと」

 バーンズが舌を出しながらブーツの底を浮かせる。

 この何か分からない物でべた付く床はカナルを思い出すが、あっちはまだ綺麗な方だったのだろう。

「分かっちゃいたがドワーフだらけだな」

 そしてこの喧騒の原因というのが、ギルド内で昼間からジョッキを傾けている背が低いが横幅が大きいドワーフたちだ。

 この大陸には約1,000万人ほどのドワーフが生活しているとされているが、その4割がここハスキー州に集中しているという。その大半が職人ギルド(レオン=ファクトリ)に所属しているが、そもそもの母数が多いだけに傭兵として身銭を稼ぐ者も多い。

 結果として傭兵ギルド(ロベルト=ファミリー)ハスキー州都支部はただでさえ気性の荒い者が多いドワーフの中でもとりわけ濃密な荒れくれ者が揃い、この有様と言うことだ。

「さ、さっさと依頼の手続き終わらせて帰ろーぜ、ハクロさん」

「おい、見てみろよバーンズ」

「え?」

「ジョッキで蒸留酒飲んでるぜ。しかもストレート」

「マジかよ!?」

 酒は好きだがどちらかと言うと薄めで甘い物を好むバーンズが驚愕の顔でハクロの指さした方を見る。するとハクロの言う通り、ガラスの巨大なジョッキに並々と琥珀色の酒が注がれており、それをビールのように喉越しを楽しむかの如く飲み干していくドワーフの姿があった。しかもそんな姿があちらこちらで見られるのだ。

「今日は手続き終わったら自由時間だよな?」

「……マジかよ」

 何を言わんとしているか伝わってしまったバーンズが引き気味にハクロに視線を戻すが、彼はいつも通り軽薄な笑みを浮かべているだけだった。

「一杯引っかけてから帰るわ」

「一杯で済まないやつぅ!!」

「いやいや、本当に一杯。一杯だけだって」

「それ言って一杯で切り上げる奴はいねーんだよ!? いいから手続き行くぞ!?」




「あいよ! こいつが依頼書さね!」

 どどん! という効果音が似合いそうな恰幅の良い受付嬢――といってもドワーフのため髭が生えているが――に依頼管理番号を提示すると、打てば響く速度で羊皮紙の依頼書が引っ張り出された。

 中身を確認すると、事前にルネから知らされていた通り坑道内部で発生した魔物の討伐と調査となっており、一緒に坑道の地図も渡された。

「内部構造は分かってんのか」

「そりゃそうさ、古いけど現役で使われてる坑道だからね。ただ地図見てもらえりゃ分かるだろうけど、古い坑道って硬い岩盤を避けながらあっちこっち掘り進んでたから蟻んこの巣みたいに入り組んでてさ、どこが魔物の発生源なのか分からないのよ。今なら魔導具でドカンと一直線で掘り進められるようになって便利になったもんだけど」

「魔物が出現してるのに現役で使ってんの?」

 バーンズが横から訊ねると受付嬢は軽く頷いた。

「ああ、手前側は別の坑道に繋がってるから、搬入出口として機能してんのさ。魔物がうろついてんのは深度3以降――入り口から300メートル以降だね。まあ詳しくは先行してるエーリカちゃんに聞いておくれ。あの子ならそろそろ戻ってくる時間だろうからね」

「あいよ」

「じゃあここに名前書いておくれ」

 受付嬢が指さした署名欄にハクロがまずは名前を書く。そしてバーンズにペンを渡したところで「待った」と受付嬢から静止の指示が挟まった。

「バーンズ、あんたはダメだよ」

「え!?」

「この依頼は姫様からハクロだけが指名されてる。あんたはこっち、別の依頼だよ」

「理由は聞いてるか?」

 訊ねると、受付嬢は肩を竦め苦笑を浮かべた。

「ここの坑道は炎属性の魔石を採掘してんだ。そこに炎属性の奴を放り込んでみなよ、ちょっと魔術を使っただけで引火、坑道全体が大崩落さね」

「うげっ」

 その言葉に一瞬でバーンズは青ざめる。

 炎属性魔力は自然界には希薄だが、切っ掛け一つで他属性を瞬く間に侵食するように変異させるという性質がある。その様は山火事の如くであり、つい最近もそれを利用してラキ高原で樹木(ウッド)系種の森を焼き払った。

 それが狭い坑道内で発生したら目も当てられない。

「ついでに言うとアンタ槍使いだろ? 狭いとこでそんな長物振り回す気かい?」

「うっ」

 止めとばかりにバーンズが背負っていた片刃槍を指さす。

 バーンズの槍型の魔導具は打撃や刺突よりも薙刀のように切断することに特化しており、彼の小柄な体型に合わせてやや短めの構造となっている。それでも槍は槍であるためハクロの身長程度の長さがあり、狭い所で扱うには不向きだ。

「じゃ、じゃあ俺は何を割振られてるんだ……?」

「ほいこれ」

 そう言って差し出された依頼書の内容は――Dランク依頼、クズ魔石の運搬補助だった。

「なんじゃこら!?」

「今うちで一番ありふれてて誰もやりたがらない依頼だよ。竜馬も登りたがらない斜面をクズ魔石がパンパンに詰まった籠を背負って登って山の中腹の『ごみ捨て場』に持ってくんだ」

「クズ魔石って魔力再充填してんじゃねーのか!?」

「それは他の都市部の話さね。ここじゃ採掘される魔石も多いけど消費される魔石も馬鹿みたいに多いんだ。それをいちいち再充填なんかしてらんないから、元になった鉱物ごとに分けてまとめて山に捨てて自然と蓄積されるのを待つのさ。んで今使ってる捨て場がいっちゃん行きにくい場所にあるってんで、人手が足りなくて作業が滞ってるのさ」

「やだー!? もっと分かりやすく暴れられる依頼がいい!? お、俺B+だぞ!?」

「我が儘言うんじゃないよ! いつでもどこでも高ランク依頼で溢れてると思うんじゃない! おら、さっさと名前書く!!」

「うわー!?」

 カウンターを挟んで腕を掴まれ無理やりペンを握らされるバーンズ。そしてそのままドワーフの腕力で名前を書かされ、あっという間に契約成立として羊皮紙が端から燃え尽きた。

 こんな無理やりな形でも成立するんだな、とハクロは早くも卓についてメニューを眺めながらその様子を視界の端で捉えていた。

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