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こぼればなし  作者: やまやま
弐 最悪の黒
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最悪の黒-002_出会い頭


 どうして私がこんな目に!


 リリィは猿轡で喋れない口の代わり、心の内で自分の語彙力の限界に達するまで罵詈雑言を並べた。しかしすぐに言葉は尽き、己の学の浅さに自分で傷ついた。

 ともかく状況を整理しなければならない。

 記憶を今朝起きたところから順繰りに手繰っていく。


 朝起きてリリィは朝食の準備をしながら調味料の在庫を確認していたら、師匠の好物であるアテルマ草の粉末が切れそうになっているのに気付いた。独特の香りがあるアテルマ草は正直なところリリィはあまり得意ではないが、アレを混ぜたオムレツを食事に出すと、どんなにへそを曲げていても師匠はコロッと機嫌が良くなるためキッチンには必須アイテムだった。

 確かその他にも色々と補充しておきたい薬草があったような、とリリィは思い出し、師匠が起きてくる昼までに軽く採集に行ってこようかと思い立ったのだ。

 壁掛け時計を見ると、初夏で朝が早く来るようになったとは言え、朝日が山の裾野まで照らすにはまだ少し早い。しかし普段から歩き回っている野山であるし、問題なかろうと手早く採集に出かける準備を進めた。


 それが、つい数時間前の出来事。

 朝番の顔馴染みの衛兵に挨拶をしてから門を潜り、フロア高原に出かけて各種薬草の採取を行っていたら――バチン! と首の後ろに稲妻のような衝撃が奔り、意識がぷつんと吹き飛んだのだった。


「…………」

 唯一自由に動かせる視界で辺りをぐるりと見渡す。

 どうやら、掘立小屋のような粗末な建物に転がされているらしい。口だけでなく手足の自由もない。明らかに悪意ある者の犯行だ。

「――――」

「――――」

 小屋の外の方から話声が聞こえてくる。

 リリィが唯一詠唱なしで使える聴覚鋭敏化の魔術を発動させ、そっと聞き耳を立てる。


『――へっへっへ、にしても上物だぜ、ありゃあ』

『ああ、思いがけない拾いモンだな』

『で、どうする』

盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)に売り渡せば向こう一年は安泰だろ』


「…………」

 最悪だ、とリリィは青褪める。

 どうやら傭兵崩れの半グレに攫われてしまったらしい。しかもよりにもよって盗賊ギルド(ゾルフ=コミュニティ)にもパイプがあるようだ。

 このままでは、奴らがたった一年遊んで暮らすだけの金銭と引き換えに奴隷としてどことも知れない馬鹿野郎に売られてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。花も恥じらう年頃の少女であるリリィにとって何が何でも避けなければいけない未来である。

 しかし手足を縛られ声も出せないこの状況では、か弱い薬師見習いの少女などどうすることもできない。


 誰か、誰か助けて――!


『ん、誰だお前』


 と、その時。

 鋭敏になっていた耳に不穏な声が届いた。

 小屋の外に立つ傭兵崩れが殺気立った声で威嚇し、ガチャガチャと各々得物を抜く気配がする。

『なんだお前、いつからそこに!?』

『おい、まさかさっきの見られたんじゃ』

『はっ! だったら大人しくこそこそ逃げてりゃ無駄な怪我しなくて済ん――』


 ばきゃああああああん! ばきばき、ガシャアアアアアン!


「んーっ!!??」


 突如、小屋が半分吹っ飛んだ。

 小屋だった残骸に交じって飛んできた大男を転がって避ける。なんとかいらなく怪我をすることはなかったが、一体何が起きたのかは見当もつかない。

「……っ!?」

 どうやら気を失っているらしい大男の陰に隠れながら明るくなった視界に意識を注ぎ、吹き飛んだ小屋の穴から外を覗く。


「が、は……」

「なに、モンだ……テメェ……!」


 そこには、想像したよりも倍の人数の傭兵崩れがおり、全員、一目で深手と分かる怪我を負って地面に転がされていた。

 そしてその中央に立つのは――黒髪黒目という、この地域では珍しい風体の長身の男。手には反りのある片刃の剣を握っている。

「…………」

 男はゆっくりと視線を動かし、リリィを捉えると妙に覚束ない足取りで近寄ってきた。

「…………」

 ごくりとリリィは生唾を呑み込む。傭兵崩れの半グレたちを壊滅させてくれたということは助けてくれたということなのだろうが……どうにも、この黒い男に対してもリリィの本能的警鐘はガンガンに鳴り続けている。あの人数を一瞬で圧倒したのだからただ者ではないはずだ。こんな辺境の地にそんな腕の立つ傭兵が来ているとは聞いたことがない。

「…………」

 ようやっと近付いてきた黒い男はリリィの目の前で倒れていた大男に腰かけ、無言でリリィと目を合わせる。男はゆっくりと瞬きをしたのち、手にしていた剣の切っ先で慎重にリリィを縛っていた縄を切り、猿轡を外した。

「けほ、けほ……えっと、その……ありがとう、ございます?」

「…………」

 男は無言のままリリィを見つめ続ける。

 リリィもまた見返す。よく見れば、目つきこそ無用に鋭いものの女と見まごうほど美しい顔つきをしている。助けられたという状況も相まって、少しドキリとする。

「あの……?」

「…………」

 首を傾げる。

 無言を続ける男の様子が、どうにも変だ。


「……ぐ」

「ぐ?」


 男は。


「…………ぐぼぁ……!」

「きゃああああああああああああああああっ!?」


 ……口から酸っぱい匂いのする液体をごぼごぼとまき散らしながら白目を剥き、リリィの方へと倒れ込んできた。


「ちょ、汚っ……じゃなくて、えぇ!? だ、大丈夫ですか!?」

「…………」


 気を失ったらしい男を前に、しばしリリィは狼狽するしかできなかった。


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