もう一回、
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
僕が微笑めば彼女も微笑む。
こんな風景は、僕たちの日常に過ぎなかった。
それでもこの日常は、かつての僕が強く強く望んだことで。
「もう花枯れちゃったね。ちょうど良かったよ、新しく買ってきてたんだ」
「ありがとう。……綺麗だね」
新しく花瓶に生けた花を優しく撫でた彼女は、もう一度嬉しそうに「ありがとう」と言った。
僕は彼女のことを知っている。
彼女は僕のことを――知らない。
正確に言えば、忘れてしまったというべきだろうか。
「毎回聞くようだけど……どうしてあなたは、ここまでわたしに尽くしてくれるの?」
「……毎回言うようだけど、簡単なことさ、きみの知り合いだから」
「ほんとうに、ただの知り合いなの?」
花を愛しそうに眺めていた目をこちらに向ける彼女。
純粋に澄んだ瞳と視線がかち合って、目を逸らしそうになって。
迷う。
なんて言えばいい? 僕はきみのなんだって説明すればいい?
遠い過去、彼女にとっては無かったことになっている記憶を掘り返す?
――否。
“明日はどこに出かけようか?”
“どこでもいいよ。きみと一緒なら、どこでも”
“ちょ、……っ。よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるよねー”
あんな記憶は、もういらない。
「そうだね……。あえて理由をつけるなら、きみが好きだからかな」
「えっ、」
瞬間、みるみる赤く染まっていく彼女の顔。
気紛れに告げた本音は、確かに昔確かめ合ったことだったのに。彼女はそれをまるで初めて聞いた告白のように受け止めているのが、滑稽で仕方なくて。
可笑しくて、仕方なくて。
「う、嘘」
「ほんとだよ」
「……どうして、わたしなんか」
「だめだよ、そんなこと言っちゃ。僕の好きなひとなんだから、けなさないで?」
「……、」
“わたしで、いいの?”
赤くなった頬と涙で潤んだ瞳に、少し緩んだ口許。
人生で二度目の、彼女への告白。
ああ、こんなにうまくいくなんて!
「それはつまり……OKと受け取っていいのかな?」
「まあ、そういうことに、なるのかな」
「よかった、……ありがとう」
彼女の頬に手を添えて、軽く唇にキスをした。
そっぽを向いて照れる彼女のその仕草を、僕は知っている。
けれど、知らないふりをした。
愛しい愛しいきみへ。
記憶喪失になってくれてありがとう。
思い出をなくしてくれて、ありがとう。
だってほら、
“……ごめん”
“な、”
“もう、終わりにしよう?”
僕を拒絶したきみとまた笑い合えるでしょ?
(こんな僕を卑怯だと思いますか?)
それでも構わないよ。
さあ、もう一度恋をはじめよう。
ハッピーエンドは苦手ですヽ(*´∀`)ノ