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カレイドスコープ  作者: 篠原 皐月
佐竹清人に対する考察
8/25

(7)明良の場合

 話は二年程前に遡る。


 ※※※


 快晴のその日、明良はカメラバッグを肩から下げ、両手で一眼レフを抱えて雑踏の中を歩いていた。

「う~ん、やっぱり美人を見ると撮らずにはいられないんだよな~」

 そんな事を呟きながらあちらこちらにカメラを向けていた明良だったが、ふと自分の現状を振り返って苦笑する。


「大体、せっかくの休日だってのに、カメラ持参で来てるのが、もう悲しいカメラマンのさがだよな。よし、ここは一つ、声をかけて撮らせて貰う了解を……、あれ?」

 ある意味開き直りに近い台詞を吐き、目を付けた女性に向かって歩き出そうとした時、自分とは別に彼女が居る方向に歩いて行く人影認め、思わず立ち止まった。


「清人さん? こんな時間に、こんな所で何を……」

 怪訝な表情で清人の行動を見守った明良だったが、密かに予想した通り清人が件の美女に笑いかけ、二人腕を組んで歩き出したのを見て、はぁ……」と小さく感嘆の溜め息を吐いた。


「さっすが清人さん、女を見る目が肥えてる。これは下手に声をかけなくて正解だったな。邪魔をするなと、強制排除されかねない」

 そうして小さく肩を竦めた明良は、見なかった事にしてその場を離れたのだった。



 それなら何ヶ月か経過し、明良は港に隣接した公園に来ていた。

 海と空が異なる青に輝く絶好の行楽日和に、人出も多く、あちらこちらで披露されている大道芸に人垣が出来ており、それを避けながら明良は機嫌良くカメラ片手に付近を散策していた。


「いや~、今日も絶好の撮影日和だな~」

 そうして進行方向に目敏く美女を発見した瞬間、明良は些かも迷わず彼女に向かって歩き出した。

「うん、天気が良いと美人は益々美人だよな! ここは一つ、俺の美女コレクションの新たな一ページを飾って貰うとしようか……って、おい」

 歩き出したその先に、不意に見慣れた人物が両手に紙コップを持って現れた為、明良は慌てて回れ右をして木の陰に隠れた。そして相手からは容易に自分を発見できないであろう事を確認してから、慎重に顔を出して様子を窺う。

 すると先程目を付けた女性は、やはり清人から紙コップを受け取って何やら楽しげに笑い合っており、明良は自分の推測が正しかった事を悟った。


「……彼女も清人さんの連れだったか。何か一気にテンションが下がったな~」

 ポリポリとこめかみを掻きつつ、明良は色々諦めながら呟き、清人に気付かれないうちにと、さっさとその場から退散したのだった。



 それから暫くして、明良は仕事で房総半島へと足を延ばした。

 首尾良く予定の撮影を終えてから、機材を抱えたまま一人で海岸を散策していた明良は、その日の仕事の出来と日常を忘れさせてくれる雄大な景色に、両腕を広げながら深呼吸する。


「いや~、今日はなかなかの収穫だったな~、風景も美人も」

 砂浜を歩きながら一人「うんうん」と頷きつつ、周囲を見回す明良。

「最後にもう一枚バシッと決める一枚が欲しいんだが……、おっ? いい女! 早速モデルになって貰う許可を……」

 少し先にある、駐車場から海岸に下りる為に設置されている階段を、ゆっくり下りて来る女性に目を止めた明良だったが、少し遅れて下りてきた人物を見てがっくりと肩を落とした。


「はぁ……、また清人さんの連れかよ……」

 うんざりした口調で呟いた明良は、半ば呆れて考えを巡らせた。

(なんだかなぁ……、見かける度違う女を連れてるなんて……。モテるのは結構だと思うし、俺の知った事じゃないけど、とても清香ちゃんには言えないよなぁ……)

 そんな事を考えながら踵を返してその場から立ち去ろうとすると、背後から予想外の声がかかった。


「やあ、明良。久し振りだな。こんな所で仕事か?」

「……ああ、清人さんでしたか。お久しぶりです」

 軽く手を振りながら、彼女を引き連れて笑顔で歩み寄って来る清人に、明良は何とか笑顔を作りながらも、心の中で毒吐く。

(こっちはデートの邪魔をしたら不味いと思ってコソコソ立ち去ろうとしてるのに、あなたはどうしてわざわざ声をかけてくるんですか?)

 しかし口に出しては軽口を叩いた。


「仕事半分、息抜き半分って所ですね。そちらはデート中ですか? 相変わらず美人ですね。こんにちは」

(せっかくの人の気遣いを無にしてくれましたから、少し位困って貰いましょうか? 清人さん)

 愛想良く彼女に笑いかけながらも、意地悪く憂さ晴らしを考えていた明良に、案の定彼女が怪訝な顔を見せた。


「あの……、失礼ですが、何かの間違いでは? 私、あなたにどこかでお会いした事がありましたか? 初対面だと思いますが……」

 そう当惑した彼女に対し、明良が些かわざとらしく謝罪の言葉を口にする。

「ああ、すみません。あなたにお会いしたのは、間違い無く初めてです。ただ……、清人さんが連れ歩いている女性がいつも美人なので、先程の台詞はあなたに対してではなく、清人さんに対して『いつも美人を連れていて羨ましい』と言う意味で言ったんですよ」

「は?」

 それを聞いた女性はピクリと頬を引き攣らせ、その横で黙っていた清人が、静かに口を開いた。


「……ほう? 女性同伴の俺をいつ、どこで見たと言うんだ? 明良」

 その声に、視線を清人に移した明良は、注意深く相手を観察してみた。


(怒ったか? 一見、見た目も口調も至って普通だが……。と言うか、寧ろ面白がってる気がするのは気のせいか?)

 無表情ながら何となく清人の目が笑っている様な気配を察知した明良だったが、内心で首を捻りつつ会話を続けた。


「半年位前の新宿と、二カ月程前の横浜でです。どちらも単なるお知り合いでしたか? それなら彼女だと勘ぐったりして、大変失礼しました」

 現在の彼女に変に追及されないようにする為、逃げ道を残した問い掛けをした明良だったが、そんな配慮など気にも留めず、清人はあっさりと肯定してしまった。


「ああ、確かに当時付き合っていた女性だろうな。見ていたとは知らなかった。デート中でも声を掛けてくれて構わなかったんだが」

「…………」

「あの……、清人さん?」

 清人の台詞に、途端に黙りこくった彼女をチラチラと気にしながら、明良が窘めようとしたが、清人の話は止まらなかった。


「どちらもいずれ劣らぬ美女だろう? 二人とも今はフリーの筈だから、好みだと言うなら紹介してやるぞ?」

「…………」

 段々物騒になってくる気配からわざと気を逸らしながら、明良は恐る恐る疑問を口にする。


「あの……、別れた後も、彼女達と連絡を取り合っているんですか?」

「当然だろう? 何がおかしい」

 平然と言い切った清人に、明良は思わずその場にうずくまりたくなってしまった。

(いや、何がって……、誰がどう考えてもおかしいから)

 自分は常識人だと信じながら、明良は自分が出来る精一杯のフォローを試みた。


「えっと……、でもその人達と比べたら、今の彼女さんの方が美人ですよね?」

(頼むから、ここで肯定して円満に話を終わらせて下さいよ、清人さんっ!)

 そんな明良の切なる願いを、清人は無情に切り捨てた。


「いいや? 容姿で言えば、八番目に付き合った彼女がこれまでで一番美人だ。頭の良さは五番目の彼女で、プロポーションは十九番目の彼女だな」

「あの……、もうその辺で……」

 盛大に顔を引き攣らせた明良にお構いなしに、清人が真顔で続ける。

「性格の良さで言えば十番目だと思うが……、相性で言えば三番目の様な気がするな。微妙だが、そんなところだ」

「そんなところだ、って……」

 淡々と告げられた内容に、明良は完全に絶句した。


(うわぁ……、現役彼女の前で、身も蓋も無い事を言っちゃったよ、この人。しかも平然としてるし。本当に鬼畜だよな)

 そして恐る恐る彼女の方に顔を向けると、案の定、彼女は顔を怒りで赤くした上、全身を怒りで震わせながら清人に向けて右手を振り上げた。


「……っ! 人を馬鹿にするのも、いい加減にしなさいよっ! …………きゃあっ!!」

 清人に平手打ちをお見舞いしようとした女性は、清人が微塵も慌てず流れる様な動作で一歩後ろに下がった為、空振りした挙げ句勢い余って砂浜に無様に倒れ込んだ。それを目の当たりにして、明良は思わず片手で顔を覆う。


(うわ、最悪だし最低だ、清人さん)

 しかし当の本人は、不思議そうに倒れた女性に片手を伸ばす。

「一人で何をやってるんだ? 大丈夫か?」

 その手を叩いて砂まみれで立ち上がった彼女は、憤然としながら絶叫した。


「冗談じゃ無いわ! あんたの様な女ったらしの最低男、こっちから願い下げよ! さよならっ!」

「おい、駅まで送って行くぞ?」

「結構よ!!」

 鼻息荒く女性が立ち去って行くのを男二人はおとなしく見送ってから、どちらからともなく顔を見合わせた。


「……本当に行っちゃいましたね。良いんですか?」

「まあ……、そろそろ別れようと思っていたし、別れを切り出す手間が省けたな」

「そうですか……。それでは俺も失礼します」

 すっかり馬鹿らしくなってさっさと帰ろうとした明良だったが、清人が鋭く呼び止めた。


「ちょっと待て」

「何ですか?」

「さっきも言った様に彼女と円満に別れて、その後も友人付き合いをするのが俺のモットーなのに、初めて喧嘩別れしたんだ。お前のせいだぞ? どうしてくれる」

「俺のせいですか!?」

 言い掛かりとしか思えない主張に明良が仰天して声を上げたが、清人はしれっと言い返した。


「当たり前だろう。お前が余計な事を口にして、からかってきたからだろうが」

「俺は知らん振りをしようとしたのに、声をかけて来たのは清人さんの方じゃないですか!」

 それは明良の精一杯の抗議だったが、ここで冷え冷えとした清人の声が響く。

「明良……、お前、今、何か言ったか?」

「いえ、何でもありません」

 完全に抵抗を諦めてうなだれた明良に、腕を組んだ清人が早速要求を繰り出した。


「じゃあ詫びの印に、新しい女を紹介して貰おうか」

「はぁ……」

「条件としては、そうだな……、弁護士、三十歳代、バツイチで子持ちであれば尚良いな。言っておくが、勿論美人だぞ?」

「あのですね……」

 疲労感を漂わせつつ明良が呻いたが、清人は平然と話を続けた。


「条件に該当する女性を見つけて、一週間以内に連絡を寄越せ。それじゃあな」

 言うだけ言って立ち去ろうとした清人だったが、先程とは逆に今度は明良が清人を呼び止めた。


「待って下さい」

「何だ?」

 不思議そうに足を止めて振り返った清人に、明良が溜め息を吐いてか短く告げる。

「条件に合致する女性を知ってますので、今紹介します」

 それを聞いた清人は、不敵に笑ってみせた。

「……ほう? 流石だな、明良」


 ※※※


「……と言うわけで、仕事上の先輩の奥さんの、友人の弁護士の女性を紹介したんです。年上のバツイチ女性だったので口説きはしなかったんですが、美人だったので先輩の家でお会いした時に名刺を貰っていたので」

 肩を竦めつつ経過を話し終えた明良に、周囲の者達は揃って生温かい視線を向けた。


「突っ込み所が色々ありすぎだ……」

「お前の判断基準って、美女かどうかかよ……」

「清人さんもな……」

「で? 清人さん、今はその女性と付き合ってるのか?」

 興味津々で尋ねてきた修に、明良は小さく首を振った。


「いや……、去年清人さんの仲介で、同業者の弁護士と、共にバツイチ子持ち同士で再婚したって聞いた。『美雪が再婚できたのは佐竹さんのお陰だわ。義理の従兄なんですってね。倉田さんからもお礼を言っておいてくれる?』って件の先輩の奥さんに会った時、笑顔で言われたから」

 それを聞いて、他の者達は微妙な表情と感想を漏らす。


「へぇ……、それはそれは……」

「あらゆる意味でマメだよな、清人さん」

「ああ、別れた後のアフターケアも完璧だ」

「出来るなら……、俺にもせめて、その半分位の配慮が欲しかった」

 そこで急に暗い表情で呻いた浩一に、その場の皆は怪訝な表情を見せた。


「浩一さん?」

「清人さんは浩一さんと仲が良いですし、いつも気配りしてる様に見えますが……」

「ああ、昔から色々庇ってくれるし、大抵は面倒ごとを引き受けてくれるし、時々発破もかけてくれるんだが…………、偶にもの凄く傍若無人で、手段を選ばなくて、酷いとばっちりを受ける羽目に……」

 そのままブツブツと独り言を呟きながら、自分の世界に入ってしまった浩一を眺めた周りの男達は、密かに頭を抱えた。


(うわ……、一体何をやったんだよ、清人さん)

(怖くて内容を聞けないんだが……)

(本当に、良く親友やってるよな)

 そんな事を考えながら目と目を見交わしていると、真澄が席を移動して浩一の所までやって来て、その肩を軽く叩きながら声を掛けた。


「浩一、何自分一人の世界に入ってるの。周りが心配するからほどほどにしておきなさい?」

 その声に、我に返った浩一が、若干照れくさそうな顔を向ける。

「……姉さんごめん。ちょっと昔の事を思い出して」

「因みにどんな事?」

「え?」

 鋭く突っ込んできた真澄に、浩一は顔を引き攣らせた。しかし真澄は構わず質問を続ける。


「そんなトラウマになってる様な事なんて……。何があったわけ?」

「……いや、大した事では。それにトラウマだなんて大袈裟な」

「浩一の様子が変だって言って、彼を締め上げようかしら?」

 無意識に目つきを鋭くしながら真澄が呟くと、浩一が諦めた様に溜め息を吐いた。


「……分かった。さっき口にした内容を話すよ。清人から変な誤魔化し方をされたら、益々変な誤解をされそうだし」

「最初から素直にそう言いなさい」

 その真澄の容赦ない口振りに、浩一は思わず再度溜め息を吐いてから、清人によって引き起こされた、過去の苦い経験を語り出したのだった。



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