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カレイドスコープ  作者: 篠原 皐月
佐竹清人に対する考察
3/25

(2)清香の場合

 それは二週間程前に遡る……。


「あ、あの~、聡さん? 私、こんな高そうな服、また頂く訳には。この前、ホワイトデーのお返しに買って貰ったばかりなんですけど……」

 デート中に立ち寄った店で、例によって例の如く聡や店員に囲まれて服を見立てられていた清香が、ごくごく控え目に異議を申し立てたが、聡は平然と笑い返した。


「ああ、これは遅れた二十歳のお誕生日祝いの分だから気にしないで? その直後に知り合ったから、贈るのをすっかり失念していてね」

「えっと……、二十歳になってから、もう五カ月経過してるんですけど。それなら二十一歳になった時にでも……」

 そんな事をもごもごと弁解する清香を眺めていた聡だったが、ここで真顔で呟いた。

「……何だか段々、この服に合わせたアクセサリーも買いたくなってきた」

「え?」

 冷や汗が流れるのを自覚しながら清香が尋ね返すと、聡はにっこりと笑い返しながらとんでもない事を言い出す。


「何だか、時間が経てば経つ程、買う物が増えそうだね?」

(『増えそうだね?』が『増えるから』に聞こえる! 何かお兄ちゃんに通じる物があるかも……)

 清々しい笑顔を振り撒く聡に、清香は思わず顔を引き攣らせた。と同時に両手に一つずつ持っていたハンガーを見下ろして、本気で途方に暮れる。


(と、取り敢えず、早くどちらかに決めないと、買う物が増えちゃう。うぅ……、どうしよう)

 清香が二枚の服を選びあぐねて困っていると、ショルダーバッグの中で携帯の着信音が鳴り響いた。

「え? ちょっと失礼します」

「ああ、良いよ?」

 ハンガーを二つ聡に預けた清香は慌ただしくバッグから携帯を取り出し、通話ボタンを押して話し出した。


「もしもし、お兄ちゃん、どうしたの?」

「……兄さん?」

 条件反射的に聡が僅かに顔を引き攣らせるのを認めた清香の耳に、清人の困惑気味の声が届いた。

「いや、今何となく清香が悩んでいる様な気がしてな。今、ひょっとして、手にサーモンピンクとペパーミントグリーンの物を持ってないか?」

 その問い掛けに、清香は怪訝な顔で聡の手にある物を見やった。


「確かに持っていて、今聡さんに預かって貰ってるけど……、どうして?」

「何となく、清香がそんな色の物で悩んでいる気がしたものから、電話してみた」

「気がしたって……、あの、お兄ちゃん?」

 戸惑いが最高潮に達した所で、清人が幾分強い口調で言い聞かせてくる。

「悪い事は言わん、サーモンピンクの方にしろ。それじゃあ邪魔したな」

「え? あ、ちょっと、お兄ちゃん!?」

 言うだけ言ってあっさりと清人が通話を終わらせると、清香は半ば呆然としながら携帯を耳から離し、手の中のそれをまじまじと見下ろした。そんな彼女を見て、聡が怪訝な顔で声をかける。


「清香さん、兄さんがどうかしたの?」

「それが……、私がサーモンピンクとペパーミントグリーンの物で悩んでいる気がしたって言われて……。それでサーモンピンクにしておけと……」

 それを聞いた聡は、辛うじていつもの口調で感想を述べた。

「……へぇ、凄い偶然だね」

「お兄ちゃんって、時々物凄く常人離れした所が有りますから。じゃあこっちにします」

「ああ、決まって良かったよ」

 一人納得して片方を選んだ清香に、聡は引き攣った笑みを向けたのだった。


 そして場所は変わり、昼の時間帯に某レストランに聡ともに赴いた清香は、再び危機に直面していた。

「さあ、好きなのを選んで良いよ? どれにする? 決められなかったら、俺が選んでも良いかな?」

「え、えっと……、一応メニューを見てみますので……」

「勿論構わないよ?」

 愛想良く笑う聡の視線から顔を隠す様に、清香はメニューを開いて中を隅々まで確認し始めた。


(うぅ……、ドレスコードが必要な超高級店ではないにしろ、やっぱりそれなりのお値段……。聡さんにお任せしたら滅茶苦茶高額コースになりそうだし、どうしよう……)

 そんな風に困惑していると、バッグの中で再び携帯がメールの着信を伝えてきた。

「……すみません、ちょっと失礼します」

 聡に断りを入れて椅子に置いておいたバッグから携帯を取り出した清香は、送信者の名前を見て戸惑った声を上げた。

「お兄ちゃん? ……え?」

「どうかしたの?」

 そのまま黙って携帯を凝視していた清香に聡が声をかけると、清香は困惑も露わな口調で答えた。


「その……、お兄ちゃんからメールで……、『奢るって言う相手の顔を、変な遠慮して潰すなよ?お前が恐縮する気持ちは分かるが、仮にも一人前の社会人なら、相手が負担に感じる様な最上級コースとかは間違っても注文しない筈だからな。安心して奢られろ』だそうです」

「……はは、それはまあ、一番安い物を頼んだりはしないけど、一番高額なコースを頼んだりしたら、清香さんが負担に思う位分かってるよ?」

 ヒクッと顔を引き攣らせながら聡が応じると、清香が救われた様に聡に笑顔を向ける。

「ですよね? やっぱり良く分からないので、注文は聡さんにお任せします」

「……ああ」

 それから終始笑顔の清香に対し、聡はさり気なく周囲に視線を向けながら、落ち着かない気持ちで食べ終えたのだった。


 昼食を食べ終えて場所を移動した二人は、四季折々の花が整えられている庭園が有名な公園に来ていた。そこを散策しながら、清香が横を歩く聡を見上げて話し掛ける。

「さっきの桜並木、綺麗でしたね」

「ああ、やっぱり桜を見ないと春になった気がしないね。この先にある、ここのバラ園も結構有名なんだよ? 見ごろの時期になったらまた来ようか?」

「はい、是非!」

 互いに満面の笑みを浮かべながらそんな事を会話していると、再度バッグの中から携帯の着信音が流れてきた。


「え? 誰からだろう?」

 怪訝に思いながら携帯を取り出した清香は、ディスプレイに浮かんだ名前を見て、聡に断りを入れる。「すみません、お兄ちゃんからなので出ますね?」

「……どうぞ」

 何とか鷹揚さを醸し出しながら聡が応じると、清香は不思議そうに電話の向こうに向かって問いかけた。


「もしもし、お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、たった今、何となく胸騒ぎがしてな。無事か?」

「無事かって……、いきなり変な事を言わないで。どんな胸騒ぎだって言うの?」

 幾分気分を害した様に清香が言い返すと、清人はいかにも申し訳なさそうに言葉を継いだ。


「その……、清香と一緒にいるそいつの頭の上に、何か落ちる様な気がしてな。何事も無ければそれで良いんだ。デートの邪魔をして悪かったな。それじゃあ」

「あ、お兄ちゃん、ちょっと!?」

「どうしたの?」

 慌てて問い返そうとして憮然とした顔で耳から携帯を離した清香に、聡が不思議そうに問い掛けた。それに清香が溜め息混じりに応じる。


「それが……、聡さんの頭の上に何か落ちる様な気がしたから電話してみたとかなんとか、縁起でもない事を言って一方的に切れまして……」

 ぶつぶつ文句を言いながら清香が携帯をバッグにしまうと、聡は若干乾いた笑いで応じた。


「はは……、兄さんは白昼夢でも見たのかな? それとも仕事が押して寝不足とか?」

「あ、あはは……、そうかもしれませんね。今日は早く寝るように言いますね」

「そうだね」

 互いに何となくぎこちない笑みを浮かべながら、庭園と庭園を繋ぐ小道の上に掛かっている陸橋の下をくぐり抜けた直後、二人の背後で何かが落下した様な異音が生じ、反射的に振り返った。


「……え?」

 その視線の先には、未だクワンゴワンと微かな音を立てて震えている、両手で抱え持つ大きさの金タライが通路の上に転がっており、それを認めた清香と聡は、互いに微妙な表情を浮かべた顔を見合わせたのだった。


 ※※※


「……それで、その音で振り返ったら、通り過ぎた所に大きな金タライが落ちてたんです。多分一段上の所で何かイベントをやっていたみたいですから、偶々陸橋の所から何かの弾みで落ちたと思うんだけど、凄いでしょう!?」

「………………」

 嬉々としてそう訴えてきた清香にその場の全員が無言になったが、互いに顔を見合わせた結果、浩一が代表して尋ねてみた。


「…………清香ちゃん。何がどう凄いのか、教えて貰って良いかな?」

 その問いかけに、清香が驚きを露わにしながら解説を加えた。

「え? だって! お兄ちゃんが最近もの凄く勘が良くなってるのは、私が聡さんと一緒にいる時限定なんです。だから、口では『あれ』とか『あの野郎』とか『ろくでなし』とか色々酷い事を言ってても、心の中では聡さんと血の繋がった兄弟だっていう事を認めてるんだわ!」

 しかしその説明を聞いて、皆は益々清香の台詞の意味が分からなくなった。


「ごめん……、聡君を弟と認めている事と勘が良い事が、どう繋がるのか教えてくれるかな?」

 浩一が申し訳なさそうに再度問い掛けると、清香は真顔で言い聞かせる様に話し出した。


「ですから、タライだって頭に当たったら痛いし下手すれば怪我をするじゃないですか? だからお兄ちゃんが無意識に聡さんの危機を察知して、それを教えてくれたんですよ。『血は水よりも濃し』って本当ですよね~。すっかり感動しちゃいました! 兄弟仲良く語り合うのも、そう遠い未来じゃないです!!」

(それ、どう考えても無理だから。そもそも危険を察知したわけじゃ無くて、寧ろ危険な状態に陥れてるし……)

 清香以外の全員がほぼ同時にそんな事を思い浮かべたが、自分の考えに浸りきって満足げな清香に告げても無駄な事だと分かっていた為、誰も否定しなかった。

 そこで座卓の向こう側から、上機嫌な総一郎の声がかかる。


「おい、清香! 早くこっちに来んか!」

 それに清香が慌てて立ち上がりつつ応じた。

「あ、は~い、今行きます! じゃあ、お祖父ちゃんに呼ばれたから行きますね?」

「ああ、相手を宜しく」

「しつこいけど許してやって?」

「分かってます」

 皆に軽く断りを入れてから笑顔で清香が離れて行くと、他の皆はドッと疲れが出た様な溜め息を吐いた。


「もう、どうにでもしてくれって感じだな」

「何がどうしたら公園で金タライが落ちてくるのか突っ込もうよ……」

「いや、それより、自分経由で清人さんが聡君にえげつなく脅しかけてる事に、清香ちゃん全っ然気付いてないよな?」

「血縁者と認識した故の愛で、感覚が鋭敏になってるわけ無いだろ……。どうして清人さんが自分達のデートを監視してるって発想にならないんだ? 謎だ」

「相変わらずの信頼っぷりだよな。しかし清人さんもやるとやったらトコトンだな。自分の行動の一挙一動を監視されてたなんて分かったら、清香ちゃんがショック受けそうだ」

 正彦がしみじみと漏らした呟きに、玲二が思わず真顔で応じた。


「それは受けるだろうな…………。俺だってあの時、かなりの心理的負担とショックを受けたし」

「え? あの時って、何の事? 玲二」

「どういう事だ? まさか以前、清人に何かされたのか?」

 しかし鋭く姉と兄が突っ込んできた為、自分が何を口走ったかを自覚した玲二は、慌てて笑顔を取り繕った。


「あ、いや~、別に、大した事じゃないから」

「玲二?」

 笑って誤魔化そうとしたものの、真澄と浩一、両者から鋭い追及の視線を向けられた玲二は、潔くこれ以上隠すのを諦めた。


「分かった、話すよ。何年も前の話だし、もう言っても良いかな……」

 そして小さく溜め息を吐いてから玲二が語り出した内容は、他の人間が誰一人として予想していない内容だった。


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