(6)過去からの贈り物
清香と一緒に新郎側親族席に小笠原一家が着席してから、改めて会場内を見回しつつ席次表に視線を落とした勝が、半ば呆れた様に呟いた。
「しかし……、新婦側の出席者の顔触れは納得できるが、新郎側のそれも負けず劣らず凄いな。ざっと見ただけでも経済界の重鎮に、法曹界の人間や若手官僚に、文壇や芸能界で活躍中の面々ときてる。一体どういう経緯で知り合ったんだか……」
「すみません……。私にも、お兄ちゃんの交友関係は謎なんです。と言うか、今回のこれで、謎が一層深まりました」
「そうだろうね」
由紀子を挟んで清香とそんなやり取りをしてから、全員で幾つかの雑談をしているうちに披露宴開始時刻になったらしく、スタッフの手で静かに扉が閉じられた。そして反対側の前方隅に設置してある、細長い演台でスタンバイしていた男性が、マイクの電源を確認してから厳かに披露宴の開始を告げる。
「それでは、只今より佐竹家柏木家の結婚披露宴を開催致します。そちら中央の扉から新郎新婦が入場されますので、皆様拍手でお迎え下さい」
その宣言と共に拍手が沸き起こり、落ち着いたBGMが奏でられる中、開いたドアの向こうで並び立つ白無垢に角隠し、紋付き羽織袴の二人が綺麗に一礼した。そしてゆっくりと前方中央の雛壇に向かって歩き出す。
テーブル横を通り過ぎて行った主役二人を惚れ惚れと見送った清香は、思わず溜め息を吐いた。
「うわ~、やっぱり白無垢も素敵~」
「本当ね。披露宴では花嫁が主役だと相場が決まっているし、お色直しが楽しみだわ」
微笑んで感想を述べた由紀子に、清香も満面の笑みで頷く。
「はい。この後色打掛になってから、ドレスが三着なんですけど、それ以外の着物やドレスも含めて試着した時の写真をみせて貰ったら、どれも素敵でした! 真澄さんは美人で上背もあるから、何を着ても似合います!」
「本当にそうね」
そしてこれからどんな衣装になるのかを清香が熱く由紀子に語っている姿を、丸テーブルを囲んでいる勝と聡が微笑ましく見守っていると、出席者がほぼ到着した為、スタッフに引き継いで受付を引き上げてきた恭子が、目立たないようにやって来て同じテーブルに着いた。
「失礼します」
「恭子さん、お疲れ様です」
「ご苦労様です、川島さん」
「いえ、こちらこそお邪魔させて頂きます」
自分に続いて由紀子まで恭子に笑顔で声をかけ、恭子もそれに応じて会釈したのを見て、清香は不思議に思って問いかけた。
「あれ? 恭子さんはおばさまと知り合いなの? そう言えば受付の時、おじさまも恭子さんの事を知っている感じだったけど」
それを聞いた恭子が、幾分怪訝な表情を見せる。
「あら、先生から聞いていない? 実は私、三月から先生の指示で小笠原物産の営業部に勤務しているの。その勤務前、ちょっとした打ち合わせとご挨拶の為に、社長ご夫妻とお会いしてるのよ」
「え? そんな事、一言も聞いてないんだけど!?」
本気で驚愕の声を上げた清香に対し、由紀子と勝が横から口を挟んでくる。
「そうだったの? 私達はてっきり清人か聡から聞いているとばかり」
「何と言っても、今は聡の同僚だしな」
「……同僚、って、え?」
思わず振り返って聡の顔を見やると、なぜか相手が視線を逸らしており、清香の顔が引き攣った。そして恭子の悪気が無さそうな声が響く。
「先生ったら、引っ越しや今日の準備とかで慌ただしくて、清香ちゃんにこの事を話しそびれてしまったみたいね。小笠原さんや私は、先生や聡さんから聞いていると思い込んでいたし。清香ちゃんも先生の元を離れて、小笠原さんのお宅に下宿し始めたし、タイミングが悪かったのは確かでしょうけど」
「恭子さん……、ほ、本当に? 営業一課勤務?」
恐る恐る清香が恭子に確認を入れたが、恭子はそれに直接答えず、聡の方に顔を向けながら、どこか楽しげに声をかけた。
「そうですよね? 角谷さん?」
「…………はい」
わざとらしく聡が職場で使用している通称で呼びかけた恭子の問いかけに、聡は軽く項垂れつつそれを認める返事をした。その様子を見て、清香は内心で悲鳴を上げる。
(聡さん、何か顔色が悪い。職場で現在進行形で色々あるんじゃ……。今まで秘密にされてた事も含めて、絶対お兄ちゃんの裏の意図を感じるんだけど!?)
そうは思ったものの、当事者の一人である恭子がいる席で問いただす事も出来ず、清香は新郎妹として、披露宴の終了まで笑顔を保つ事に集中する事にした。
披露宴の予定開催時間は四時間強と、一般的なそれより長時間の設定がされていたが、変に間延びしたり退屈な祝辞のみがダラダラ続いたりはせず、順調な滑り出しを見せていた。
それは絶妙なタイミングで少量ずつ料理や飲み物を配るスタッフの目配りや、熟練の司会者の手腕によるものも大きかったが、それより何より絶妙な間隔を空けて次々繰り出される演出に、出席者一同感嘆したり笑いを誘われていたからである。
「どうして酒樽が四つも出てきたのかと思ったけど……」
「ゲスト扱いで出なくて、本当に助かったな」
前方の空いているスペースに酒樽が運び込まれ、和装の新郎新婦と司会者から指名を受けた招待客が一樽に二・三人ずつ付き鏡開きをしたのだが、息を合わせて蓋を木槌で割って開封した途端、中の一つから大量の白煙と共にキラキラと輝く物が噴出し、一時会場は騒然となった。しかしすぐに単なる演出分かり、由紀子達の様なしみじみとした感想と失笑がそこかしこで漏れていたが、さすがに看過できなかった聡が清香に問いかける。
「いや、確かに大した害はないかもしれないけど、それにしたって! あの樽に付いた人達、柏木産業の重役さんとか、沢木工業の社長とか、青原コーポレーションの会長だよね? ラメや紙吹雪まみれにしてしまって良かったの?」
「ロシアンルーレット形式は、さすがに止めた方が良いと私も言ったんですけど……。お兄ちゃんも真澄さんも、自分達は運が良いから、絶対当たらない自信が有るとか言って……」
「あの、それ絶対論点がずれてるから」
清香がもじもじと弁解がましく口にした内容に、聡は激しく脱力したが、驚愕の演出は勿論それだけでは終わらなかった。
お色直しを経て色打掛に変更してから、前方のテーブルに設置したキャンドルに主役二人が点火すると、そこに設置されていたハートやら天使やらのフレームに沿って燃えるだけかと思いきや、いつの間にか這わせていた導火線を伝って炎が天井まで燃え上がり、更に会場の上方を縦横無尽に伝って、星や花などの模様を照明を落とした暗い会場内で無数に華やかに浮かび上がらせたのだった。
「ちょっと驚いたわ。凄いわね……、メッセージが燃え上がる位だったら、まだ平気だったけど」
「派手なシャンデリアに隠れて、導火線を這わせて有るのが全然分からなかったな」
「というか! 頭の上から火花が散ってくるって危ないだろ!?」
心底感動したらしく呑気な感想を口にした両親に聡は噛みついたが、清香が慌てて弁解する。
「えっと、あの……、これは火花が熱くならない特製だそうですから、触っても大丈夫です! ほら!」
「そういう問題じゃなくて……」
そこで立ち上がり、火花に手を伸ばして握りこんだ清香を見て、一気に疲労感が増したらしい聡を、恭子は僅かに気の毒そうに見やった。
そして更に真澄が深い蒼色のカクテルドレスと清人がグレーのタキシードにお色直しをした後も、その手の派手な演出は続いた。
「シャンパンタワー自体は見た事があるけど……、あんなに高くまで積み上げたのを見たのは初めてだわ」
「スタッフの執念と心意気を感じるな。新郎新婦が上っている階段も、特注だろう」
既に感心するのを通り越し、微妙に呆れた口調で述べ合う両親と同様に、ピラミッド形に十五段積み重ねられたグラスの頂上部分へと景気良くシャンパンを流し注いでいる兄夫婦を見ながら、聡は素朴な疑問を呈した。
「何でグラスは透明なのに、注いでいるうちに上から下に向かってグラデーションで色調が変化してるんだろう? 照明の当て方とか?」
「え、えっと……、何かグラスに特殊な試薬を仕込んで、イオンとかpHの変化で見た目の色が変わるみたいで。でも流れているうちにどんどん混ざって、最終的にまた本来のシャンパンの色に戻るとか……」
「それじゃあ飲めなくなるじゃないか。シャンパンを何本空けたんだ? 全く。あまり正気を保っていたくないから、こっちに少しよこせ」
控えめに種明かしを述べた清香から僅かに視線を逸らしつつ、聡は幾分やさぐれながら、手にしていたグラスの中身を煽った。
そんなこんなで招待客の度肝を抜く演出が、祝辞や食事の間に切れ目なく続き、お色直しを三回経て祝宴も終盤に差し掛かった辺りで、聡が徐に清香に問いかけた。
「清香さん……」
「はい」
「さっきから思ってたんだけど、色々な意味で派手な演出が目白押しだよね?」
一応控え目に言ってはみたものの、聡の言いたい事は清香に十分伝わったらしく、清香が勢い良く反論してくる。
「こっ、これでもお兄ちゃん、結婚早々離婚されるのを回避する為に頑張ったんだから! 宝塚系の電飾衣装とか、二人の出逢い再現寸劇とか、スモークゴンドラ登場とか、他にも色々却下させて! その他にも会場の都合で断られた物が有ったらしいけど!」
「……そうなの」
「それはそれは……」
思わず呟いた両親の反応は無視し、聡は再度確認を入れた。
「じゃあ、今までのって、兄さんや真澄さんの趣味じゃ無いわけだ」
「当たり前ですっ!」
「それなら誰の意向?」
首を傾げつつ聡が尋ねると、清香は「うっ……」と言葉に詰まってから、物凄く言いにくそうに言葉を絞り出す。
「それが、その……、お母さんと玲子伯母さんと、佐和子おばあちゃんの希望がベースで……。それでお兄ちゃんも無碍には断れなくて、真澄さんと結構揉めちゃって……」
「…………」
自分の発言のせいで、自分のテーブル付近だけ静まり返ってしまったのが分かった清香は、心の底から申し訳なく思いながら頭を下げた。
「すみません! 何か招待客の皆さんが呆れちゃって、さっきから親族席の方に向けられる視線が、何となく生温かいというか、いたたまれないというか……。おじさま達にも肩身の狭い思いをさせてしまったみたいで」
先程から感じていた事を口に出して清香が謝罪すると、由紀子と勝が苦笑いで宥める。
「それは清香さんが気にする事じゃ無いから良いのよ?」
「そうだとも。やはり故人の遺志は尊重しないとな」
しかしそこまで寛容になれなかった聡は、思わず疑念に満ちた声をかける。
「……嫌がらせの一環じゃ無いよね?」
「多分……」
若干自信なさげに聡に応じてから、清香は隣に座る恭子に向き直った。
「恭子さんもすみません。『新郎親戚』の肩書きで同席して貰ってますから……」
「気にしないで、清香ちゃん先生の下で働き始めてから、羞恥心とか常識とか自己保身なんてものは、綺麗さっぱり捨ててるから。そうでなければ『十代二十代先祖を遡れば、日本国中二十親等位の親戚だらけになってるぞ』なんて放言して私を親戚扱いにするスチャラカな人に、一々付き合っていられないもの」
「……ご苦労かけてます」
謝罪したものの恭子に明るく笑い飛ばされてしまった清香は、却って気が重くなってしまった。
そんなこんなで披露宴は順調に進行し、ケーキカットを行う事になった。
「さて、次はケーキ入刀及びファーストバイトに移りますが、ケーキの最後の仕上げは新郎にして頂く事になっております。その理由について、今から新郎様よりご説明がございます。それでは新郎様、宜しくお願いします」
「はい」
「清人?」
司会に促されて立ち上がった清人を、真澄は怪訝な顔で見上げた。
(普通のケーキカットじゃないの? そんな話、全然聞いていないんだけど?)
その視線を受けた清人が真澄に軽く微笑んでから、スタッフから渡されたマイクを片手に静かに語り出す。
「少しお時間を頂きます。実は私の早世した父は調理師だったのですが、最近父が残したレシピ集の中に、私と妻の名前入りのウェディングケーキのレシピが入っているのを発見しました」
「え?」
予想外の話を聞いて思わず小さな驚きの声を上げた真澄に一瞬視線を向けてから、清人は説明を続けた。
「実は今回の披露宴の演出は、自分達がまだ学生の頃に、勝手に二人が結婚する事を前提に、義理の母と柏木の義母と、当時懇意にしていた近所の女性が纏めたものがベースとなっております」
「おいおい、何年前の話だよ」
「お母様達、ご慧眼ですこと」
そこで清人が一旦言葉を区切ったのを受けて、会場から冷やかしや笑い声が上がる。それが静まってから清人が話を続けた。
「レシピに記載された日付を見ても、その披露宴案ができた日付から、そう大して時を置かずに書かれた物なのが分かります。これは私の推測ですが、おそらく義母からこの話を聞いた父が除け者にされたといじけて、『それならケーキは俺が作ってやる』と対抗して案を作ったのだと思われます」
清人が笑いを堪える様な表情でそう告げた為、会場からも小さな笑いが漏れた。そして静けさが戻ってから、清人が感慨深く言葉を続ける。
「生憎、父は私にそんな事を一言も漏らしませんでしたから、父が亡くなった後纏めてしまい込んだレシピの中に、そんな物が入っているなんて、夢にも思いませんでした。しかし今回結婚を期に住居を移転する為、処分出来るものは徹底的に処分しようと父の遺品を再確認する過程で、これを発見できた次第です。ちょうど披露宴の準備期間中に、それを発見出来たのは僥倖でした。この偶然は死んだ父の『これを使ってくれ』という遺志とも思えた為、それに沿って作る事に致しました」
そしていつの間にか静まり返った会場内の湿っぽい空気を払拭する様に、清人が明るく清香に向かって声をかけた。
「……ああ、清香。ついでっぽくお前の分のケーキのレシピも作って有ったぞ?」
「えぇ? お兄ちゃん、それ本当?」
思わずガタンと音を立てて椅子から立ち上がりながら清香が声を上げると、清人はニヤリと笑いながらその詳細を述べた。
「ああ。俺達のは二人の名前入りで長方形一段のアメリカ式の物だが、もう一つはお前の名前だけ入った三段スクエアのイギリス式だ。近所のケーキ店のショーウィンドーの前を通る度、お前はディスプレイされてた三段重ねのケーキを指差して『清香あれが食べたい!』って言ってただろう? だからそれになったんだな。良かったな、今なら全部食べても腹は壊さないと思うぞ?」
「おおおお兄ちゃん! 全部なんか食べないわよ! それにあれ、キラキラで可愛かったから欲しかったんだし!」
顔を真っ赤にして狼狽する清香の様子を見て、会場中から笑いが巻き起こった。それに満足した様に、清人が悪戯っぽく付け加える。
「実はお前の引き出物用の袋に、そのレシピが入れてあるんだ。落とさず持って帰れよ?」
「落とさないわよっ!」
腹立たしく叫んで、恥ずかしさでテーブルに突っ伏した清香を、笑いを堪える表情で由紀子と恭子が両脇から宥めているのを認めて、清人は真顔に戻って脱線した話を戻した。
「私は料理は一通りできるので、可能なら自分で作りたかったのですが、ここまでの大きさと本格的なケーキは作った事が無い上、出席者の皆さんにお配りする以上、何か問題が生じてもいけません。加えて素人が手製の生ケーキを持ち込んだり、厨房に入り込むのはホテルの厨房スタッフにとっても困る事態になりかねませんので、ここのスタッフにレシピに忠実に作って頂いて、この場で仕上げをさせて頂く事になりました。お見苦しい点が有るかもしれませんが、どうかご容赦下さい」
そうして清人がマイクを置いて一礼すると、了承する様に拍手が沸き起こった。そして雛壇と最前列のテーブルとの間に次々に大きなワゴンが運び込まれ、その中の一つに幅一メートルはあろうかという、生クリームでコーティングされた長方形のケーキが乗せられているのを認めた真澄は、横に立つ清人を仰ぎ見た。
「清人、あなたできるの?」
「こっそり練習したから大丈夫だ」
スタッフにジャケットを脱がせてもらい、袖口のカフスボタンを外してシャツを肘まで捲り上げながら自信たっぷりに応じた清人に、真澄は呆れて溜め息を吐いた。
「全く……、どこまで秘密主義なのよ」
そんな彼女に小さく笑いかけてから清人はテーブルを回り込み、一段降りてワゴンの前に立った。そして調理場のスタッフである白衣の人物と軽くやり取りをして受け取った、使い捨ての薄いプラスチックグローブを手に填める。そしてテーキの横に用意されたステンレス製のバットに手を伸ばした。
清人の作業風景は専門の撮影スタッフが斜め上からカメラで捉え、それが中央のスクリーンに映し出されていたが、そこには躊躇いや無駄のない清人の手の動きが鮮明に映し出されていた。
適当にカットされたイチゴやオレンジに加え、ブルーベリーなどで次々に花を模した形で四隅が埋め尽くされ、緑色で形成された葉や茎型、薄水色の鳩型のマジパンが周囲にアクセントを付けていく。加えて紙吹雪を模したらしい、ごく小さな立方体の色とりどりのゼリーやアザランを五月蠅くない程度に散らしてから、清人は金型の付いた白い絞り出し袋を手に取った。
周囲に均一に、途切れさせずにクリームを絞り出していくのは素人にはなかなか難儀だと思われる作業も、清人は滑らかな動きであっさりとやり遂げ、次いで細めの袋を手に取った。そして仕上げとばかりに中央に空いたスペースに、チョコで一気にメッセージを書き上げる。白いケーキ上に≪Happy Marriage Kiyoto & Masumi≫の文字が記され、清人が絞り袋を横に置きつつ司会者に頷いてみせると、彼は落ち着き払ってスタッフに指示を出しつつ出席者に呼びかけた。
「それではケーキが完成しましたので、こちらのお父様のレシピのイラストと並べ比べてみたいと思います」
そう言って司会者が手にしていたレシピを、先程清人の作業を撮影していたスタッフとは別のカメラマンが撮影し始めると同時に、スクリーンが上下二つに分割された。そしてレシピのイラストと、つい先ほど完成したケーキの画像を並べて目にする事になった会場の者達は、皆一様に唸って感嘆の声を上げる。
「うおっ、すげぇな」
「まさに、寸分違わずだぜ」
「やってくれるな、清人」
「何も見ないで、ここまで同じ様に作れるわけ?」
「さすがね。半分呆れたけど」
会場が少しざわめいてから、誰からともなく拍手が生じた。しばらく続いたそれに会釈しつつ清人が服装を整えている中、真澄がスタッフの手を借りてドレスの裾を気にしながら、ゆっくりテーブルの前へと進み出る。そして黙って自分を見つめてきた真澄に、清人は軽くケーキを指し示しながら明るく笑う。
「ほら、真澄。親父からの結婚祝いだ。直に作っては貰えなかったし、本来の物とは若干違うと思うがな」
そう言われて、何か口にしたら泣き出しそうで我慢していた真澄は、俯いてレースの手袋で軽く目頭を押さえながら、涙声で礼を述べた。
「……ううん、それでも良いの。本当に叔父様に祝福して貰ったみたいで、凄く嬉しい」
「そうか」
優しい声で頷いた清人はそのまま十数秒真澄の様子を観察し、何とか涙が収まったのを見て司会者に目配せを送った。それを受けてから心得た彼が、主席者に呼びかける。
「それではケーキ入刀に移ります。ご夫婦での初の協同作業を撮影されたい方は、前方にお集まり下さい。ファーストバイト後は一旦このケーキは引き上げさせて頂きまして、最後のデザートに添えさせて頂きますのでお楽しみに」
それを受けて嬉々として数人がカメラ片手に立ち上がり、前方に向かって歩き始めたが、ここで会場の反対側の方から、良く響く声が届いた。
「でもさ~、司会者さ~ん」
「はい?」
呼びかけられ、思わず反射的に司会者が答えると、新婦側親族席から玲二がどう見ても面白がっているとしか見えない笑顔で、わざとらしく声を張り上げた。
「確かにその二人、今日は同時だけど別々に叩いたり点火したり注いだりしたてけどね~、実はとっくに協同作業なんて済ませててさ~、姉貴のお腹にもう結果が居るんだけどな~、二人ほど~」
その発言に、会場中が一瞬不気味なほどに静まり返ってから、物凄い爆笑に包まれた。
笑いの差こそあれ、老若男女関係なく「違いない!」「そうだな、初じゃないよな」「結果はもう出てたわね」などと口々に言い合って盛り上がる面々を前にして、真澄の怒りが一気に振り切れる。
「玲二!! 余計な事は言わないで! ……ちょっと清人! あなたまで何一緒になって笑ってるのよ!?」
「すまんっ……、何かツボに入った……。腹が痛い……」
自分と一緒に憤慨しているかと思いきや、左腕で自分の腹を抱えるようにし、右手で口元を覆って必死に笑いを堪えているらしい清人に、真澄が怒りを炸裂させた。
「あのね! お腹抱えてないで、さっさと進めるわよ!」
「分かった、分かったから、頼む……、ちょっとだけ待ってくれ」
そうして清人は何とか平常心を取り戻してから、怒りと羞恥心で顔を朱に染めた真澄と共にケーキカットを行った。そして冷やかす声が飛び交う中、一口サイズに切り分けたそれを互いに一切れずつ食べさせ合ってから、満足そうに真澄の手を引きつつ席に戻ったのだった。