(3)父の感傷
「……うわぁぁっ! 真澄さん、綺麗っ! 素敵! とっても似合ってるっ!」
新婦控え室に入ってきて、真澄の純白のウエディングドレス姿を視界に入れた途端、胸の前で両手を組み、瞳をキラキラさせて感嘆の声を上げた清香に、真澄は自然に笑みを浮かべて礼を述べた。
「ありがとう、清香ちゃん」
「うん、やっぱりウェディングドレスは白だよねぇ」
椅子に腰掛けている真澄の周囲をぐるっと一回りしてから、改めてしみじみと清香が感想を述べると、真澄が彼女を見上げながらちょっと悪戯っぽく尋ねる。
「清香ちゃん、自分も今すぐ着たくなっちゃった?」
「う、うえっ!? い、いえ、そんなんじゃ……、それは確かに、いつかは着たいけどっ! あ、えっと、それってやっぱりオーダーメイドなんですか? お腹が全然目立たないし」
恥ずかしくなったのか慌てて誤魔化しつつ話題を変えてきた清香に、真澄は笑いを堪えながら答えた。
「いいえ、レンタルなのよ」
「あれ? そうだったんだ。意外」
てっきりオーダーメードだと思っていた清香が不思議そうな顔をした為、真澄は苦笑気味にその理由を述べた。
「最初は急いで作って貰おうかと思ったんだけど、今日の時点でどういう体型になるのか正確に分からないからデザインする側も困ってしまってね。変に締め付けるよりは、予め妊婦用のドレスを準備した方が良いだろうって事になったの。だからコルセットもしていないし、凄く楽よ?」
そう言ってにっこり笑った真澄に、清香は納得した様に頷いた。
「そうなんだ……、でも妊婦用って言っても全然違和感無いから、今時のドレスって凄いなぁ……。尤も元々真澄さんの体型が、スリムだった事もあるんだろうけど」
清香のそんな感嘆の呟きに、玲子の笑いを含んだ声が重なる。
「真澄は上背もあるから、それに合わせたドレス探しも一苦労でね。最近ではデキ婚も流行っているから、妊婦用のウエディングドレスは結構レンタル市場にも出ているけど、今回担当者の泉水さんには随分骨を折って貰って、着たいドレスのイメージに合うものを全国からかき集めて貰ったのよ?」
「『私が着たい』のではなくて、『お母様が着せたい』の間違いじゃないんですか?」
皮肉っぽく真澄が口を挟んだ所で、左胸に『泉水』と記載のあるネームプレートを付けて真澄の後方に立っていた、ここのホテルの制服である紺色のスーツに身を包んだ三十前後に見える女性が玲子に軽く会釈し、穏やかな笑顔で真澄に声をかけた。
「それが私の仕事ですので。……ところで新婦様、体調は大丈夫でしょうか?」
「ええ、今のところは問題ありません」
「もし万が一、異常があった時は、すぐに仰って下さい。今日一日ここのホテル内に産婦人科医と内科医と外科医に待機して貰ってますので、すぐ診察して貰います」
泉水が真顔で申し出た内容に真澄は感謝の気持ちを込めて頭を下げたが、すぐに怪訝な表情を見せた。
「ありがとうございます。……でも産婦人科医と内科医は分かりますけど、どうして外科医まで手配をしたんですか?」
「新郎様からの指示です。新郎様が『参列者に陽気な酒飲みが多くて、羽目を外しそうだと思いましたので予防措置です』と仰って納得したのですが、続けて『実は妻を無遠慮に眺め回す様な気に入らない奴を陰で殴り倒すつもりですが、さすがに死なれたら拙いので適当に処置して欲しいので』と笑って仰ったので、同席していた他のスタッフと一緒に、微笑ましくて思わず笑ってしまいました」
その時の事を思い出したのか泉水は小さく笑ってしまったが、真澄は僅かに顔を引き攣らせた。
「……清人がそんな事を?」
「はい。殴り倒す云々は冗談にしても、きっと本心では綺麗な新婦様を誰の目にも触れさせたくないんですよ。なかなかお茶目な新郎様ですね?」
「…………はぁ」
真澄は微妙に強張った笑顔で何とか泉水に相槌を返したが、清香は思わず二人から目を逸らして心中で呻いた。
(違う……、冗談じゃなくてお兄ちゃん絶対本気だわ。全然お茶目じゃないし笑えない……)
そして真澄の笑顔が本格的に固まる前にと、半ば強引に話題を逸らす。
「と、ところで玲子伯母さん。皆はどこに居るんでしょうか?」
「どうしても新婦の方は支度に時間がかかるから、先に清人さんをからかいに行ってるって言ってたわ」
「ついさっき、真澄ちゃんの支度が済んだと伝えて貰ったから、そろそろ押し掛けてくるんじゃないかしら?」
「そ、そうですか」
そうして伯母達が式や披露宴について笑いさざめいているのを見て、清香はコソコソと再度真澄に近付いた。
(よし、それじゃあ今のうちに……)
そして体を屈めて真澄の耳元に口を寄せる。
「真澄さん、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「あら、こんな所でなあに? 清香ちゃん」
急にひそひそ話をされて真澄が少し驚いた顔を見せたが、同様に声を潜めて尋ね返した。すると清香が恐縮気味に話を続ける。
「あの……、ブーケトスってするんですよね? その……、こんな事お願いするのは、狡いみたいなんですけど……」
そこで清香は言いにくそうに口ごもったが、長い付き合いである真澄は、全て言われなくても容易に察した。
「大丈夫、分かってるわ。ちゃんと清香ちゃんの所目掛けて投げてあげるから安心して?」
「本当に!?」
途端に目を輝かせた清香に、真澄も目元を緩ませて微笑む。
「ええ。だって式の参列者では清人の方は独身女性は恭子さん位だし、私の友人達は粗方既婚者だし。母方の従姉妹達にも殆ど未婚者は居ないもの。だから元々清香ちゃんの方に投げてあげるつもりだったのよ?」
「そうだったんだ。良かった~」
「でも競争率が少なくて、取る醍醐味が無いかしら?」
真澄はそんな事をちょっと意地悪く言ってみたが、清香は満面の笑みで首を振った。
「ううん、そんな事無い! 一度受け止めてみたかったの! ありがとう、真澄さん!」
「どういたしまして」
そこで何気なく清香の淡いピンク色のドレスを眺めた真澄は、小さく首を傾げながら尋ねてみた。
「ひょっとして……、今日の衣装、咄嗟に動き回れる様に、振袖じゃなくてフォーマルドレスにしたとか?」
「…………う、うん」
ここで僅かに頬を染めながら若干居心地悪そうに視線を逸らした清香を見て、真澄は堪えきれずに小さく噴き出してしまった。
「ふふっ……、本当に清香ちゃんは可愛いわね」
「あ、でもこの事はお兄ちゃんには絶対内緒でお願いします」
「あら、どうして?」
急に真剣な顔付きで口止めをしてきた清香を真澄は不思議そうに見やると、清香はすこぶる真面目な顔で理由を説明した。
「だって、正直に『ブーケを取りたい』なんて言ったら、『清香を次に嫁になんか行かせるか』って怒って、真澄さんからブーケを取り上げそうだから」
その訴えを聞いた真澄は、再度噴き出してしまった。
「清人ならやりかねないわね。分かったわ。これは女同士の秘密ね?」
「はいっ!」
そんな風に真澄と清香の間で密約が交わされた所で、賑やかな一団を引き連れた、白いタキシード姿の清人が姿を現した。
「……真澄、支度が出来たそうだが」
愛想良く声をかけてきた清人に、真澄も笑顔で心得た様に頷く。
「ええ。先に写真を撮っておくのよね。今から?」
「いや、十分後に移動するぞ。しかし……」
そこで言葉を途切れさせ、真澄の姿をしげしげと上から眺め下ろした清人に、真澄は些か不安になって尋ねた。
「何? どこか変かしら?」
その問いかけに、清人がニヤリと楽しそうに笑いながら言ってのける。
「いや、真澄は元々美人だが、今日は五割増しで綺麗だ。部屋に閉じ込めて、誰にも見せたくないなと思ってな」
「だから、そういう事をサラッと言わないで」
「どうしてだ? 本当の事だろうが」
「もう…」
動揺している真澄の耳元で、今度は先程の清香の様に清人が何やら囁き、真澄は益々顔を赤くする。それを見て清香や玲子達は笑いを堪え、清人にくっ付いて移動してきた面々が今日の主役二人を冷やかしたり茶化したりと、一気に室内は賑やかになった。
その後写真撮影を終わらせ、少し休憩してから真澄はゆっくりと式場となっている、ホテル中庭に設置されているチャペルに移動を始めた。
列席者は既に入場済みで、真澄は介添え役の泉水とエスコート役の雄一郎と一緒に進む。そしてチャペル内に入ってから、更に大きな扉の前で足を止めると、中から微かにパイプオルガンの音色と歌声が伝わってきた。その扉に手をかけながら、泉水が真澄と雄一郎に声をかける。
「それでは扉が開きましたら、お二人で一礼してからゆっくりと祭壇の方にお進み下さい。リハーサル通り、歩幅と動きを揃えてお願いします」
「はい、分かりました」
「…………」
すぐさま応じた真澄だったが、何故か雄一郎は微動だにせず、黙り込んだままだった。それを不審に思った真澄が声をかける。
「お父様?」
「…………分かっている」
娘の問いかけに雄一郎は低く呟きで応じ、真澄に向けて右膝を突き出した。それを受けて真澄が微笑みながら父親の腕に自分の腕を絡め、静かに前に向き直る。
そして泉水が左側と、会場担当らしいスーツ姿の男性が右側の扉をタイミングを合わせてゆっくりと押し開くと、真澄達の前に祭壇へと続くバージンロードが現れた。それを見た瞬間、雄一郎の目元がピクッと僅かに引き攣ったが、それに誰も気が付かなかった。
「どうぞ、一礼してお進み下さい。……あの、柏木様?」
「お父様? あの……、どうかしたの?」
「……………」
しかし入口で立ち尽くしたまま無言を貫く雄一郎に、泉水も幾分焦った様に、チャペル内に響かない程度に声を潜めながら問い掛けた。
「お父様、ご気分が優れませんか?」
しかしここでいきなり雄一郎が乱暴に腕を振り解き、両手で真澄の肩を掴んで叫ぶ。
「真澄!」
「は、はい」
何事かと多少狼狽しながら応じた真澄に、雄一郎はとんでもない事を言い出した。
「やっぱり嫁に行くのは止めろ!」
挙式の為、今まさにチャペルに入場しようと言う所で、真顔でそんな事を言われてしまった真澄は、一応確認を入れてみた。
「あの……、嫁に行かずに、既に婿を取っているんですが、お忘れですか?」
「お父様、落ち着いて下さい!」
生憎と真澄程は冷静でいられなかった泉水が、顔を青ざめさせながら小声で雄一郎を宥めにかかったが、それすら耳に入らない様子で取り留めのない事を喋り始めた。
「お前が三十過ぎても、浮いた噂一つ無いのを心配して、色々嫌味っぽい事も言っていたが、実は真澄は私の傍に、ずっと一緒に居てくれそうだから、それならそれで良いかと思っていたんだ。変な男に持っていかれるよりは、行かず後家の方が百倍マシだ」
「……そうですか。それではやはり清人が気に入らないと仰るんですか?」
疲れた様に真澄が確認を入れたが、雄一郎は血走った目で叫ぶ。
「清人だろうが誰だろうが、渡すのは嫌だ。お前は私の娘なんだ!」
「よりにもよって、どうしてこの場面で錯乱するんですか……。取り乱すなら、もっと早く取り乱して下さい。お願いですから」
真澄は肩を掴まれたまま天井を仰ぎ見て溜め息を吐いたが、その頃にはチャペル内で異常に気付いた参列者達がざわざわと騒ぎ始めていた。
「……おい、何か入口で揉めてるぞ?」
「伯父さん……、この期に及んで往生際が悪い……」
「この場だからじゃないのか? こういう真澄さんを文字通り引き渡すシチュエーションで、怒りがぶり返したとみた」
「これまで何食わぬ顔して、真澄姉達のバカップルぶりに結構ストレス溜め込んでたのか? そう思えば気の毒だな」
「気の毒なのはホテルのスタッフだぜ? 皆顔が真っ青だぞ」
恐らく担当者が動揺しながらも、延々とオルガンの演奏と合唱を続ける中、新婦側の参列者席ではそんな会話が交わされていたが、新郎側参列者席でも後方の出入り口を眺めながら、清香が緊張気味の声を出した。
「……さ、聡さん」
「何? 清香さん」
新郎側席最前列で、清香が必死に祭壇の方に目を向けない様にしながら囁く。
「お兄ちゃんの顔、怖くて見られない」
その訴えに、聡はチラリと立ち尽くしている清人の様子を窺ってから、清香同様出入り口の方に視線を向けながら囁き返した。
「……俺だってだよ。笑顔を保ってるのに、目が微塵も笑ってないし。暫く見なくて良いから」
「そうするわ」
チャペル内のそんな動揺が手に取る様に分かっていた真澄は、困りながらも考えを巡らせる。
(本当に、しょうがないわねぇ……。清人の笑顔がここから見ても険悪になってきてるし、私が何とかするしかないか)
そして真澄は雄一郎に朗らかな笑顔を向けながら、先程の雄一郎のそれを上回る爆弾発言を繰り出した。
「お父様。それほど仰るなら、清人と別れましょうか?」
「は?」
「え? あの、新婦様!?」
予想外の事を言われて完全に虚をつかれた雄一郎と、狼狽著しい泉水に構わず、真澄は落ち着き払って話を続けた。
「良いですよ? 離婚届を出して、お父様に納得して貰いますから。お父様を怒らせたり、悲しませたりできません」
「真澄……」
そこで、軽く目を見開いて固まった雄一郎に、真澄は茶目っ気たっぷりの笑顔で付け加えた。
「ただし……、お父様の気が済んだら、またすぐ婚姻届を出しますからね?」
「は? いや、女性は離婚したら半年は再婚出来ないんじゃ……」
半ば呆然としながらもごもごと口を挟んだ雄一郎に、真澄は笑みを深くする。
「その規定は、産まれる子供が誰かを明確にする為の規定なので、離婚した相手と復縁する場合に限っては、離婚直後でもすぐ再婚出来るんです。ご存知無かったですか?」
「あ、ああ」
そして何とか動揺を抑えた雄一郎が、苦笑いしながら真澄に確認を入れた。
「……結構嬉しい事と酷い事を、同時に言われた気がするな。私の意向を汲んではくれるが、結局清人の所に行くと言っているんじゃないか」
「分かって頂いて何よりだわ。だけど私は香澄叔母様よりは温厚よ? お父様が何を言って何をしても、親子の縁を切ったりしないから安心して? 清人とは別れたら他人ですが、お父様とは死ぬまで父娘ですから」
笑顔でそんな事を言ってのけた真澄に、雄一郎は笑みを深くして真澄の肩から両手を離した。
「そうか……、別れたら他人になる清人とは違って、私達はずっと父娘か」
「はい」
(正確には養子縁組してるから、それを解消しないと他人にはならないけどね。お願いだからチャペル内の人に、今のやり取りを聞かれてませんように。別れる云々の話なんか耳に入れたら、清人が激怒するわ)
雄一郎に笑顔を向けながら、真澄が密かに冷や汗を流していると、雄一郎が微かに笑いながら呟いた。
「分かった。じゃあ私がどうしても我慢できなくなったら離婚してみてくれ」
それを聞いた真澄は、少し意地悪く尋ねてみる。
「取り敢えず今日は良いんですか?」
「そうだな。今日は良いかな?」
「良かったわ」
そうして再び笑顔で差し出してきた雄一郎の腕に自分の腕を絡め、真澄はチャペル内に向き直った。そして如何にも安堵した様に、真澄のドレスの裾を直しながら、泉水が声をかける。
「それでは新婦様、お父様、一礼して中へお進み下さい」
その指示に従い、真澄と雄一郎は綺麗に揃って一礼してから、ゆっくりとバージンロードを進み始めた。明らかにチャペル内にホッとした空気が流れ、幾らもしないうちに祭壇前へと辿り着く。
そして微妙な笑顔で雄一郎から清人へと真澄が引き渡され、二人でゆっくりと一段高い所へと上がった。それから滞りなく式が進行したが、神父の祝いの詞を聞きながら、清人が横に立つ真澄に前を向いたまま低い声で尋ねる。
「真澄。さっきお義父さんに何を言われていたんだ?」
「別に? 大した事じゃないわ」
「そうか?」
「ええ」
白を切った真澄に、清人はそれ以上無駄に尋ねたりはせず、一人考えを巡らせた。
(どうせ娘可愛さに血迷って、結婚を止めろとか、考え直せとか言われたんだろうな。真澄がそれをどうやって宥めたのやら……。何となく想像はつくが)
(お父様の気が済むなら清人と離婚しても良いって言ったなんて、とても正直に言えないわ。清人が知ったらお父様に何らかの報復措置を取りそうだし。後からお父様にも口止めしておかないと)
一方の真澄もそんな事を悶々と考えている間に、宣誓や指輪の交換が終わり、神父が厳かに二人に促した。
「それでは誓いのキスを」
「はい」
「五分三十二秒」
「は?」
真澄は素直に頷いたが、何故か意味不明な言葉を清人が口走った為、真澄は怪訝な顔を向けた。すると真澄の顔を隠しているベールを軽く持ち上げて後ろに流した清人が、笑いを堪える様な表情で彼女に囁く。
「頭の中で結構正確に計れるんだ。だからきっちり同じ時間だけにするから」
「何が?」
「こういう事」
まだ要領を得なくてキョトンとした真澄を引き寄せ、清人が真澄の唇に自分のそれを重ねたが、当然すぐに離れると思われたそれは、いつまでもそんな気配は見せなかった。
「……んっ、……ぅ、……」
左腕を真澄の背後に回して真澄の腰と左肩の動きを抑え、右手で真澄の顎をしっかり捕らえて衆人環視の中ディープキスを仕掛けてくる清人に、真澄は激しく狼狽した。
(ちょっと! 皆の前で何をしてるのよっ!! お願いだから離してっ!)
ブーケを放り出して抵抗すれば何とか清人の腕から抜け出せたかもしれなかったが、両手で持っているのが生花を纏めて作ったブーケであった為、(床に放り出したら汚れたり花びらが散ったりするかも。せっかく清香ちゃんが楽しみにしているのに、がっかりさせてしまうわ)と頭の片隅で冷静に考えてしまった真澄は、殆ど無抵抗でそのキスを受け入れる事になってしまった。そしてその状態が三十秒も続くと、さすがにチャペル内に失笑や呆れ気味の囁き声が満ちる。
「……おいおい」
「あ~あ、やっちまった」
「伯父さんに邪魔されて、腹に据えかねたってか?」
「仕返しにしてもえげつないねぇ……」
「清人……、勘弁してくれ。何もこんな所で、父さんの神経を逆撫でしなくても」
そんな事を呟きながら浩一がチラリと横に座る両親に目を向けると、嬉々としてデジカメを取り出して写真撮影を始めた玲子の横で、こめかみに青筋を浮かべながら握った拳をプルプルと震わせている雄一郎を認めた。
「…………っ!」
(……駄目だ。本気で怒り狂ってる)
思わず浩一が額を押さえてうなだれた所で、目の前の二人が漸く離れた。
「……むぅっ、……は、ぁっ…! って、ちょっと清人! こんな所で何をするのよっ!!」
離れるなり律儀にブーケを持ったまま真っ赤な顔で講義した真澄だったが、清人はしれっと言い返した。
「何って……、お義父さんがお前を独り占めしたのと同じ時間だけ、見せ付けてあげただけだ。意趣返しとしては穏便なものだろう?」
「い、意趣返しって!」
パクパクと意味無く口を開け閉めしながら真澄が呻いたが、ここで雄一郎が勢い良く立ち上がり、清人に向かって指差しながら怒声を放った。
「清人! 貴様、列席者の前で何をしてるんだ! そんな不心得者は今すぐ真澄と別れろ離れろ近付くなぁぁっ!」
しかし清人はそんな舅の叫びをあっさりとスルーし、笑顔で神父を促す。
「それでは滞りなく式も終了しましたので、退場しましょうか」
「あ……、は、はい。、そうですね。……皆さん、新郎新婦が退場いたします。拍手でお見送り下さい」
そこで自分の役目を思い出した神父が、まじめくさって参列者に声をかける。それに応じて拍手が沸き上がると、雄一郎は益々激昂して清人に組み付こうとした。
「ふざけるな! 誰が貴様の様な根性の悪い男……、ふぐぅぅっ!!」
しかしその叫びの途中で、雄一郎は顔を盛大に引き攣らせた浩一に背後から羽交い締めにされ、加えて疲れた様な顔をした玲二に手で口を塞がれた。
「父さん、ちょっと向こうに行こうか?」
「そうそう。往生際が悪いと、愛想尽かされそうだしね」
そのまま横に有る参列者用のドアに向かって、ずるずると引き摺られる。
「むぐぅっ!!」
「玲二、しっかり口を押さえてろよ?」
「了解」
その様子を目にして真澄の笑顔は僅かに引き攣っていたが、清人はすこぶる上機嫌で真澄をエスコートしつつ、扉に向かって足を進めた。