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カレイドスコープ  作者: 篠原 皐月
柏木家の姉弟
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夢に向かって

 この【夢に向かって】の背景は、【世界が色付くまで】本編終了後の約六年後となっており本編のネタバレ的内容を随所に含んでおりますので、本編の流れを重視して読まれたい方は、そちらを読み終えてから読んで下さい。

 本作品は2012.02.28~03.08にWeb拍手お礼SSとして掲載した物を再収載したものです。

 

「僕の夢 一年一組 柏木真一


 僕の双子の姉の真由子は可愛くて頭が良くて気立ても良くて、はっきり言って天使です。当然大きくなったら僕達は結婚すると思っていたら、三年前にきょうだい同士だと結婚できない事を教えられました。

 ショックでした。

 その日は布団の中で、一晩中泣き明かしました。

 だけど真由子との結婚を諦めていたら、奇跡が起こりました。一年前に父の妹の清香叔母さんが結婚した時、式場でその相手の聡さんが、実は父の弟だったと聞いたのです。


 叔母さんと叔父さんが父の妹と弟なら、二人はきょうだい同士の筈です。それなのにどうして結婚できるのか尋ねても、周りの皆は『忙しいから後で』とか『難しいから今度じっくり』とか言って、とうとう誰も教えてくれませんでした。その時、僕は悟りました。それはいわゆる《暗黙の了解》で、決して触れてはいけない《大人の事情》なのだと。

 つまり虫も殺さぬ好人物を装っている聡叔父さんは、実はありとあらゆる非合法な手段を使って清香叔母さんとの結婚を実現させた上、周りの人間に周到な口止め工作を施した、恐らく裏社会でも相当あくどい人物で通る人だったのです。


 そしてこの出来事から、僕は貴重な三つの教訓を得ました。

 それは《人は見かけによらない》事と、《最後の最後まで諦めては駄目だ》という事に加え、《本当に欲しいものを得る為には手段を選ぶな》という事です。


 だから僕は、いつの日か真由子と結婚するという夢の為、それまで真由子に変な虫を一匹たりとも近付けないよう守りつつ、聡叔父さんを見習って夢の実現に向かってあらゆる努力をするつもりです。これで終わります。…………浩一叔父さん、恭子叔母さん、どうでしたか?」

「「…………」」


 柏木邸の広い応接間で自作の作文を披露してくれた、ほぼ六年ぶりに顔を合わせた甥の自信満々な笑顔を見ながら、浩一は傍らに座る恭子と共に顔を僅かに引き攣らせつつ自問自答した。

(どうしてこんな事態になったんだ? 俺は何か重大なミスをしでかしたのか?)

 浩一としてはこの実家に帰って来たのは、かなりの深謀遠慮の結果だった。


 六年前、父と祖父に恭子との結婚を反対された末、家も会社も飛び出してアメリカに渡って以降二人とは没交渉だったが、清人と真澄を介して母親の玲子には偶に近況を伝えていた。

 最近は「一度有紗ちゃんの顔を見せに来なさい」と三年前に生まれた娘に会わせろと五月蝿く、この六年間一度も帰国していない事も相まって、自身の東京出張の前後に長期休暇を付け、妻子を伴って来日した訳だが、祖母と孫娘の初顔合わせの他に日本観光を色々考えていた浩一は、初手で大きく躓く結果になった。


 何故なら二人の結婚に強固に反対した雄一郎と総一郎の留守を狙って、玲子が家に招き入れる算段を立てたものの、雄一郎は出張先に台風が上陸して飛行機が全便欠航して出張がキャンセル、総一郎は碁会の最中に出席者の一人が心筋梗塞で倒れて搬送されて散会というハプニングに見舞われ、浩一達が柏木邸を訪問した直後に揃って帰宅したからである。


「……見慣れん顔があるの」

「……帰って来ていたのか」

「……ええ」

「……お久しぶりです」

 互いに声を荒げたりする事は無かったものの、顔を合わせた途端に応接室に満ちた居心地の悪過ぎる空気は、赤ん坊の頃に別れたきりの真一と真由子が学校から帰るのがあと五分遅かったら、迷わず席を立って二度と来ない気持ちにさせるのに十分な代物だった。


「え? 浩一叔父さんと恭子叔母さん、ですよね? お父さんから写真で見せて貰ってました。こんにちは」

「日本に帰って来てたんですか!? はじめまして、真由子です!」

「まゆ……、僕達赤ん坊の頃に会ってる筈だから『はじめまして』じゃないよ?」

「ええ? だって覚えて無いもの。『お久しぶり』とかも変だと思うわ、シン」

 帰宅するなり賑やかに言い合う二人を溺愛している祖父と曾祖父にしてみれば、その二人の前で露骨な仏頂面もできず、取り敢えずお茶をと玲子がとりなした為、何とかテーブルを囲んで座る事になったのだった。


(気まずい中、母さんと恭子が一生懸命話題を出して、子供の話をするのは間違っていない。それで二歳の清二が割と言葉が達者で、海外暮らしで三歳の有紗の日本語が覚束ないのを見て、恭子がつい心配する台詞を吐いたのは無理の無い事だ……)

 そんな事を考えた浩一の目の前で、子供達が小さな手を打ち合わせつつ無邪気な笑顔で真一を賞賛する。


「やっぱりシンは凄いわ。私こんな作文、とても書けないもの」

「にーちゃ、すごーい」

「Great!」


(それを母さんが宥めて、それを受け答えした流れで恭子がつい「今、国語でどんな事を習ってるの?」と真一と真由子に話題を振ったのも、母さんが「それならこの前授業参観で読んだっていう作文が有るのよね? 叔父さん達に読んで聞かせてあげたら?」と促したのは間違いでは無いと思う。思うんだが……、だからといってどうしてこんなとんでもない作文を聞かせられた上、感想を求められないといけないんだ!?)

 とても六歳児が書いた物とは思えない内容と堂々とした物腰に、突っ込みを入れたい箇所がてんこ盛り状態の浩一だったが、それを本人に告げるのは後回しにして、周囲の大人達に険しい視線を向けた。


『どうして誰も真一の勘違いを、正してやって無いんですか!?』

『いや、儂は悪く無いぞっ!』

『誰かが説明しているとばかり……』

『そんな事を考えてるなんて、まさか夢にも思わなかったもの……』

『取り敢えずさっさと訂正してあげて下さい。お祖父さんは家長でしょう!』

『そんなものは譲って久しいわ! 雄一郎、責任持ってお前がやれ!』

『なっ! いつも余計な口を挟んでくる癖に、こんな時だけ家長扱いですか? ……一番面倒をみてるのはお前だから、玲子、お前が説明しろ』

『だってあなた……、真一があんなに目をキラキラさせて確信してる事を否定するなんて、私には可哀想でできませんわ……。浩一、あなたがしてくれない?』

『そうだ、お前には叔父としての責務があるだろう』

『さっさとせんか』

『俺は勘当されてる身です! 家の事は家の人間で対処して下さい!』


 血縁がある故にアイコンタクトで嫌な役目を押し付け合った四人は何とも言えない顔を見合わせて黙り込んだが、ここで比較的冷静に事態の推移を見守っていた恭子が、子供同士で和やかにお喋りしている真一に声をかけた。


「真一君、その作文、授業参観で読んだって言ったわよね? 読む前にご両親とか先生に見せなかったの?」

 その問い掛けに、振り返った真一が胸を張って答える。

「違います。ちゃんとお父さんに見せました。だってお父さんは作家だし」

 それを聞いた大人達の顔が、揃って盛大に引き攣る。それでもなんとか笑顔を浮かべながら、恭子は質問を重ねた。


「……そうなの。因みにお父さんは、これを読んで何て言ったのかしら?」

「ええと……、『起承転結がしっかりしてて、読み物としては申し分無いし、学校で習っていない漢字や難しい言い回しも多用していて完成度が高い。後は読むときに抑揚を付ければ完璧だな。流石、俺と真澄の息子。俺が六歳の頃、こんな文章は作れなかったぞ?』って誉められました! 授業参観の日にも、読み終わったら笑顔で拍手してくれましたし」

「…………………」

 如何にも嬉しそうに語って聞かせた真一を見て、その作文を見せられた後、真一の姿が消えると同時に腹を抱えて爆笑したに違いない清人の姿を想像したその場の大人達は、揃って遠い目をした。


(やっぱり諸悪の根源はお前か、清人! 予め見せられたのなら、内容がどうこう言う前に、ちゃんと誤解を正してやれよ、父親だろうがっ!)

 この場に居ない親友兼義兄に向かって、浩一が心の中で悪態を吐いていると、隣で深々と溜め息を吐いた恭子が徐に口を開いた。


「……真一君、せっかくだから、清香叔母さんと聡叔父さんが結婚できた理由を教えてあげましょうか?」

「恭子叔母さん、本当ですか? 是非お願いします!」

「おい、何を言う気だ!?」

 恭子が告げた途端喜色満面で食い付いた真一を見て、浩一は慌てて妻の腕を引きつつ小声で窘めた。しかし逆に恭子に押し殺した声で叱責される。


「あなたこそ何を言ってるんですか。早く誤解を解いてあげないと、本人のためになりません」

「いや、しかし……、あれだけ純粋に信じているものを無残に打ち砕くのは……」

「傷は早ければ早いほど浅くて済みます。無駄にダラダラ引き伸ばしたら、真実を知った時に先生並みに精神的にグレますよ? 叔父としてそれでも良いんですかっ!?」

「………………」

 叱りつけられた浩一は勿論、小声のやりとりでも否応なしに耳にしてしまった面々に、反論する余地は無かった。


「それじゃあ向こうのソファーで説明するわね? お義母様、紙と書く物を貸して頂けますか?」

「え? あ、そ、そうね……」

 立ち上がってもう一つあるソファーセットに真一を促した恭子は、玲子から紙とボールペンを受け取り、ゆっくりと向こうに歩いて行った。そして子供にも分かり易い様に、家系図を書きながら説明を始める。


「真一君、聡叔父さんのお母さんって、どんな人か知っている?」

「はい、小笠原のおばさまですよね? 会うといつもニコニコして、お小遣いやおもちゃをくれます」

「そうなの。実はね? その由紀子さんが……」

 そんな風に説明を始めて約二分後、真一の悲痛な叫び声が上がった。


「えぇ!? そういう事だったの? 酷いよ、誰も教えてくれないなんて!」

「……まあ、式の当日は皆色々忙しかっただろうし、お父さんは本職だから書き方とか文章構成とかの方に目がいって、内容に言及するのを忘れていたんじゃないかと思うんだけど」

「あんまりだ……。僕の一生をかけた夢だったのにっ……」

 精一杯フォローした恭子の前で、ショックのあまり真一が絨毯に両手を付いてうずくまり、真由子が納得した表情でその背中をさすってやった。

「大丈夫? でも、やっぱり何かおかしいとは思ってたのよね」

「にーちゃ、ガンバ!」

「Fight!」


(本当に……、実の弟を裏社会の人間扱いして面白がるなよ、清人。清香ちゃんと聡君が結婚したのが面白く無くて、陰でこんな鬱憤晴らしをするとは何て大人げない奴……。去年まで結婚が伸び伸びになったのも、お前が陰に日向に散々邪魔したせいだろうに……)

 そこで子供達から年長者達に視線を戻した浩一は、押し殺した声で凄んだ。


「真一の小学校は俺の母校と同じと聞いていましたが……、あそこは政財界のお偉方の子弟が入る名門校です。あんなのを発表して、まさか聡君に変な噂は立たないでしょうね?」

「いや、それは流石に大丈夫だろう……」

「真澄の結婚披露宴やこの前の清香ちゃんのそれでも、うちと小笠原両家が揃って出席して、事情通なら耳にしてるしな」

「それなら、真一が学校で笑われたりとかの懸念は?」

「だ、大丈夫じゃない? 授業参観の後も毎日元気に登校してるし。真一はいつもは勉強も運動も一番で皆の信頼も厚いそうだから、ちょっと面白い事を言った、位のものじゃないかと……」


 自分の追及に弁解がましく答える面々を眺めながら、浩一は可愛がっている甥の頭の中ですっかり悪者扱いされていた聡を不憫に思うと同時に、傍若無人な父親の些細な鬱憤晴らしに利用されてしまった真一の将来を思って、深い溜め息を吐いたのだった。


 それから真実を知ってすっかり意気消沈してしまった真一と、他の子供達を引き連れて恭子が戻って来たが、先程の真一の作文によって応接間全体に気まずい空気が充満していた。それを何とかしようと、大人しく座っていた真由子の手元を見ながら、恭子が声をかける。


「あの……、真由子ちゃんも作文を書いたのよね?」

「……ああ、そうだな。今度は真由子ちゃんの作文を、叔父さんに聞かせて貰えるかな?」

 恭子の言葉に救われた様に、浩一もどうにか笑顔を作りつつ斜め向かいに座る姪に声をかけた。しかし真由子は恥ずかしそうに俯く。


「あの、でも……、真一の作文の後だと恥ずかしくて……。私のは単に、思った事をズラズラと書いただけですし……」

 僅かに顔を赤くして謙遜した真由子に、自然とその場の空気がほっこり和らいだ。すると真一が横から口を挟んでくる。


「恥ずかしくなんか無いよ、まゆ! 一緒に見せた時、お父さんだって『真由子の作文は、子供らしくて素直で良い。変に技巧的だったりするより遥かに良いし、書き直しもせず文字も綺麗だ』って誉めてたじゃないか」

「それはそうだけど……。それって親の欲目じゃない?」

「そんな事ないよ。本当にまゆは、可愛い事で悩むんだな」

「もう……、笑わないでよ。シンの意地悪」

 クスクス笑い出した真一に真由子が拗ねてみせ、二人を見守る大人達の表情も揃って穏やかなものに変化した。その好機を逃すまいと、浩一が再度真由子に促す。


「真由子ちゃん、やっぱり聞かせて貰いたいな。どうしても駄目かな?」

(真一と一緒に部屋から持って来てはいるから、聞かせて貰えるとは思うが……)

 そう考えながら問い掛けると、真由子はまだ僅かに逡巡する様子を見せたものの、浩一に向かって大人しく頷いてみせた。


「……分かりました。じゃあ読みますね?」

「ああ、ありがとう」

 浩一が笑顔で礼を述べると、真由子も小さく笑ってから折り畳んでいた作文用紙を広げ、息を整えてから静かに読み出した。


「私の夢 一年二組 柏木真由子

 私の夢は素敵な花嫁さんになる事です」


 そこまで聞いた浩一は、心の底から安堵した。

(良かった……、真由子ちゃんの作文は年相応の物で……)

 浩一に限らず、周囲の大人も皆一様にほっとした表情をその顔に浮かべたが、それはあまり長くは続かなかった。


「それはどうしてかと言うと、私のお父様はとても素敵な人だからです」


(……どうしてそこで清人が出て来る)

 そこはかとなく嫌な予感を感じ始めた浩一だったが、中断させるわけにもいかず、大人しく見守る事にした。


「お父様はお母様に危険な事を一切させません。『事故を起こしたら大変』と車で送り迎えをし、『火傷をしたら大変』とピクニックの時は五時起きして美味しいお弁当を山ほど作り、『針で手を刺したら大変』と私のお道具袋も縫ってくれました。

 それに本当は作家なのに、『真澄の椅子は俺が守る』と言ってお母様が産休育休の時、お母様の代わりに会社で仕事をして、今はお母様のお友達のおじさんの代わりに、会社に行っています。それだけでも凄いのに、この前もっとお父様を尊敬する出来事がありました」

 そこで一旦言葉を区切った真由子は、改めて真剣な口調で読み上げ始めた。


「夜中に腕の湿疹が痒くて眠れなくなり、いつもの置き場所に薬が無かったので、一緒に探して貰おうとお父様達の寝室に行ったら、ベッドの上でお母様の上にお父様が乗ってお母様を苛めてました。

 私は驚いて『お母様を苛めちゃ駄目!』と叫ぶと、お父様は驚いた顔をしてから笑って『じゃあ今度は真澄に俺を苛めて貰おうか』と言って、お布団の中で上下入れ替わりました。すると私を見たお母様が真っ赤な顔で怒って、お父様を力一杯殴って何か早口で怒鳴り始めました。

 私は『今度はお父様を苛めちゃ駄目って言った方が良いかしら?』と思いましたが、お父様が笑いながら『大人の喧嘩は見苦しいから、真由子は部屋に戻って寝なさい』と言われたので、挨拶をして寝ました。それでお父様は凄いと思ったのです。だって子供同士ならいじめっ子はいじめっ子のままで、絶対苛められる側になったりしませんから。

 翌朝、お母様の顔はいつも通り綺麗なままなのに、お父様の顔は赤く腫れて引っ掻き傷もありましたが、お父様は『これは真澄の俺への愛の証だから』と爽やかに笑っていました。殴られても殴り返さないなんて、やっぱりお父様は凄いです。

 そんなお父様に毎日『愛してる』と言われているお母様が羨ましいです。だから私はお母様みたいな素敵な女性になって、お父様みたいな素敵な男の人と結婚したいと思っています。これで終わります……、浩一叔父様、恭子叔母様、どうでしたか?」

「………………」


 恥ずかしそうに叔父夫婦に感想を求めた真由子だったが、浩一と恭子は盛大に顔を引き攣らせ、咄嗟に声を出す事ができなかった。その目の前で子供達が、ニコニコと笑顔を交わしながら和み始める。

「うん、父さんと母さんの仲が良い様子が、ビシバシ伝わってくるよ」

「パパとママ、らぶらぶ~」

「Sweet」

「ふふっ、ありがとう」

「あの……、真由子ちゃん? もしかして今の作文を、授業参観で読んだの? お父さんの前で?」 

 強張った顔のまま恐る恐る恭子が尋ねたが、そこで容赦の無さ過ぎる返事が返ってきた。


「あ、私の教室にはお母様が来てくれたんです。読み始める直前には確かに居てくれたんですけど、読み終わったら居なくなってて……。きっと忙しいお仕事の合間を抜けて来てくれたんです。だから私、最後まで居てくれなくても、嬉しかったです」

 まさか自分の作文が原因で母親が逃げ帰ったなど夢にも思っていない真由子は、そう言って無邪気な笑顔を浩一達に向けた。悪気が無かったのは十分分かる上、そんな笑顔を向けられて流石に咎める事もできず、浩一と恭子は夫婦揃って項垂れる。


(清人、お前って奴は……、事前に見せられたのなら止めさせろよ! それとも教員か父兄の中に、牽制したい男でもいたってのか!?)

(目の前でこんなのを発表されるなんて、真澄さんが気の毒過ぎる……。もう小学校に行けないんじゃ……)

  無言で頭を抱えた浩一と恭子の心境を察して、ここで玲子が口を挟んできた。


「そう言えば……、真一も真由子もまだおやつを食べていなかったわよね? 二人とも作文を聞いて貰ったし、食堂に行って食べていらっしゃい? 今日は吉田さん特製のアップルパイよ?」

 専属シェフの今日の力作について教えると、真一と真由子は途端に目を輝かせた。


「本当? やった!」

「じゃあいただいてきます」

「ええ。ああ、清二と有紗ちゃんも連れて行ってくれる?」

「分かった。ほら清二、行くぞ」

「有紗ちゃん、一緒に行きましょう」

 真一が清二を抱え上げ、真由子が有紗の手を引いて廊下に姿を消すと、その場の大人達は揃って盛大な溜め息を吐いた。そして浩一が、心底疲れた様に呟く。


「清人の奴は相変わらずの様ですね。あんな暴言を吐いてまで迎え入れた婿なんですから、父さんがもう少し手綱を締めるなり飼い慣らすなりして下さい」

「無理だ」

「……即答ですか」

 思わず肩を落とした浩一に、雄一郎が慰めとも追い打ちとも取れる言葉をかける。


「まあ……、彼は自分の事は二の次で、仕事と家族に関してこれまで一切妥協せず、手を抜かずに何事もこなしているから、私としては構わないと思っているんだが」

「姉さんに関する諸々だけは、もう少し手を抜いた方が良い様な気がするのは、俺の気のせいですか?」

「………………」

 そんな風に冷静に突っ込みを入れた浩一から雄一郎は目を逸らし、玲子と総一郎も自分を見つめる恭子の視線から目を逸らした。


 結局、インパクトが有り過ぎる真一と真由子の作文によって毒気を抜かれてしまった面々は、再会当初の気まずい雰囲気を保つ事など出来なくなり、その日浩一達が辞去するまで、ぎこちないながらもそれなりに会話を交わし合ったのだった。


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