私をスパイと言ってるあなたがスパイです
「ふふふ……これこそが本物の『黒薔薇の涙』ね!」
私はティーカップを優雅に傾けながら、恍惚の表情を浮かべていた。
私の名はアリシア・フォン・ローゼンタール。帝国貴族の令嬢であり、少々……いえ、かなり変わり者で通っている。
帝国の宗主国であるエレノア帝国と、対立関係にある南方の王国「ヴェルディナ」。そのヴェルディナ産の紅茶に、私は完全にハマっていた。香り高い黒茶に、ほのかなスパイスの風味。まるで秘密の恋の味がする。
「アリシア様、またその茶ですか……。宗主国との関係が微妙な今、ちょっと危ういんじゃ……」
侍女のリーザが心配そうに言うが、私は笑い飛ばした。
「いいのよリーザ! 文化は国境を超えるものなの。美味しいものは正義! これを飲めばヴェルディナの民の心も分かるわ!」
そんな私に、運命の悪戯は突然訪れた。
「姉様! やっと会えましたわ!」
豪奢なドレスを纏った金髪の美少女が、屋敷のホールに颯爽と現れた。
自称・私の義妹、ミレーヌ・フォン・ローゼンタール。
父の隠し子だと突然現れ、正式に認知されたという。父は数ヶ月前に急逝しており、遺言で「もし娘が現れたら迎え入れよ」と書かれていたらしい。
いや、顔も知らないんだがいきなりお姉様とは?
「まあ、ミレーヌ……妹がいたなんて知らなかったわ。でも歓迎するわよ?」
私は笑顔で迎えたが、ミレーヌは突然、私を指差して叫んだ。
「姉様……あなた、スパイですわね?」
「……は?」
周囲の使用人たちがざわめく。
「ヴェルディナの茶を毎日のように飲んでいるそうじゃありませんか! あれは敵国の情報収集の手段ですわ! 証拠は山ほどありますもの!」
「は?」
事態は急展開した。
私の婚約者であるレイヴェル伯爵子息、ユリウス様が、ミレーヌの告発を真に受けてしまったのだ。
「アリシア……まさか君がそんな……」
「違うわユリウス! ただ美味しいお茶が好きなだけよ!」
しかしユリウスはミレーヌの涙ながらの訴えに心動かされ、わずか三日で婚約を解消。なんとミレーヌと新たに婚約を交わしてしまった。
屋敷の使用人の半分がミレーヌ派になり、私は屋敷の奥深くに追いやられた。
「くっ……! ただの紅茶好きがスパイ扱いだなんて!」
悔しさに震えていると、リーザが小さな声で耳打ちしてきた。
「アリシア様……実は、ミレーヌ様が最近、領地の資産をかなり切り売りしているという噂が……」
「……え?」
しかもミレーヌの話では、実は私の方が血が繋がっていない養子で、ミレーヌの方が本物の貴族令嬢らしい。
「そんな、初耳だわ」
お父様に聞いたら、たしかに私は「橋の下で拾ってきた」子供と言われた。
(そんな。某小説サロンで流行りの「実は本物の姉妹がいたからお前はでて行け姉妹格差もののテンプレ」を地で行く生まれだったなんて…私はどこまでも流行を先駆けてしまうのね)
よよと泣き崩れるどころか、また時代の先駆けをしてしまったと思うだけだった。
まあお父様と顔が似ていないのは元から納得だったけど、調べたら、血の繋がってる親はすでに亡くなっていて、御用聞きをしていた低位の一代爵の貴族だったわ。
だから厳密には平民っぼいけど貴族でもなく、貴族でもないけど平民でもないらしいので、ミレーユが言いふらしていることには一理もないのよね。
でもそのせいか、私は平民の好きなものがよくわかる。
平民の界隈で流行っているものをいち早く取り入れると、それはたちまち、貴族界隈でも人気になっていた。
市井でバボちゃん人形が流行れば変装してこっそり見に行ってお人形を手に入れ、ジェンシータンが流行ればいち早くお店の情報をゲットしてそのおいしさを周りの令嬢たちのサロンでお話ししたら、やっぱり爆発的な人気になったわ。
同じことを他の令嬢がやろうとしたけど、東方のフルーツはあんまり流行らなかったし、変な香りの石鹸も流行らなかったわね。
おかげさまで私のあだ名は「流行りもの令嬢」。
国の概念にも何のしがらみも受けずに推したいものを推す。
決して狙ってはいないし私自身に特にメリットはないが、結果的に流行の中心を作ってしまったのが、私というだけだった。
(ミレーユは私を平民だと言いふらしていたのは実際ほぼ平民だからどうでもいいのだけれど、契約を無視した婚約者の交換は許されないわ)
私は決意した。自分で調べるしかない。
夜、ミレーヌの部屋に忍び込むと、そこには大量のヴェルディナからの密書と、怪しい男とのやり取りの手紙があった。
そして決定的なもの——
「夫となるイケメンスパイ、クロヴィス様へ。
ローゼンタール家の財産をほぼすべて換金しました。
次の船で一緒に逃げましょう。帝国のスパイとして成功報酬もたっぷりですわ♡」
……は?
さらに手紙の続きにはこうあった。
「愚かな姉は紅茶を飲んでいるだけでスパイの濡れ衣を着せられ、婚約者も奪えました。完璧ですわ!」
私は呆然とした。
つまり……全部、ミレーヌの策略だった。
彼女こそが本物のヴェルディナのスパイ。
実家の財産を根こそぎ売り払い、報酬とイケメンスパイ(らしい)夫を手に入れて、国外逃亡するつもりだったのだ。
そして私をスケープゴートに仕立て上げ、完璧に嵌めた。
「……ふふっ」
私は静かに笑った。
紅茶のカップを片手に、ゆっくりと立ち上がる。
「面白いじゃない、ミレーヌ。
私をスパイって言ってるあなたがスパイですって?」
翌日の午後、私はミレーヌとユリウスを紅茶会に招いた。
「姉様、まだ諦めていないのですか? 哀れですわね」
ミレーヌが勝ち誇った笑みを浮かべる。
私は優雅に微笑みながら、特別に用意した「黒薔薇の涙」を二人に出した。
「飲んでみて、ミレーヌ。ヴェルディナの本当の味よ」
二人がカップを口に運んだ瞬間——
「ぐっ……!?」
「体が……動かぬ……!」
私はにっこり笑った。
「安心して。これはただの睡眠薬よ。ヴェルディナの伝統的な製法で作った特別ブレンド。スパイのあなたなら知っているはずでしょ?」
私は手紙の束をテーブルに広げた。
「これ、全部あなたの部屋から頂戴したわ。帝国の諜報部に届ける前に、ちょっと話しましょう?」
ミレーヌの顔が青ざめる。
ユリウスは完全に放心状態だ。
「ユリウス様、あなた本当に私のことが好きだったの? ただの肩書き目当てじゃなかった?」
「……アリシア」
「まあいいわ。とりあえず、あなたは一旦休んでて」
私は立ち上がり、窓の外を見た。
「さて……本物のスパイを捕まえたご褒美に、ヴェルディナの新茶でも取り寄せようかしら。
今度は合法ルートでね」
後日、ミレーヌは帝国の牢獄へ。
ユリウスは土下座で許しを請うたが、私は「もう少し紅茶の趣味を理解できる男性がいいわ」と冷たく突き放した。
そして私は新たな婚約者候補と、ヴェルディナから届いた最高級の茶葉を前に、幸せそうに微笑んでいた。
「美味しいわ……やっぱり文化は国境を超えるのね」
自称義妹にスパイ呼ばわりされた変わり者令嬢は、
結局、すべてを解決してしまったのだった。




