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後編

大学卒業の年、彼女は最後の入院となった。

それまで付き合い続けた彼女の彼氏は、最初こそお見舞いをしていたが、そのうち足を運ぶことをしなくなった。

当初は彼女も明るかった。

「大学生は勉強が本分だし、きっと忙しいんだよ」

彼女は自分に言い聞かせるように、そう呟いていた。

彼女のお見舞いと大学生活をするなかで、彼女の彼氏が他の女と付き合い始めた事を知った。

彼女にはその事は言えなかった。言えるはずもなかった。

そんな隠し事を胸に秘め、彼女のお見舞いに行く。

彼女は私との会話もそこそこに、スマホをにらみつけていた。

長引く入院ですっかり細くなってしまった手でスマホを握りしめ、いつまでも新規メッセージが増えないメッセージアプリの画面を見続けていた。

彼女は聡い。決して盲目的に彼氏を信頼しているわけではないのだろう。

彼女は薄々と事態に気がついているようだった。

彼女はため息と共に、視線を画面から天井に移した。

「私の人生って何だったんだろう」

彼女が不意に声を震わせながら呟いた。

あわてて顔を見つける私の瞳を見つめ返し、彼女は言った。

「あなたが男だったら絶対に付き合っていたのに」

私は一瞬言葉が詰まった。

自分の好きな人から告白されて嬉しくない訳が無い。だが、それに答えて私の気持ちが彼女に伝わったら、きっと彼女は私を遠ざけるだろう。

その一瞬の躊躇いが、彼女には別の理由として伝わってしまった。

「ごめんね。今の言葉は忘れて」

彼女に言わせてしまったその一言は、私の心に冷水を浴びせるかのように、冷たく重い言葉だった。

その日はそこから会話も弾まず、二人とも暗い顔をしたまま面会終了の時間になった。

彼女の病状が悪化し始めたのはその日以降だった。

あっという間に面会謝絶となり、次に彼女に合った時、彼女は棺の中だった。

私は今でも考えてしまう。

あの時、彼女の思いに応えていたらどうなっていただろうか。

病は気からなんて言葉が有る。

もしあの時、気の効いた返しが出来ていたら、彼女に生きる希望を与えられたかもしれない。少なくとも彼女を絶望の淵から救う事が出来たかもしれない。

全てただの妄想でしかない。

私とのあの一件が無かったとしても、もしかしたら彼女の病状は悪くなっていたかもしれない。

結局私は彼女の想い人にはなれなかった。

彼女の本心を聞くことは出来ず、またそんな立ち位置まで彼女に近づく事も出来なかった。

それでも、彼女のお見舞いを続け彼女と二人きりで話をしたあの一時は私にとってかけがえの無い時間だった。


私は彼女を失い、心に虚無の穴が空いたままだった。

出来ることならいつまでも哀しみにくれていたかった。

だが、世間はそんな呑気を許してくれない。時間に追われるように、大学を卒業し就職をした。

社会人の忙しさは、悲しさこそ紛らわせたが、疲労も重なり、心は更に空虚になっていった。

旦那とは社会人になってから知り合った。

旦那はそんな脱け殻のような私を愛してくれた。

旦那に癒されなかったと言えば嘘になる。旦那の存在で心の穴は塞がらなかったが、それでも助けられた事は事実だった。

そして、私は旦那と結婚した。

旦那は彼女の事を知らない。

旦那と結婚して私の回りは彼女の事を知らない人が増えた。今後も増えていくだろう。

それでも私は彼女をあの笑顔のまま覚え続け忘れない。

結局、私は乙姫にはなれなかった。

自分の回りを全て捨ててでも、彼女の思いに答える事が出来なかった。

あの時、あの瞬間、私も元結を切り外す事が出来ていれば、何かが変わったかもしれない。

そんな後悔と未練。

これは私以外誰も知らない、私だけの想い。

私は最後にもう一度、彼女の為に手を合わせ、遠くで待っていてくれた旦那の元に歩きだした。

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